瞑目せよ、キスほども掛かりはしない
イギリスの執務室兼応接室で、フランスはソファにのんべんだらりと横たわり、例によって例の如く暇を持て余していた。
文句を言いつつも結局は訪ねてきたフランスを招き入れたイギリスは、
まだ終わっていないからと客人(一応)を放り出して仕事に勤しんでいる。
室内に満ちる、乾いた紙の音と万年筆の音、外で止むことなく降り続ける雨の音が逆に静けさを演出していた。
ぼんやりとそれらの音を聞きながら天井へ目を向けていたフランスは、何とはなしに口を開いた。
「・・・・・・イギリスー・・・・・・」
「あぁ?」
何かしら書いていた音が止み、イギリスが返事をする。
身を起こしてイギリスがこちらに眼を向けているのを確認すると、フランスはへらりと笑って見せた。
「なんでもない」
「じゃあ呼ぶんじゃねぇよ変態。うぜぇ」
相変わらずキツイ物言いにも慣れているので、フランスの笑みが崩れる事は無い。
それを険悪な眼差しで一瞥して再び書類に眼を落としかけたイギリスは、ふと気付いてもう一度フランスを見た。
なに?というように首を傾げてみせるフランスにキモイ、といって溜息をつく。
もう終わり、とばかりにばさばさと音を立てて書類を整理すると立ち上がった。
「あれ、終わったー?」
「お前がいると仕事にならねぇんだよ」
「それはそれは。ごめんなさいねぇ」
うふ、としなを作るフランスを、本気で鳥肌を立てて殴ったイギリスは部屋を出て行った。
残されたフランスは殴られた頭を撫でながらソファの背凭れに深く身を預け、仰向いて溜息をついた。
何故自分はこうイギリスを怒らせるような言動しか出来ないのだろう。
昔から喧嘩ばかりしていたせいか、それは最早コミュニケーションの一環というよりは習性に近い。
イギリスの冷たい態度はいつものことなのに、何故か今日はやけに応えた。
自己嫌悪と諦めと反省で暗く落ち込んでいると、扉の開く音が聞こえた。
誰か来たのかと振り向こうとするフランスの元に、馨しい紅茶の香りがふわりと届く。
驚いて慌てて見ると、其処にはアンティークな銀盆にこれまたアンティークなティー・セットを載せたイギリスが立っていた。
「・・・・・・なんだよ」
「あ、いや・・・・・・」
まじまじと見てくる相手に気まずくなり不機嫌そうに聞くイギリスに、
怒って出て行ったと思っていたので戻ってくるとは思ってませんでした、などとは当然言えず、フランスは曖昧に誤魔化した。
イギリスはつかつかとソファに歩み寄り、テーブルに銀盆を置いた。
フランスの隣にどさりと座ると、自分とフランスの前に紅茶を置く。
そのティー・カップをみて、フランスは驚きの声を上げた。
「あれ、これって・・・・・・」
「・・・・・・んだよ」
余計な事は言うな、とばかりにイギリスが睨みつけるが、照れているのか恥ずかしいのか、頬が赤いせいで迫力は全く無い。
それはイギリスが一番大切にしているカップで、滅多な事がなければ出してこないのだ。
付き合いの長いフランスでさえ、一度か二度使わせてもらった記憶があるだけで、
そんな大切なカップを何故こんななんでもないような日に出してきたのかとフランスはイギリスを見た。
イギリスは視線を避けるように顔を逸らすと、聞こえるぎりぎりの声音でぼそぼそと呟いた。
「・・・・・・なんか、お前、今日、変だったし。違和感あるっていうか。だから。
・・・・・・し、仕方なく!仕方なくだからな!!勘違いすんなよっ!」
自分でも気付かなかったような不調に気付いたのかと半ば呆然としながらイギリスを見詰めていたフランスは、
急激に喜びがこみ上げてくるのを感じた。その衝動のままにイギリスに抱きつく。
「なんだお前!かっわいいなー!!」
イギリスの頭を小脇に抱え込んで、ぐりぐりと撫で回す。
イギリスはやめろー!ばかー!と暴れるが、そのまま撫で続けていると次第に大人しくなった。耳まで真っ赤に染まっている。
その耳に音を立てて口付けると、びくりと身体を跳ねさせ、さらに赤くなった。
滅多に無い可愛い反応を噛み締めていると、ふと、先程までの落ち込んだ気分がどこかへ飛んでいってしまった事にようやく気付いた。
フランスは現金な自分に苦笑すると、腕の中の愛しい人の髪に唇を寄せた。
なんでもない日、万歳!
Present from*レイネさま
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