I.

トンクス、ニンファドーラ。
その名前が副校長によって読み上げられた瞬間の大広間の様子をぜひ想像してみてほしい。大広間の端に陣取るスリザリンから上がる忍び笑いと囃し声。その彼らに、テーブルも立場も正反対に位置するグリフィンドールが飛ばす鋭い睨み。きょとんとした顔で聞きなれない響きに首を傾げるハッフルパフの傍らで、僕と同じくレイブンクローに属する生徒たちはサッと互いに視線を交差させて短く息を吐き、それから「何も気にしていませんよ」という仮面を丁寧に被った。
仮面の下、各々の心中には例えば「親の神経を疑う名前だ」とか「何かのハーフかもしれないな」とか、大体この辺りのことが浮かんでいる。何故分かるかと言うと、前述の通り僕が彼らと寝食学業を共にする同輩だからだ。これがニンファドーラでなければ、つまり僕の幼馴染でさえなければ、きっと僕も同輩らと同じ感想を抱いたことだろう。「妖精(ニンフ)」という名前のインパクトは、正直ちょっと擁護しきれない。

だが、そう、僕はニンファドーラの幼馴染なのである。だから、例の帽子が「ハッフルパフ!」と彼女の行く先を告げた途端に、僕の同輩たちが揃って“ほらやっぱり”という顔をしたとしても、たとえニンファドーラの壊滅的ドジが治っていなかったとしても、レイブンクローの中で僕だけは、というよりこのホグワーツの中で僕だけは、彼女の理解者でありたいと思うのだ。
というのはなにもニンファドーラの名前や絶望的ドジだけが理由ではない。僕はもちろん、僕の同輩は愚かではないしそこまで視野が極端というわけでもない。むしろ彼女が“七変化”であると知れれば、同輩たちの大半は彼女をそれなりに評価するようになる可能性だってある。レイブンクローとはそういう所だ。ハッフルパフのように何者をも受け入れるほど寛容ではなく、才覚を尊ぶという点では通じるもののグリフィンドールのような精神論に傾きすぎているのは大嫌いで、同じく継続は力なりという概念を持ち合わせているからといってスリザリンのように血の継続さえ確かならトロールでも構わないとするのは愚劣としか言い様がないと思っている、それがレイブンクローだ。さて、では僕は何を心配してニンファドーラの味方であろうと思いを新たにしたかというと、スリザリンの愚かな側面として挙げた血族について言及すれば、僕の幼馴染はちょっと厄介な立場だというのが問題なのだった。

ニンファドーラの母は「very」をいくつ付けても足りないほど歴史の深いスリザリンの名家に生まれ、紆余曲折を経てスリザリンの家系が最も忌避するマグル生まれの男性と駆け落ちしたという経歴の持ち主だ。つまり僕の幼馴染は、その血の半分が故にルーツであるスリザリンには受け入れられず、もう半分が故に敵を同じくする筈のグリフィンドールから警戒され、ただ“そうして生まれた”という現実が故にハッフルパフを怯えさせる素地を持っている、ということになる。
だが、まあ、それもニンファドーラの破滅的なドジが露見するまで、という気がしない訳でもない。近所の小川で釣りをしていた時、余所見をして川に落ちただけではなく、下流にあるマグルの村まで流されたエピソードなどはまだまだ僕の記憶に新しい。なぜならばこれは十数年前の幼少の頃の出来事などではなく、僕がホグワーツへ入学する直前、つまり数年前の出来事だからだ。こんなに悲劇的なくらいにドジの才能を持つ新入生を危険視するほどグリフィンドールもハッフルパフも馬鹿ではないことを祈るばかりである。

そんなメッセージが浮かぶほど思考が飛んだところで、副校長が最後の生徒を呼んだ。
ウィーズリー、チャールズ。グリフィンドール!本年の組分け儀式は以上。



II.

