心の処方箋



「お」

「げ」


 顔を合わせた瞬間、互いに発した言葉はまったく違うものだった。

 エレベーターの中にいたイギリスは顔を歪め、明らかに嫌悪感を表している。

 一方エレベーターに乗ろうとしたフランスは、人の悪い笑みを浮かべる。

 いつもなら彼の顔を見ただけで、すぐに食ってかかるイギリス。

 だが今日は珍しく、すぐに顔を逸らすだけに留めた。


「乗るならさっさとしろ」

「へいへい」


 口喧嘩が始まると思ったいただけに、フランスは肩透かしを食らった気分。

 少しつまらなそうな顔をして、エレベーターへ乗り込んだ。

 男2人を乗せた箱は自動的に閉まると、音を立てずに最上階へと上り始める。

 回数表示を見つめるイギリス。

 そのうなじを見つめながら、フランスは溜め息をついた。


「体調悪いなら、今日は休んでればいいだろう」


 図星だったのか、フランスの言葉にイギリスは小さく肩を震わせる。

 だがその反応を無視して、フランスはエレベーターから見える下界を見下ろした。

 グングンと遠ざかっていく町並みは、秋から冬へと変わり始めている。

 それを見つめていると、イギリスが深い溜め息をついた。

 フランスが振り返ると、彼は見下すような態度でこちらを睨みつける。


「テメェに心配してもらうほど、ヤワじゃない」

「へぇへぇ、そうですかい」


 隣国の強がりはいつものこと。

 フランスは呆れて首を振ると、すぐに視線を外へ戻した。

 その態度が癪に障るものの、イギリスは鼻を鳴らして回数表示へ視線を戻す。

 静かな…いや、静か過ぎる時間。

 顔には出さないが、二国ともこういう空気がなにより苦手だ。

 特にイギリスは体調不良も相まって、苛立ちがピークに達している。

 早く最上階についてほしい。

 お互いに同じ気持ちでいるが、そういう時に限って長かったりするものだ。

 後半分、という所で、フランスが先に動いた。


「お前、今度新しい空母作るそうだな」


 当り障りのない話に、イギリスは眉をひそめる。

 だが無言のままよりはよっぽどマシなのだろう、その口を開いた。


「そうだが…お前になにか不都合があるのか?」

「そうじゃねーよ。すぐ突っかかんの止めなさい」


 フランスは溜め息をつきながら、1歩イギリスへと近付く。

 それに気付いていながら、イギリスは微動だにしない。


「よかったら、うちと共同で作らないかなーと思ったんだよ」


 長年ライバル関係にあった国からの言葉に、イギリスは驚きを隠せなかったようだ。

 後方へ振り返り、目を丸くしている。

 その顔に頬を緩ませながら、フランスは右手を彼へと差し出した。


「どう? お兄さんと、めくるめく愛の共同作業♪」


 だがイギリスは手を払い、冷ややかな視線を送る。

 その視線に肩を竦ませながら、フランスは更に1歩彼へ近付いた。


「空軍関連で組んでるからって、海軍まで一緒に…なんて思うなよ」

「なんだよ、冷たいな。軍事費用削減に繋がるいい話だと思うぞ」

「どうだか」


 拒否を受けながらも、フランスは笑みを浮かべてイギリスに詰め寄る。

 逃げようにも、ここは密室。

 イギリスは軽い焦りを感じながら、更にきつく彼を睨みつけた。

 その頬を掠る勢いで手を伸ばし、フランスは両手を壁につける。

 イギリスの体は彼の手によって、囲われた状態だ。


「脅迫か?」


 どんな状態でも、イギリスは強気の姿勢を崩さない。

 益々鋭さを増すライバルの目に、フランスは口笛を吹いた。


「お前の好きなように解釈しろよ。ただ…」


 フランスはちらりと回数表示に視線を移してから、イギリスへ笑みを向ける。

 その笑みにイギリスは眉根を寄せたが、すぐに感づいたのだろう。

 ハッとしてその場から逃げ出そうと身動ぎした。

 その肩と腰を掴んで、フランスは彼を腕の中へと閉じこめてしまう。


「んのっ…バカ……!」


 イギリスの文句は、途中でフランスの口内へと消えてしまった。

 ほとんど強引に唇を合わせ、嫌がるイギリスの体を更に強く抱きしめる。

 嫌がっているのか、閉ざされたままの唇。

 それを優しく舐めながら、ゆっくりと割り開いていった。

 ぬるりとした舌を突き刺し、口内を蹂躙していく。

 経験があるだろうに、イギリスはギュッと目を閉じ体を強張らせた。

 その反応に苦笑しながら、フランスは更に深く舌を押し入れる。

 喉の奥まで犯されるような感触。

 舌が絡み合い、口端からツゥッと唾液が流れ落ちていった。

 それを指で拭いながら、フランスはやっと唇を離す。

 互いの唾液が糸を引き、差し込む太陽の光がそれを妖しく照らし出した。


「んー? お兄さんのテクにメロメロかな?」

「…アホ」

「可愛くねぇな、おい」


 グッタリとした表情を見せながら、相変わらず口だけは達者なイギリス。

 仕方ないな、と肩を竦ませ、フランスはエレベーターの入り口に立った。


「まあ、この話はまた改めて連絡する。うちの可愛い子も連れてってやるよ」

「言ってろ」


 静かな揺れの後、チン、という高音が響き、ドアが開く。

 回数表示に目をやれば、長いことかかった最上階。


「少しは元気になったな」


 それだけ言い残し、フランスは先にエレベーターから出てしまう。

 そして、イギリスを残して先に行ってしまった。

 その背中を見つめながら、イギリスは溜め息。

 どうせ後で同じ場所、しかも嫌でも隣の席で顔を合わせることになる。


「怒ってんだつーの、バカ」


 イギリスもエレベーターから出ると、少しゆっくりとした足取りで廊下を歩き出した。



end

Present from*ゆずこさま

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