1、家族会議




ママとわたしはルーピン先生を間に挟んでシリウスと睨み合っている。
先生の手にはフライパン。反対側には玉子がよっつ。



「なんでそんな邪道な味付けをしなきゃいけないんだ。
 スクランブルエッグは純粋に玉子の味を味わうものだろう!」

「元お坊ちゃまが知ってるのとは違う安い玉子なんだから仕方ないでしょう」

「だからってなんでチーズなんだ!」



先生は玉子を割ってボウルに落とした。
フォークを鳴らしながら掻き混ぜて、軽く塩コショウ。
ママがんばれ!わたしはチーズ入りオムレツみたいにしたスクランブルエッグが食べたい!



「なんでチーズって、とろけて美味しくなるからに決まってるじゃない」

「もういい、俺の分だけチーズ抜きにしてくれリーマス。
 この味覚オンチにはピザのなりそこないみたいなもんでも食わせとけ」

「リーマスこの元お坊ちゃまにカルシウム豊富な殻でも食べさせてあげて」



ルーピン先生は溜息を吐いて、フォークを回す手を止めた。
わたしはその隙に裂いておいたチーズを掴んでボウルの中に投げ込んだ。
シリウスが「あっ!」という顔をするけどわたしとママはお構いなしでハイタッチをした。



(議題:スクランブルエッグの味付けについて)











2、心のつながり




わたしとシリウスはソファに並んで座ってテレビを眺めている。
ブラウン管の向こうでは綺麗に化粧したママがニコニコ笑っている。
シリウスの目はどこか虚ろで、遠い人を見ているみたい。



「ねえシリウス、ちゃんと見てる?」

「……見ているさ」



うそだ。心が半分どっか行ってるくせに。
ママと、司会の若いコメディアンが仲良く笑うとシリウスは眉間に皺を寄せる。



「わたしね、あのコメディアンきらいなの。
 だってどう見てもママのこと狙ってるもん」

「……そうだな」

「ママに軽くあしらわれてるくせに懲りないんだから!
 うちにはシリウスもルーピン先生も居るんです残念でした、って言ってやりたい!」



シリウスはちょっと驚いた顔をしてわたしを見た。
「なに?」と聞くとシリウスはちょっと笑って「私の名前が先に来るのは珍しいな」って言った。
だからわたしは「だってほんとでしょ」と言い返す。


だってほんとでしょ。
わたしの心にもママの心にも、ちゃんとシリウスの居場所があるんだもん。











3、家訓




「我が家のモットーは『貰ったらきちんと返す』です。
 ちなみに『倍返しはキリが無いからするな』という制限も付きます」



ママはシリウスに紙袋を突き出しながらそう言った。
シリウスは紙袋を受け取るべきか受け取らないべきかちょっと迷って、結局受け取った。
ガサガサと音がして、出てきたのはマグルのバイク雑誌だった。
シリウスが「買ってきてくれたのか!」と嬉しそうに言って、ママはにっこり笑った。



「お返しは?」

「……………」

「まあ、肩を揉んでくれるの、ありがとう!
 時給2ポンドで換算して、1時間半くらいしてくれればいいわ」

「いや待て!2ポンドは安すぎるだろう。5ポンドで40分だ」

「じゃあ雑誌引き裂いて2ポンド分だけあげるわ。
 そうね、メイン特集をごっそり抜いてあげる。経費削減よ」



シリウスはバイクの雑誌を見て、メイン特集を切り捨てられるかどうか考えてるみたいだった。
わたしとルーピン先生はシリウスがどうするのかに賭ける。


わたし⇒シリウスは読者コーナーを切り捨てて2.5ポンド分の肩揉みをする
先生 ⇒シリウスは雑誌を丸ごと貰って1時間半ママに奉仕する


シリウスは雑誌の表面を名残惜しそうに撫でて、ページを破ろうとして、
それでもやっぱり無理だったらしくて「オーケー、2ポンド1時間半だ」と言った。
あーあ。先生の勝ち。わたしは負けた代償として皿洗いをするためにキッチンへ向かった。











4、DNA




わたしが洗面所で歯を磨きながら鏡を覗き込んでいると、シリウスが顎をさすりながら入ってきた。



「無精ヒゲおじさんくさい」

「失礼だな。まだ40歳にもなっていないのに」



シリウスも歯ブラシを取って、ペーストをつけてくちに入れた。
わたしは、鏡の向こうのわたしとシリウスを見比べてみる。

ママよりちょっとグレーっぽいわたしの瞳の色は、シリウスのグレーの瞳が混ざったのかな?
ママよりきれいに伸びているわたしのまつげは、伏目をするとわかるシリウスのとおんなじ形?
ママよりスッと伸びているらしいわたしの鼻筋は、シリウスの適度に深いホリに似てる?



「あ、」

「どうした?」

「わたしとシリウス、歯の磨き始め方が一緒」



わたしはブラシを横持ちにして、前歯をシャカシャカするジェスチャーをした。
ママは奥歯から攻略していく。ルーピン先生は口を閉じて磨く。
わたしはシリウスと一緒で、前歯をシャカシャカすることから始める。
ホグワーツでも同部屋の子から「おもしろい磨き方ね」って言われたけど、仲間がいたなんて!



「………遺伝かもな」

「前歯から磨くのが?」

「そうだ。きっとブラック家に代々伝わる磨き方に違いない」



シリウスはすごく真面目に言いながらウンウンと頷いた。
口の端の泡がちょっと間抜けだったから、わたしは笑って「そうかもね」と言った。











5、反抗期




なんでママは完全に魔法界に戻ろうとしないの、って言ったら、曖昧な笑いを返された。
だってそうじゃない?ママが完全に戻ってきたら、今より良くなることがあるかもしれないのに。
たとえばシリウスのこととか、たとえばルーピン先生のこととか、たとえばハリーのこととか。



「……わたしは、レニーに恩があるから」

「でも、もう12年も恩返ししたじゃん!
 せめてこの嫌な時代が終わるまでは戻ってきてもいいのに!」

「…それを決めるのはあなたじゃないわ」



わたしは言い返せなくて、悔しくて、リビングを飛び出した。
そうだよ、どうせわたしはまだ子供だし、ママの娘であることからは永久に逃げられない。

2階の、自分の部屋に飛び込んで、ドアに背中をくっつけて泣いた。
なんでママはそうやって逃げようとするの。わたしは、もっと堂々としていてほしいのに。


ルーピン先生がドアをノックして、「出てきてくれないかな」と言った。
わたしは震えた喉で「いやです」と言い返した。

わたし、知ってるもん。いまごろリビングではシリウスがママを慰めてるんだ。
なんでママなの。なんでママが正しいってみんな言うの。
シリウスを最初に信じたのはわたしなのに、今はみんなわたしを子供扱いするんだ。
わたしは、ママがわたしみたいにすればいいのに、って、そう言いたいのに。



何時間か立て篭もったわたしは、さすがにもう誰も居ないだろうと思ってドアを開けた。
だけどリビングにはまだママがいた。シリウスは居なかった。意外だった。
ママはわたしに気付くと、音もなく立ち上がって、あっという間にわたしの傍に立った。

「ママ、」とわたしが声に出そうとしたとき、ママはわたしを抱きしめる。
ぎゅうぎゅうと温かい腕の中に閉じ込められる。わたしは抵抗しなかった。ママは何も言わなかった。


わかんない。なんで、ママが泣きそうなの。











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