花言葉
いつも通りの朝になるはずだった。
いつものように重い瞼をこすりながら、イギリスは寝台から身を起こした。
淡色のカーテンが、風によってはたはたと揺れている。半開きの窓が見せる空は、彼の国にしては珍しく青く澄みきっていた。
未だ完全に覚醒しない頭でイギリスはぼんやりと、今日は良い日になりそうだと、何の確信もなくそう思っていた。そう、その時までは。
周りを飛び回る妖精やばたばたと慌ただしく走りまわる小人に、笑み混じりの挨拶をし、台所に向かう。
時計の針は九時を少し過ぎたところを指している。
遅めのモーニングティーになったな、とイギリスは苦笑する。どうりで皆いそがしそうだったのか。
アンティーク基調の棚を開き、茶葉を選ぶ。どれも高級店で買ったものだ。
――確か昨日あいつにアッサム(珍しく)をもらったよな・・・。
あの常時にやけた顔を思い出してしまい、はっとイギリスはぶんぶんと頭を振った。
「いっ、今のなしなしなし!ってかありえねえだろ!!」
あんなやつ思い出して嬉しくなるなんて!!
羞恥で思わず悶絶するイギリスの耳に、聞き馴染みのありすぎる声が飛び込んできた。
「なにがなになんだ?」
「・・・えっ、ちょま、か、帰れ変態!!」
耳にふうっと息をふきかけられ、少しどころかかなり動揺したイギリスは、
なんとかその一言を絞り出した。振り向きざまに鳩尾に拳を喰らわすのも忘れずに。
「ってえなぁ、お前んとこは挨拶もしないで暴力ふるうのが礼儀なのかよ」
「黙れ。てめえのせいで今俺は気分がわりいんだよ、何しに来やがったんだよ」
嫌悪を露わにするイギリスに、素直じゃないねえとフランスが呟く。幸いなことにその呟きはイギリスの耳に届かなかった。
「別に用はないけどな、ま、ついでだよ」
「帰れ。ドーバー海峡で溺れて死ね」
「相変わらずの口の悪さだな。好い加減素直になれよ、後が楽だぜ?」
「沈められたいのか?」
取り合わないイギリスの言葉が冗談ではないとわかると、
フランスは態度を一転させ背後に隠しもっていた薔薇の花束をイギリスの手に握らせた。赤白の花弁に薔薇の葉。
整った顔に笑みを浮かべ、
「紳士にはユーモアを解する柔らかな感性があるんだろ・・・?
ついでと言われて頭に血がのぼるようじゃ、まだまだガキの証拠だ・・・」
息がかかるほど顔を近づけ、掠めるようにキスをする。一瞬だけの唇の感触に、イギリスの顔が朱に染まった。
「なにすんだよ、ワイン野郎!ワイン飲み過ぎてとうとう頭が狂っちまったのか!!」
ごしごしと唇を擦るイギリスの反応が恋を知らぬ生娘を連想させる。
必死に手の甲で唇を拭うイギリスの、その手を掴みフランスはちゅっと音をたてて口づけた。
二度目の衝撃。
イギリスは慌ててフランスから距離をとる。驚きもあるが、フランスの真意を測りかねたからだ。
まるで貴婦人を口説いているようなフランスの行為は、なぜだろうか心臓に悪い。
「俺みたいな男じゃなくて女にやればいいだろう。・・・・こんなことは。だってお前嫌いなんだろ、俺なんか・・・」
言ってて自分で悲しくなる。誰だってそうだ、俺は周りに嫌われてる、一々構う必要なんかないだろ?
「あ?いつ俺がお前を本当に嫌いだっていったんだ」
心底不思議そうな声音に、俯きかけていたイギリスは、え?と顔をあげた。
「お前の言うように本当に嫌いなら、花束持ってくるわけないだろうが。しかも薔薇だぞ、薔薇」
「薔薇が、なに?」
いつのまにか目の前まで寄っていたフランスが、
いつもの巫山戯た笑いを引っ込め、滅多に見せない真剣な表情を浮かべている。
さっきフランスから離れた拍子に落ちた花束を胸に掲げ、赤い薔薇を一本イギリスに差し出した。
赤い薔薇の花言葉は――『熱愛』。
そして薔薇の葉の花言葉は『貴方は希望を持っていいのです』。
知らないわけがない。花言葉は彼の国でもある女がまとめて本にしたこともある。
イギリスは呆然と赤い花弁を眺めた。
反応がないイギリスは、そう何度もお目にかかれない。
面白がったフランスは、イギリスの顎をとりフランスとの視線を合わせるようにした。
大きく見開いた若緑の瞳に、自分が映っている。
「で、お前の返事はどうなのかな?」
優しく笑うフランスに、イギリスは正気にかえった。
「・・・・・はっ、今更なんじゃねえのか。もう綺麗な関係とかそういう段階じゃなくなってる」
「・・・・・・」
「でも、」
間を置き、花束からイギリスは一つを選んだ。穢れを知らない純白の―――。
「教えてやるよ、特別にな」
強きに笑うイギリスに、フランスは絶句した。真逆色好い返事が返ってくるとは思わないだろ。
「それは反則だろ・・・?」
すれ違いばかりだった関係をもうちょっと良い方向に直したかっただけだったのに、意外な事実が判明してしまった。
「ばーか、気づかないてめえが悪いんだろ」
この紳士殿はほんっとに。
「敵わねえなぁ・・・・・」
渡されたのは白い薔薇。
花言葉は、『恋の吐息』。
「結構緊張してたのに」
唇をとがらせ文句を垂れるあいつの頭を殴った。
「嘘つくなよ、余裕綽々だったろーが」
「あ、やっぱりばれるか。どこで分かった?」
「どこって、最初っから」
「・・・ふうん」
疑わしげに俺をみてくるあいつの瞳が楽しそうに輝きだした。
「愛されっちゃってんだな、俺」
・・・・・・・・・・・・。
「な、馬鹿言え!いつ俺がお前を――」
愛したんだよ。そう言うはずだった俺の唇はあいつに塞がれた。
「・・・・んっ、ふ・・・・」
「まだ夜は長いんだから、そう怒るなって」
「・・・・・黙れ」
「はいはい、じゃ、ちゃっちゃと続きやんぜー」
色気もなんもない台詞に俺は力が抜けるのを感じた。
結局今日は良い日だったのか、悪い日だったのか。
でもこれだけは言える。
幸せな気分にはなれた、不本意ながらもあいつのお陰でなっ!
Present from*ねづさま
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