「なんかもう、すっごかったね!
あれがプロの試合…やっぱり学生スポーツとは違うんだなぁ…」
「君それ、嫌味かい?」
呆れたようなロンの視線に大慌てで否定をして、
は誤魔化すようにココアで口に蓋をした。
試合は、アイルランドが勝利を収めた。
結果だけを語ればそれに尽きるが、試合内容はとにかく白熱したものだった。
始まってしまえばもうマルフォイ一家なんて意識の外で、
はまるで自宅でオリンピック観戦でもしているかのように見入った。
この後、大臣たちは祝賀パーティーをするのだと言ってきたが、
そちらは丁重にお断り申し上げ、達はウィーズリー家の一行と合流した。
世界各地から訪れた観客が思い思いに飾り付けたテントを眺めつつ、
露店で見たこともない外国の料理を買いながらキャンプ場を横切る。
陽気に歌い踊る、酔っ払ったラテン風の男たちだとか、
怪しげな絨毯を売り込んでいるインド風の男なんかを見ていると、
マグルの世界と大差は無いように思えて愉快だった。
そして辿り着いた、ウィーズリー家の大所帯を収容する魔法のテント。
初めて会ったウィーズリー7兄弟のうち年長の二人はとても気さくで、
特にビルの方はファッション雑誌の表紙を飾っても違和感がなさそうな風貌だった。
(若い頃のシリウスと系統が似てると思ってしまったのは心の奥にしまっておこう)
はいつも通り双子にサンドイッチされつつ試合談義にのめり込み、
ハーマイオニーがいまいち乗りきらない様子だったが、それこそいつものことだ。
はウィーズリー氏と話し込んでいて、
時おりビルやパーシーの年長組が相槌を打っているのが聞こえた。
パーシーが絡んでいるということは、きっとめんどくさい話に違いない。
あの時のブルガリアの選手のターンがどうだの
アイルランドがブラッジャーを打ち返したあの時のフォームがどうだの
どの選手がかっこいいだの、どの選手の鼻が曲がってるだの…
皆でそんな話に夢中になっていると、いつの間にかもう真夜中になっていた。
「もう休もう」とウィーズリー氏が言い出し、
は帰ろうと促す母の視線を必死で避けた。
まだ皆と話していたい。まだ帰りたくない。
「構わないよ、。
女性用のテントなら十分空きがあるんだ、休んで行くと良い」
「………ありがとうアーサー。
お言葉に甘えて、お世話になるわね」
無言の攻防を見たウィーズリー氏が笑ってそう言うと、
案外あっさりとが折れた。
は思わずガッツポーズをして、元気良くお礼を言った。
女性陣はおやすみなさいと言いながら隣のテントへ移動した。
そのテントも、男性陣の使っている物と同じように外観からは想像できないほど広々としている。
はジニーとハーマイオニーと並んで歯を磨き、
はどこからか取り出した新聞を眺めた。
少女達は泡を飲み込まないように気をつけながらお喋りの続きをする。
――と、その時。
テントの外から、何かを打ち上げたような「バンッ!」という爆発音と共に悲鳴が上がった。
口をすすいでいたが慌てて水を吐き出すと、
いつの間にか突入寸前の特殊部隊のように杖を構えたがテントの入口から外を覗いていた。
ハーマイオニーやジニーも首を傾げながら不安そうな表情をしている。
息を呑んでじっとしている少女たちに頷き、は隣のテントへ戻るよう指示した。
少し前におやすみを告げたはずのテントの中は、慌しかった。
ウィーズリー氏と成人済みの息子たちは既にローブを羽織っていて、飛び出す準備は万端のようだ。
たちが素早くそちらのテントに潜り込むと、ウィーズリー氏が安堵の息を漏らした。
「良かった、。気付いたようだね。
わたしはこれから現場へ向かうが、君はどうする?
個人的には来ない方が良いとは思うがね……嫌な予感がするよ」
「同感よ。フレッチャーみたいな、はしゃぎすぎたおバカだったら良いんだけど。
とにかく、音が近付いてきているから…結界ギリギリの森へ向かうわ」
ウィーズリー氏は「分かった」と言って頷き、ローブを翻して外に出た。
はに応戦するつもりがないことに驚いた。
もしこれが去年のホグワーツだったなら、誰よりも真っ先に飛び出して行っただろう。
は残った未成年たちを2つに分けた。
双子とジニーとの4人組、ハリーとロンとハーマイオニーの3人組だ。
互いに手を繋ぐよう指示し、は再び特殊部隊のように外を覗いた。
火薬のような焦げくさい臭いと、人々の混乱の声の間に、時折また「バンッ」と破裂音が聞こえる。
それらは確かに、こちらに近付いてきているようだ。
「今よ」という声に合わせて、4人と3人はテントを飛び出した。
深夜なのに、いやに明るい。
が振り返ると、音の聞こえる方から火の手が上がっているのが見えた。
火事なのだろうか、それとも呪文の迸った軌跡なのだろうか。
「、走れ!」
ぐっと腕を引かれ、はハッと我に返った。
「ごめん」と謝って足を動かすが、周囲にはテムズ川だって覆いつくすほどに人が溢れている。
走り、ぶつかり、流され、
――気付くと、ハリーたちの姿が見えなくなっていた。
は周囲を見回しながら「ママ!」と声を上げた。
次から次へ人が流れ込んで来て、どうかすると足の踏み場さえ無くなりそうだった。
手を繋いでいるジョージも足を止めた。はもう一度を呼んだ。
「ママってば!大変なの!
