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「……なぁ」
酒の入ったグラスを見つめてじっと動かない彼に一つため息。
「今日はそんなつもりないから」
それでも視線は外さない。
「何も入ってもねぇぞ」
言葉ひとつ発する事もない。
「……なぁ、」
とうとう困ったように首を傾げて。
「……まだ怒ってる?」
「怒ってる」
瞬時に返ってきた言葉にまた小さく息を付いた。その表情は怒りというよりも今にも泣きそうなものだったからだ。こんな状況は何度か経験した事がある気がする。しかしそれは立場が逆だ。いつもならばふてくされているのは自分の方だった。
「……ごめんな?」
普段なら絶対に口にしない詫びの言葉を零したのも、さすがにやりすぎたかという反省の気持ちからだった。今日は全額負担してやる、という提案に飛びついてきた彼をこれでもかというくらい飲ませまくった。酒には割りと強い方だがざるではない彼の事、浴びるように飲ませ続ければ意外とすぐに落ちて翌日は終日うんうん寝込んでいたという。
世界の平和の為には致し方ないことだった。しかし、彼を嘲笑いたい気持ちも半分くらいはあった訳で。
「……いや、騙されて、お前がんな凹むとは思わなかったから……そこまで見下されてるなんてムカつくけど。とりあえず悪かったよ」
とうに二日酔いも治っただろうという時間が経ってもフランスの元気は戻らないままだった。特にイギリスに対する態度は顕著で、軽くバカにする台詞を投げかけられても口を切る事もなくただ恨むような、かつ泣きそうな視線をちらと彼に見せるだけであった。今日だって俯いて首を振り続ける彼を無理矢理引っ張ってきたのだ。
「嫌ならもうしねぇよ」
さすがのイギリスも、ここまでの意気消沈ぶりを見せ付けられると僅かな良心が痛む。
「とにかく早く元のお前にもど……」
「違う」
不意に口を開いた。
「ちげぇよ」
先程からそうであったものの、声色は更に潤んだものになっていた。肩も微かに震えていて思わずイギリスはぎょっとした。
「お前」
「騙された事……自体は、別にいいんだ。それがお前と俺の関係だし。でも」
言葉を一旦切ってやっとグラスから視線を外す。ふらりとこちらを向いた彼は今にも泣き出しそうな表情で。
「お前があの日を口実に出したのが、悲しかったんだよ……」
『もーすぐ俺とお前の記念日だな。よし、前祝として俺が全額おごってやる!』
――ああ、そういやそんな事を言ったような気もする。イギリスが思い出していると不意に服の裾がぎゅうと握り締められる感覚がした。
「俺、嬉しかったのに……お前が自分から祝おうだなんて言い出したことなかったから……」
「あ……ええと、その、ごめ……」
「俺らの両思い記念日なのに……それを道具として使うなんて」
「ま、待て両思いってなんだ! せめて仲直りにしとけ!」
「う、ううやだよイギリス、お兄さん寂しいよ……」
「な、泣くなよバカぁ!」
服を握り締められたままめそめそと泣き出したフランスにたまらずうろたえる。どうしようか悩んで、悩んで、悩んだ末にそっと頭に手を置いた。
「ご、ごめん。ごめん、な」
ぎこちない手つきでふわふわの髪に指を通す。
「俺の配慮が足りなかった。俺だって、今日は大切な日の筈だったのに……そんな日を軽々しく口実にしてごめん。悪かった」
「いぎりす……」
涙でいっぱいの瞳でこちらを見上げた。真っ赤な鼻をぐす、と一つ鳴らしてから、ふとその表情は何かを不思議がるようなものになっていく。
「……今日?」
ぽつり、と呟いたその言葉に、イギリスは(覚えてないくらい落ちてたのかこいつ)一呼吸置いてから頷いた。そして、だから今日誘ったんだぞ、という台詞も漏らす。
刹那、フランスの表情がぱぁっと輝いた。
「……イギリス!」
「え? うわっ、!?」
いきなり身を乗り出してきたかと思うと唇を奪われる。軽いものかと思えば緩んでいた唇をこじ開けて舌が侵入してきたから思わず渾身の力で彼を引き離した。
「な、何すんだよっ!」
「え、だってイギリスが好きだから!!」
「意味わかんねぇ事言うなあああ!!」
衝撃の台詞にここ店内だぞというお決まりの言葉も発せずにたちまちイギリスは真っ赤になる。対するフランスはにこにこと大変嬉しそうでもう一度キスしようと彼の方へ迫った。
「待て何すんだこの変態!」
「いいだろキスくらい愛情表現に違いねぇじゃねぇか文化文化フランス文化!」
「ここはロンドンだばかぁぁぁ!!」
「えっふぇる!!」
いくら仰け反ってもしつこく迫ってくる彼に思わず鉄拳を浴びせると、意味不明な奇声と共にフランスは椅子ごと後ろに倒れた。ばたーんという物音が店内に響き渡ったがもう今更改めて気に留める者などいないであろう。半ば自虐的な気分に陥りながらイギリスは自分の椅子へと座り直し、床に横たわるフランスに目を落とせば彼は未だににこにこ微笑んでいた。何だきもちわるい。
「仲直り」
ぽつり、と呟いていそいそと椅子を戻す。
「できたな」
ちょこん、と座って再びイギリスに向け幸せそうに頬を緩めた。一瞬理解できずに目を丸くしたが、やがてその言葉の意味を知り何か言おうと口を開く。
でも、ごめん、ではない。ありがとうも場違いだ。ならば?
逡巡した後イギリスは一旦唇を閉じて、そっと頬へとキスを落としてやった。やたらと嬉しそうなその表情がまたなんか殴り飛ばしたくなるくらいムカつくけど。今くらいはその拳をそっと押さえて。
「これからも、よろしく」
ごく一般的でありながら、自分にとっての精一杯を込めた台詞を彼に贈った。恐らく彼よりも真っ赤であるだろう頬を相手はからかう事もせず、ぐいと引き寄せたかと思うと音を立てて同じ場所に唇を落とした。
喧嘩する為の仲直りほど、滑稽で幸せなものもない。
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Present from*にのはちさま
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