御伽噺



緩く繋いだてのひらが、温かい。仄かに汗ばむ体温が、あぁ近くにいるんだな、と実感できる。
潤んでいた瞳は涙がひき、にじんでいた視界も明瞭になった。目を瞬かいて、イギリスは自身よりも高いところにある顔を見上げた。
焦燥の見え隠れする面は、イギリスの雰囲気が変わったことに気づいていない様子だ。
二国が森を探検しはじめてからかなり経つ。天空に低く位置していた太陽は、
森のなかを移動するうちに随分と高くのぼってしまった。
フランスに引っ張られてきたイギリスは、森の底知れない恐怖に、小さな雫を目の端にためていった。
森は深く、鬱蒼と茂る葉の間から、僅かな木漏れ日がのぞいている。
「・・・・・いつ、つくんだよっ。どこに行くのかぐらい教えてくれれば・・・・・」
「あともう少しだから、な?もう少しだから頑張ろうぜ」
「・・・・さっきかたあともう少しって言い続けてるくせに!・・・・・うそつき」
ふい、と顔を背けたイギリスを宥めようとして、フランスはイギリスの少し骨ばった手を掴んだ。
「ほんとにあとちょっとだからな・・・・。森がこわいんなら一緒にいてやるよ、こうすれば怖くないだろ?」
繋いだ手をしっかりと握ってフランスが笑いかける。それで納得したわけではないが、
イギリスはおずおずと柔らかな手を握りかえして、フランスの瞳を見詰めた。
「・・・・・」
次いで俯いたイギリスの耳朶が真赤に染まっているのをフランスは目敏くみつけたが、何も言わないでおいた。
折角機嫌が直りそうなところに、頭痛の種はつくりたくない。
そしてまたニ国は歩きだした。








「・・・・・・・?」
不意に立ち止まったイギリスにつられてフランスも歩みを止めた。
「どうした?また森がこわくなったのか?」
心配そうに声をかけるフランスに頭を振る。
「・・・ちがう・・・・・ただ・・・・」
「ただ?」
「.....手」
「手ぇ?」
「手・・・・をつないだままだったから・・・・」
「あぁ・・・・。そっか、いやだったよな」
顔を曇らせて手をはずそうとするフランスに、慌ててイギリスは声をあげた。
「はずさなくてもいい!・・・・・べ、べつにいやじゃない・・・・」
ごにょごにょと語尾を濁らせて、イギリスは頬を染め地面に視線を落とした。
イギリスの旋毛を見下ろすフランスの影は、動揺で大きく傾いでいた。
口元を思わず、といった態で押さえるその手はぶるぶると震え、肩は小刻みに揺れている。
(あ〜っもう!ちょっ、まじヤバいって、なにこの可愛い子!
ほっぺつつきたくなるじゃねぇか、なんでこんな時に限って素直になっちゃうの!)
そんなフランスの内心の葛藤を知らないイギリスは、「笑うな!さっさと歩けよ!」と、
恥ずかしそうにフランスの足をどかどか蹴る。フランスの堪えを笑っているものだと勘違いしたらしい。
大きく息をついて、フランスは謝罪の言葉を紡ぐ。唇には笑みがのったままだ。
「・・・・くくっ・・・・、ごめんな、ちょっとツボはいっちまった」
まだ知らないのなら、敢えて教えてやる気にもならない自分で気づけばいいだけだ。フランスはイギリスの勘違いに便乗した謝罪で紡いだ。
わざと笑うフランスに呆れた表情をして、イギリスが肩を落とす。
「・・・・もういい。はやく行け」
頬の赤みを擦って誤魔化そうとするイギリスに、くすぐったい笑いを抑えながら、フランスは改めてイギリスの指と自身の指を絡めた。
静かに森をあるきだす。
腐葉土の饐えた臭いが鼻を掠める。
フランスもイギリスも押し黙る。それは居心地悪い沈黙ではなく、むしろ快いものだ。
お互いの呼吸音と、土を踏みしめる音だけが響く。
「イギリス・・・・」
「なんだよ」
フランスの言葉にぶっきらぼうに応えるが、イギリスの表情はいたって平静だ。
「妖精って信じるか?・・・・」
「・・・友達だからな」
「・・・・・・・・はっ。俺は信じてなかったんだけどなー」
「信じる信じないは勝手だろ」
「そう・・・・・なんだけどなぁ・・・・・あ、」
「?・・・・っ」
前方に視線を固定したままフランスは突然声をあげて、止まった。
フランスの背中に鼻をぶつけたイギリスが文句を言おうと口を開いた瞬間だった。
取り分け大きな濃緑の茂みをかきわけた。そこから現われた光景に二国は息を呑んだ。
既に陽は西の空に沈みかけ、赤陽に照らされた林檎の樹が淡い光を放っている。陽が地平線に沈み、林檎の樹の光も収まり――。
「イギリス!見ろよ、あれだ!」
「・・・・・ぁ・・・・・」
感嘆の息を漏らす。
一旦は消えた光は、次の瞬間無数の光となって二国の視線を釘付けにした。
ゆらゆらと妖しく揺れる光は、二国を誘うかのよう。
フランスはイギリスの手を引いて、茂みを飛び出した。妙に鼓動が高鳴っている。きっとこの幻影があまりにも綺麗なせいだ。
林檎の樹のもとに辿りついて、フランスは枝の低いところにある紅い果実をもぎとって、イギリスに渡した。
「・・・・・これ、食べてみろよ」
「・・・・・・フランスは食べないのか?」
純粋な疑問を口にすると、それもそうかと頷いて二つに割った。果汁が一滴溢れた。
「・・・ほら」
白い果汁に濡れた手で林檎を渡され、イギリスはそれに齧りつこうとした――。









ぱちり。
完全に覚醒したイギリスは、傍らで呑気に寝ている男の姿を横目で見る。
(なんでこんなに幸せそうな寝顔なんだよ、ムカつく)
ずきりと鈍い痛みを訴える腰を無視して、イギリスは明朝の冷たい床に足を伸ばした。
爪先がようやく床に触れ、立とうとした途端腹に腕が廻された。寝惚け眼のフランスが、イギリスを捉えていた。
「・・・・どこに行くつもりだ・・・?もうちょっとここにいろよ」
「・・・・・少し、林檎がたべたくなったんだよ」
溜め息混じりにそう告げるとフランスは、欠伸をしながら起き上がった。
「林檎ねぇ・・・・。俺も食べたくなったな」
それに息をついて、イギリスはベッドに腰掛けた。
――もしかしてフランスもあの頃の夢を見たのだろうか。
脳裏をよぎった考えにらしくない、と嘲笑を浮かべてイギリスは頭を振った。



Present from*ねづさま

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