ニンファドーラ、と声をかけると、幼馴染は露骨に嫌そうな顔をした。組分けと校長のありがたいお話と学年初日の食事が終わり、各々が寮へ戻る波を掻き分けて捕まえたのだが、彼女はまだ周囲に馴染めていないようでツンと澄ましており、捕獲自体は難しくなかった。近くに居たハッフルパフの女子生徒が驚いたように僕を見ているが、僕は気にせず話を続けた。

「やあ、入学おめでとう。すぐに分かったよ、相変わらずのチューインガム頭だからね。その色だけはやめるようにって、おじさんは今日に限っては言い忘れてしまったのかな。何にせよ、ニンファドーラが組分け式に遅刻せず現れるなんて、奇跡のようだよ」
「パパはいつも言うわよ、そのピンクは“痛い”って。だから汽車に乗ってから変えたの。それより名前で呼ぶのやめてよ」
「やれやれ、そっちも相変わらずかい、ニンファドーラ」

やめてよ!と語調を荒げるニンファドーラ。僕は上半身を仰け反らせてよく響く彼女の声をやり過ごし、まだびっくりした顔をしている通りすがりの女子生徒に向かって「悪いね」と言った。それから、ニンファドーラの髪は確かに攻撃的に見えるけれど本体は生来温厚な性質だから大丈夫だ、ということを言い添える。女子生徒は今にも噛み付きそうなニンファドーラを横目で窺い、「本当に?」と聞きたそうな表情だったが、僕の締めているネクタイの色がブルーとブロンズであることに気付くと、僕の言い分を信用したらしかった。ぎこちなくニンファドーラに話しかける僕より年下の女子生徒。先輩の突然の変化に戸惑いながらも応える僕の幼馴染。二人は周囲の生徒に紛れ自寮へ戻って行く。
ほら、上手くいった。これでハッフルパフは大丈夫そうだな、と自分の仕事に満足していると、背後から肩を叩かれたのを感じた。振り返るとそこにはニヤリとしたウィリアム・ウィーズリー。真紅とゴールドのネクタイを締めた、僕の学年の主席さまである。

「君があんな風に後輩を気遣うなんて、それだけで今学期に突入した価値があったと思うよ。さては、あのピンク色に目が眩んだか?」
「まあね。幼馴染なんだ。風体があんなだから、僕がサポートしてやらないと7年間尖りっぱなしかもしれないだろう」
「サポート“してやらないと”、ね」

したり顔で頷くウィーズリー。そこには若干の軽蔑が隠れているが、周囲を流れていくハッフルパフの生徒たちはきっとそんなこと気付きもしないのだろう。僕だから、ウィーズリーと主席争いをしている僕だからこそ、分かるのだ。彼は僕が嫌いだ。僕は典型的なレイブンクローで、彼は典型的なグリフィンドールだから、表立って諍いを起こすことは絶対にないものの心から信頼し合うこともまた絶対にないのだ。
まあ、僕としては、そのスマートな頭の使い方や人心に対するセンスや色々ひっくるめてウィーズリーはグリフィンドールの中では交流する価値のある人物だと思っているのだが、向こうはこういった僕の考え方そのものを驕りだと認識していることだろう。その“上から目線のレイブンクロー”という認識そのものがグリフィンドールの驕りだと僕や僕の同輩は常々感じているけれども、それはさておき。

「そうとも。彼女がレイブンクローに組分けられていたら、こんなにまで苦心する必要は無かったんだけれどね。まあ、良いのさ。ひとまずスリザリンは回避出来たわけだし、グリフィンドールでもなかった」
「それは聞き捨てならないな、君たちレイブンクローから見ればうちの連中は多少ガキっぽいかもしれないが、だからって髪がショッキングピンクって理由だけで除け者にするほど馬鹿じゃないぜ?」
「ああ、違う違う、誤解を招いたね。あんなバブルガム色の髪をした人間なんて、敬遠するならむしろ僕たちだろう。まあ君なら問題ないだろうから言ってしまうと、ニンファドーラの母親は旧姓をブラックと言うんだが――そう、いま君が想像したブラックだ」

ふむ、と再び頷くウィーズリー。僕はそこへ更なる情報、たとえば父親はマグル出身の魔法使いであることやニンファドーラ自身は半純血ということになるが“七変化”の性質を持っているということを彼に教えた。それぞれの情報は断片的なものだが、要はニンファドーラが“その他大勢”にとって如何に異質であるかということを意味していて、つまりそれが僕の憂慮の大本である。
それが分からないウィーズリーではないから、彼は苦笑いを浮かべ「やれやれ」といった感じの気取ったポーズをした。余談だが彼は非常に女子生徒受けの良い顔をしているのでそういうポーズが様になるのだ。現に、もうかなり人波も落ち着いたにも関わらず、見惚れた様子で立ち尽くしている女子生徒が2,3人居る。

