違和感と言うものを感じていなかったと言うのならそれはフランスの真赤な嘘となる。しかし、しかしだ。普段の彼を考えていれば、それは当然の事となる。何せ彼は、恐ろしいくらいにプライドが高いのだ。それこそ、辟易してしまう程に。確固たる意思の元、彼は成り立っていると言っても支障は無いと思える。自分も高い方だと自覚している分、フランスにとっての彼のプライドは凄まじいものだったのだ。
だからこそ、現在の状況に一番混乱しているのはフランス自身なのである。
「…イギリス、さん?」
「あぁ、日本か。久し振りだな」
日本の困惑した様子もフランスからしてみれば当然だ。何せ、今のイギリスはまるで従僕だ。簡素な執事が纏うような服装に、手にあるのは銀が光る盆。当然ながら、その上に乗っかっているのは紅茶一式である(勿論、それはフランスが頼んだ)。
そんな異常な状況を、更に異常なものへと変貌させているのは当のイギリスだ。何せ、イギリスがそんな格好をしてフランスに対して給仕するのは有り得ないからだ。実際起こっている手前何とも言えないが、つい昨日までのイギリスだったら例え世界に二国だけになってしまってもそれは有り得なかった。
イギリスは当惑している日本を置き去りに、紅茶を淹れる手を休めずに居た。しかし、フランスに紅茶を出すと直ぐ様台所に戻りそしてソーサーに乗ったカップを持って戻る。勿論、一連の動作は全てフランスが好む優雅な動きだ。フランスは紅茶を口にしているが、混乱が収まる訳も無く日本と顔を見合わせているばかりである。
「いつまでも突っ立っていないで、座れよ日本」
「あ、はい。有難う御座います」
最早、彼がイギリスだという確証は普段と何一つ変わらない口の悪さだけだった。日本は不思議そうな表情もしつつ、臨機応変な性質を活かして座る。流れに身を任せるのは得意だったか、フランスの脳裏に過ぎるのは日本の苦笑だった。
満足そうに頷いて、仕事は終わったとばかりにさっさと退散する様子に呆然とするのも束の間、日本は出された紅茶に手を出しながらフランスに極力小声で話し掛ける。そんな事をしなくても、逐一会話を聞かれるという事は無いのだが用心に越した事は無いという事だろう。用心深いのは、出逢った当初と何ら変化が見えなかった。釣られて、フランスの声量も小さくなる。
部屋を支配するのは古びたレコードの音となる。
「…どうなさったんですか?今日のイギリスさん」
「いや、それが俺にもわかんないのよ」
「心当たりは?」
「在ったら俺は今頃上機嫌だね」
自分の仕向けていない幸福に、手放しで喜べる程愚かではないと言いたいらしいが、日本からしてみれば損な性格以外の何者でもない。そうして素直に喜べないから、きっと距離は縮まらないのだろうと日本は解釈をする。やはり、損な性格だ。
紅茶を口にすると、素直に美味しいと感じられる。そして、やはり彼はイギリスなのだと安心出来た。日本の知る限り、この味は彼にしか出せまい。そして、次に考える事は何故あんな状況に至ったのかである。日本のお国柄か、彼は極端に人の顔色を伺う為に行動を分析するのは最早癖だ。
しかし、幾ら考えようとも日本の脳裏に過ぎる原因はフランスだ。何せ、この給仕はフランスの為に行われているのだから。
「フランスさん、何かしたんじゃあありませんか?」
「何って…ナニ、ならしたけどー?」
「下ネタに付き合えと言うのなら、今すぐ帰らせて頂きます」
「じょ、冗談!冗談だから帰んないで!」
笑顔で腰をあげる日本に、フランスは必死になって止める。それもその筈、日本を呼び出したのはフランス自身だ。普段から、懐かれている日本ならば何かわかるのではないかという淡い期待を込めて。しかし、その考えは泡となって消える。新種の病気なんじゃあないかとフランスは考えたくなった。
何せ、朝っぱら考えっぱなしなのである。有耶無耶のままベッドに転がり疲れる程抱いたのは昨日の夜で、目が覚めたら隣で寝息を立てている筈のイギリスが笑顔で挨拶をするのである。フランスは、まだ夢の中なのかと勘違いした程だ。その後、やはり従僕のように服を着替えさせ髪まで結ばれた時は白昼夢でも見ているのかと思った。溜息も吐きたくなるってものである。
もう幾度目になるかもわからない溜息を吐いた直後に、日本は声をあげた。発見の声音だ、漸く答えに至った日本はうんうんと満足そうに頷くばかりだ。
「何、何かわかった?」
「えぇ、まぁ。でもフランスさん、今日はお教え出来ませんね」
「はぁ?」
「明日、お電話差し上げます」
喉につっかえていた魚の小骨がとれたかのようにすっきりとした面持ちの日本は、紅茶を飲んでそうかそうかと彼にしては珍しく意地の悪い笑みを浮かべる。そんな日本の表情にフランスは落胆して、今日ばかりはイギリスの事をずっと考える羽目になりそうだとまた溜息を吐く。
打って変わって日本は、先程の思案顔は何処吹く風とばかりに満足そうに笑っている。彼は、知っていたのだ。幾ら敵とは言え、ずっと昔から傍にいてくれた古くからの友の記念日を祝えなかったイギリスの後悔を。
「フランスさんも、案外鈍いんですね」
「…俺は今すぐ日本を犯してしまいたい」
「多分アメリカさんと中国さんとギリシャさんとトルコさんと、何よりイギリスさんが怒りますよ」
「……日本って、案外強かだよなぁ」
「お褒めに預かり、光栄です」
「いや、褒めてないんだけど」
魯鈍な君に
07/08/28
まったくさっぱりわからないよおまえのこころはどうしてこうもわかりづらいのか
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