ハリーたちが――…ママ?」
「……………」
ショックを受けた様子のには娘の声が届いていないらしい。
は母の視線の先へ自分も目を向けた。
少し離れた所に見える『それ』は人混みの中にぽっかりと空いていて、
周囲は遠巻きに見守る人と一刻も早く離れようとする人で二分されている。
『それ』の中心にはガイコツのお面を被った集団が居て、
先程から聞こえていた破裂音の原因がやはり呪文だったのだと分かった。
「死喰い人だ…」と、近くで誰かが言った。
その集団をもっとよく見ようとは目を凝らした。
見間違いだろうか、死喰い人たちの頭上に、何かが浮いているように見える。
「ママ!あれって…」
それが何か分かったとき、はの腕に飛びついて声を上げてしまった。
――人間だったのだ。
恐らくマグルなのだろう、どこにでも売っているようなパジャマが宙に靡いている。
更に目を細めて見る。捕まっている影はひとつではなかった。
大人が二人と、それより高く打ち上げられている小さな影は二つ。
魔法省なのか有志なのか、死喰い人たちの周囲には応戦しようとしている人々も居た。
しかし子供が捕らわれているせいか、戦況は防戦一方といったように見える。
は大きな声でもう一度「ママ!」と呼んだ。
今度こそ視線が交わり、声に出さずとも思いが伝わった。
わたしは大丈夫、だからあっちを。
は娘を見つめ、小さく頷いた。
すぐに周囲を見回し、倒れたテントからピックをいくつか引き抜く。
そうして、インド人らしき風貌の男が見世物にしていた大きな絨毯を強奪した。
一体それを何に使うのかなど、問う暇なんて一瞬も無かった。
はその絨毯に何やら呪文を掛けて浮き上がらせると、軽々と飛び乗った。
…飛び乗った。見間違いではない。ついでに母はアラビアンナイトでもない。
即席の空飛ぶ絨毯を拵えたは死喰い人たちの上空へと躍り出た。
その間にピックは魔法で待機させ、しっかりとフードを被って顔を隠す。
幾人かは気付いたようで、明らかにを狙った呪文がいくつか放たれたが、
厚い絨毯に阻まれてあえなく跳ね返った。
どうするつもりなのだろうと思った時、は身を前に屈め、絨毯の高度を徐々に下げていった。
敵味方の呪いはますます入り混じり、絨毯の裏に当たっては砕ける。
危ない!と誰かが叫び、も思わず身を竦め、隣で見ていたジョージの手をぎゅっと握った。
緑色の光線が放たれた後、絨毯は不意に急旋回をした。
星空を背景に刺繍糸がきらめいて、緑色をかわす。
そのまま更に高度を下げた、と思った次の瞬間、
マグル一家の真横を掠め、絨毯はもの凄い勢いで上昇して行く。
一瞬周囲が静まり返り、それからワッと歓声が上がった。
よく目を凝らせば、捕らわれた影の中からマグル一家の子供が消えているのだ。
それを皮切りとして、周囲の応戦隊はようやく攻勢に転じた。
は少年を小脇に抱えたまま姿勢を水平に直した。
もう少しの辛抱だから、と恐怖で泣き声を上げる少年に囁き、杖を振る。
ゆるやかな速度で前進するよう空飛ぶ絨毯のコントロールを調節し、
は上空から死喰い人の中心目掛けて飛び降りた。
一瞬前に湧いた歓声が、今度は悲鳴に変わる。
風を孕み、ローブの裾がぶわっと膨れるが、不思議とドレスやフードが捲れあがることは無い。
は造作もない様子できれいに着地した。
目論見通りの死喰い人の中心で、軽く杖を振る。
パッと出現したのは先程頂戴したテントを留めるための鉄製のピックだ。
それらはの身体を中心にして放射状に配置されている。
死喰い人たちに動揺が走ったことがの位置からもよく分かった。
絶望したような周囲の悲鳴がどよめきに変わったことなんて一切気にかけず、
はまたも軽い調子で杖を振った。
ヒュ、と軽い音を立ててピックが飛んでいく。
あるピックは死喰い人の仮面に当たってヒビを入れ、
別のものは死喰い人のローブを破ってそのまま地面に縫い止め、
そのまた別のものはどこにも誰にも当たらなかったが、
逃げようと身をかわした死喰い人は応戦隊の呪文に当たって転倒した。
―――“嵐の女”
なぜだろう、を見ていると、その言葉を思い出した。
死喰い人たちは退却を始めていて、もはやも追撃する気は無いらしい。
混乱に紛れて、すぐにその姿は視線では追えなくなってしまった。
別の魔法使いが絨毯と少年を回収して地上に戻り、
今度こそ観衆は喜びの声を上げた。
は同じように喜ぶことなんてとても出来ず、
ぽかんと口を開けたまましばらく立ち尽くした。
いや、こんな戦い方って、あり?
After the Lights Top
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魔法使いらしからぬ、周囲の全てを飲み込む戦い方こそ真骨頂。