閑話休題。さてウィーズリーは僕のメッセージを、つまりニンファドーラは特殊な生き物ではあるがグリフィンドールの敵ではないという事前通達を受け取り、そして先の「やれやれ」というポーズで僕に対し了解の意図を示した。流石は公明正大なるグリフィンドールの主席さまである。

「分かった、分かったよ。グリフィンドールはあのピンクの子を過剰に警戒しないように努める。けど、いくらうちが気を揉んだからってスリザリンの連中には通用しないと思うがな」
「そこはまあ、僕がなんとかするさ。僕が君より優れている箇所なんて、彼らとの比較的友好な関係の他には魔法史の成績くらいなものだから」
「魔法史は仕方ないんだ、むしろ喜んで勉強するのは君たちレイブンクローくらいなものだろ」

僕が「それもそうだね」と答えると、ウィーズリーは話は終わったとばかりに踵を返した。その背中を見送ってからふと周囲に目を向けてみると、ウィーズリーに見惚れていた女子生徒が幾人かと教師に呼び止められていたらしき監督生諸君が幾人か居るのみで、学期最初の日は僕を残して収束してしまっていたらしい。さて、僕も塔に帰ろう。足を踏み出しつつ今日という日を振り返ってみれば概ね良い日だったと言えるけれども、ウィーズリーの最後の言葉だけは少し減点だった。
価値のない学問などはなく、全ての学問の大元は歴史を紐解くことから始まるという信念を掲げるレイブンクローの学徒に対してあんな事を言ってのけるあたり、彼らはやはり自分たちの言葉の強さや鋭さを理解していないのだろう。ニンファドーラに敵意を持たないという取り決めやウィーズリー自体は信用できる、それでも、やはり僕は、僕たちレイブンクローは、彼らグリフィンドールを心から信頼することは到底出来そうにない。




III.

ニンファドーラ、と声をかけると、幼馴染は振り向き様に良いパンチを一発、僕のがら空きのボディを狙ってお見舞いしてきた。元より肉体派でない僕にはそれを避けられる訳がなく、されるがままに受け入れたのだけれど、予想していたよりも重たいパンチに一瞬息が詰まった。しかしやせ我慢で呻き声ひとつ漏らさない。なぜなら此処はホグズミードの往来のど真ん中だ、僕にだってプライドというものがある。

「言ったでしょ、次その名前で呼んだら殴るって」
「っ、ああ、聞いたよ。実行に移したのは初めてだけど、多分3回は予告してくれていると思う。しかし、君は生まれた瞬間にその名前で祝福を受けてしまっているのだから、ニックネームだけではその名から逃れたことにならないんじゃないかな」
「誰が、いつ、“名付け”の講義をしろって言ったのよ!」

カッカと頭から湯気を上らせて、足元の雪をダン!ダン!と力強く踏みしめるニンファドーラ。僕はそれを宥めつつ、なんとか彼女を道の端の方へと誘導した。僕は何も人前で殴り合うために声をかけたのではない、もちろん話をするために声をかけたのだから、いつまでも地団駄を踏まれていては時間の無駄なのだ。
さて、改めてニンファドーラを正面に見る。相変わらず蛍光ピンクに発色する髪、瞳の色は普段のダークブラウンに比べて今日は明るめのブラウンになっているが、いつもと違うのは肌の色だった。青い、としか言い様がない。確かに僕のネクタイのブルーのような絵画的な青さではなく、肌の色としての青さではあるのだが、青白いという次元を通り越した青さである。メラニンというメラニンを徹底的に排除したら人間の皮膚はこのような色になるのだろうか、ふと頭の隅に思うが、それはさておき。

「怪我をしたね、ニンファドーラ。校医の所へ行かない理由は教えて貰えないのかな」
「別に、してない。してないから行ってない」
「やれやれ。僕は確かにクィディッチをプレーすることには興味はないが、クィディッチ杯の進行具合には興味があるんだ、寮杯に関係するからね。だから先日のハッフルパフ対スリザリンの事も知っている」

そうなのだ、この幼馴染は自身が驚異的ドジなのにも関わらず寮の代表選手に立候補して選出され、先日デビュー戦としてスリザリンを迎え撃ったのだ。ボールを自軍ポスト目掛けて投げるというドジは踏んだものの、結局ゴールに入らなかったというドジの上塗りのおかげで最終的にはハッフルパフの大勝、おまけにここ数年低迷しているグリフィンドールに優勝争い復帰への希望が灯ったというから驚きである。
唯一困ったことはその相手がスリザリンだったことだ。もしスリザリンを打ち負かしたのが僕たちレイブンクローだったら彼らもそこまで根に持つことはなかっただろうし、グリフィンドールに負けていたとしたら今頃は寮と寮の戦争になっていただろう。だが実際にはハッフルパフに、普段から自分たちが愚図でノロマと下に見ているハッフルパフに、倒された。その静かな怨みは選手という少数へ向けられ、その先は想像に難くないが、とにかく僕の幼馴染は青痣を隠すためにこうして素っ頓狂なことを仕出かす始末だ。

これだからスリザリンは性質が悪い、いや、頭が悪いと言うのだろうか。僕や僕の同輩たちは決してスリザリンを嫌いではなく、時と場合によってはグリフィンドールより信用の置ける相手だと評価しているが、“恥”というものが絡んだ彼らはグリフィンドールに負けず劣らず性質が、いや、頭が悪い。こういう時のスリザリンはひどく攻撃的で、執拗で、なのにひどく稚拙で杜撰なことをする。“手段を選ばぬ狡猾さ”とは組分け帽子の評であるが、選んだ手段が丸分かりでは狡猾になる意味が無い。つくづく残念な連中である。
と、ここまで散々に言ったのも僕の幼馴染が標的にされたからに他ならない。これがニンファドーラでなければ、僕は僕の同輩たちと同じように「捕まってしまうなんて可哀想に」くらいにしか思わなかっただろうが、今回のスリザリンの馬鹿にはここ数年なんとか上手く緩衝させてきた努力をふいにされたようなもので、それで僕は非常にむかっ腹が立っているのだ。

ニンファドーラの頬に僕の杖の先を当て、癒しの呪文を唱える。ふわっとした白い光が弾け、温かな微風を生んだ。僕が呪文を唱える間に瞑っていた目を恐る恐る開けるニンファドーラ。もちろん呪文は成功している。

「……あ、痛くない」
「やっぱり痛かったんじゃないか。さあ、これで顔の痣は大丈夫だから、その変な色の皮膚はすぐに変えた方がいい。恐らくホグズミードの住人に栄養不足の吸血鬼か何かかと思われているだろうから」

それはそれで良いかもしれないと真剣に考え始めたニンファドーラを嗜めて、なんとか元の皮膚の色に戻させた。青い皮膚のままでは同寮の友人も一緒に歩いてくれないことを思い出してくれて本当に良かった。そして、僕がウィーズリーほど決まらないのは承知の上で「やれやれ」といった感じのポーズを取ると、幼馴染はおずおずと口を開き、「ありがとう」と言う。

「あの、ありがと。すっごくすっごく癪だけど、助かったわ」
「どういたしまて。けれど僕の魔法は思えばすべて君のドジをケアするために覚えているようなものなのだから、もっと活躍させてほしいものだね、あわてんぼうの妖精さん」
「分かった、殴られたいのね」

右手を後ろに引くニンファドーラ。これはもう一発来るなと覚悟して、僕は今度こそ頼りない腹筋に力を入れた。



IV.

ニンファドーラ、と声をかけると、幼馴染は一瞬ぴくりと肩を動かしたが、それ以上に反応することはなくつかつかと足を進めた。僕が監督生になったあたりからだろうか、彼女の態度はこのように冷たいものになってしまった。それでも、まあ僕の在学中は嫌でも噂が入ってくるのだから良しとしておいたのだが、今年の僕はもう最終学年だ。主席の座をやっぱりウィーズリーに奪われてしまった上に最後まで幼馴染から辛辣にされるなんて、学生生活も最後というのに悲しすぎるのではないだろうか。
さあ、落ち着いて、苛々していたって結局は君の圧倒的ドジが発動して場をひっくり返してしまうだけなんだから。そういう想いを言外に込め、僕は再び幼馴染の名を呼ぶ。ニンファドーラ。

「ついさっきスプラウト教授と話をしたんだ、ほら、僕は癒師志望だから、薬草学は満点を目指したいと思ってね。その時に余談として教授が教えてくれたんだけれど、ニンファドーラ、君は進路相談で闇払い志望だと答えたそうじゃないか」
――だったら、何よ」

ニンファドーラは上りかけていた階段の途中で足を止め、くるりと僕を振り返った。昔から変わらないチューインガムのようなピンク色が振り向き様にふわっと広がり、僕はそれを目を細めて見上げる。声色から判断するに、彼女はとても機嫌が悪いらしかった。僕が懲りもせずフルネームで呼ぶからだろうか、寮監が自分の進路を幼馴染に暴露してしまったからだろうか、それとも僕が見つける前にまた何かドジを踏んで自己嫌悪の最中だったのだろうか。
闇払い志望だから何だというのだ、と彼女は問うた。ならば答えよう、そんな道に進んで君は果たして正しく前へ進むことが出来るのだろうか。僕の幼馴染には確かに“七変化”という生来の特殊技能があり優秀な血脈を受け継いでいる、しかし同時に徹底的なドジという才能も備えてしまっているのだ。そんなに多くのものを抱えて正しく進める人間は限られていて、この十年のホグワーツでいえば恐らく常に優秀で公平で屈強だったウィーズリーくらいなものだろう。残念ながら僕がそれに値する器ではないことはとうの昔に分かってしまったのだ。

「無謀だよ、止めたほうがいい。おじさんも反対すると思うけれど、僕も真っ向から反対だ、君を検死するかもしれないなんて、想像したくもない。確かにニンファドーラは入学してからずっと以前からは考えられないような好成績をキープしていると思うよ、けれど闇払いになんてなってご覧、今の死に物狂いの努力はずっと続くし、求められるレベルも下がることはないんだよ」
「だからムリだって言いたいの?あたしが今以上に努力することは出来ないと思ってるの?――あたしが、ハッフルパフだから」

指先を強張らせ、今にも手が出そうになるのを我慢しているようなニンファドーラが数段上の位置から凄烈な視線を遣して来るのを、僕は驚きをもって受け入れる。

「ずっと思ってた、あんたたちレイブンクローって、いつもそう。バカになんかしてないよ、って顔して、いかにも心配してますってことを言うけど、心の中ではバカにしてて、真に受けたあたしたちのことをあざ笑ってる」
「誰かに、そんなことを言われたのかい?」
「誰かじゃない、“誰か”なんかじゃない!あんたたちって、あんたって、いつもそう!口を開けばあたしをドジだって言って、あたしが何かしようものなら先回りして“ほらやっぱり”みたいな顔で手も口も挟んできて、あたしやあたしたちのことをちっとも認めてないじゃない!」

そう、それは確かに、他の“誰か”ではなく、僕のしてきたことだ。だって仕方ないじゃないか、読み書きから始まり僕が苦労なく出来ることは何故だか彼女にはひどく重労働のようだったから手を添えてあげたのだし、僕には見えている危険の芽が何故だか彼女には見えていないようだったから劇烈的ドジを仕出かす前に先回りしておいてあげたのだ。それが、それが何だと彼女は言うのだろう。

「真正面から受け入れてくれるグリフィンドールと違って、スリザリンだったら真正面からバカにしてくるわ。でもその方が、裏で笑われているよりずっとマシよ!もっともらしい顔しながら“ドジでノロマなハッフルパフ”って笑われるくらいなら、スリザリンと殴り合ってる方がずっとマシよ!」
「ニンファドーラ、」
「その名前で呼ばないで!だから、これだから、レイブンクローなんか大ッ嫌いなの!」

ニンファドーラは威嚇するように足を踏み鳴らし、階段を駆け上っていく。ああ、危ない、そこは見えない段差がある箇所だって何度も言ってるのにどうして分からないのだろうと、予想通りに躓いた彼女の背中を見つめて考えているのに、僕の足はさっぱり動かない。通りすがりのスリザリン生がニヤニヤ笑って口笛を吹いて僕を追い越していく、通りすがりのグリフィンドール生が足を獲られたニンファドーラを救助する、通りすがりのハッフルパフ生がなぜか持っていたらしい傷薬を渡す、そして僕は、通りすがりのレイブンクローは、どうしてだろう、その光景を見ても何も出来ずに見ているだけなのだった。