可愛い君 すっかり第二の我が家と言っていいほど行きなれたイギリスの家の、ほぼ自分専用と化した(なにせ家主は料理がかわいそうなぐらい出来ない)キッチンで何度かズボンのポケットを探ってフランスはため息をついた。 ポケットの中に何時も突っ込んでいるつもりだったが、昨日の夜使った後ポケットに入れ忘れたらしい。 ああもう、自分はフランスという国家の体現なのに何でこんなうっかりをしてしまったのだろうかと情けなく思うが、思った所で無いものは、無い。 恐らくイギリスは持ってないだろうと思いつつ、フランスはとりあえず尋ねてみる事にした。 「あー、イギリス。 お前ゴム持ってねぇ?」 フランスの問いに対して、イギリスは目をすっと細め低い声で問いただした。 「はぁ? 料理作るのになんでゴムがいるんだよ。」 現在時刻は午前10時半。真昼間というか昼食前の時間帯である。そしてイギリスの記憶が間違っていなければ、フランスは料理を作るために台所に行ったはずである。それなのにズボンを散々探った上で「ゴム持ってねぇ?」とはどういう事か。あれか、「昼食はお前」とかそういう馬鹿な事を言い出すんだろうかこの男は。内心思ったあれこれ口に出して痛罵してやろうかともイギリスは考えたがやめる事にした。 こういった話は真昼間のダイニングで口にするような事じゃないというのがイギリスの考えだからだ。だから、口にする代わりにとりあえず睨みつける事にした。 あまりに強い目つきで睨まれてフランスは、あれ、俺変な事言ったっけと思って首かしげた。 「いや、このままで料理作ったら髪の毛入っちゃいそうだからさ。 ああでも、お前髪の毛短いからゴムとか持ってないよなぁ。だったら紐とかリボンとかそんなんでもいいんだけど。」 台詞の途中からイギリスはあからさまに頬を赤らめ、眉間に皺をよせ、最終的に両手で顔を覆った。 フランスは自分の台詞の何処がイギリスをそんな変な態度に走らせたか判らずに、再度首をかしげてから、気付いた。ああ、なるほどあちらのゴムと勘違いしたなら、さっき睨みつけてきた事も理解できるし、今顔を赤くして悶絶している事も理解できる。 によによ笑いながらフランスはイギリスの側に寄ってきて、つんつんとその手をつっつく。 「あ、うんごめんねイギリス期待しちゃった? おにーさんは、どこかのエロ大使とは違って、真昼間のお腹すいたときにそんな事考えたりしないんだー。」 「笑ってんじゃねぇよ馬鹿。 俺だってそんな事考えてねぇし! そもそも、あんな言い方するお前が悪い。」 顔を真っ赤にさせて、とりあえずフランスの足をぎゅーっと踏みつけてイギリスが吠えた。 「痛い痛い、ごめんって。」 からかうのも楽しいのだけれども、きっとからかったら殴られると判断したフランスはとりあえず謝るが「どうせ口先だけだろ!」とイギリスは更にぐりぐりとフランスの足を踏みつけた。 「やーめーてってばー。お兄さんの靴安く無いんだよ?」 「穿いてる奴にお似合いなぐらい安っぽく踏み潰してやるよ。」 「痛い痛い痛いってばー。」 半分涙目でフランスが訴えかけて、やっとイギリスは足をどけてくれた。 顔や腹を殴られなかっただけましとは言え、この英国紳士様は大層手癖足癖が悪く、恥ずかしい事や腹立たしい事があるとすぐに殴る蹴るという行動で感情を示してくるのである。 まあ、腐れ縁の隣国であるフランスはいい加減受け流し方も覚えつつあるのだが、ともかく。 「で、なんか紐とか無いの?」 「あー、紐はねぇけどリボンだったらあるぞ。 この間お前がくれた菓子の袋についてた奴だけど。」 「あ、うんそれでいいから貸して。」 フランスの言葉に「ちょっと待ってろよ。」と言って私室にひっこんだイギリスが持って戻ってきたのはピンク色のリボンであった。 そういえば先月あげたクッキーの袋をあんなリボンで縛ったなとか思い出しつつ、「メルシー」とリボンを受け取る。 ゴムほどしっかりとは止まらないが、この際贅沢は言ってられない。 慣れた手つきで肩の辺りまである髪の毛を後ろにやって、ピンクのリボンで髪を縛る。 「ほつれ毛とかない? 鏡無いからわかんないんだよねぇ。」 縛りなれてるのだろう、ほつれ毛等はなかった。だが、どうよどうよと、ちょっと首を振ってみたりしてリボンが解けないか確認しているフランスは非常に可愛らしかった。 「それはねぇけど。なんかお前が可愛くて変。」 「変ってひっどいなー。 あー、でもピンクのリボンだもんなぁ。こうしてたら俺がネコに見えたりする?」 「なんだよネコって。」 「受けのこと。 あ、ごめんやめへひゃめへ、ひたひでふ。」 みょーんとフランスの頬を引っ張りながらイギリスは真っ赤になって怒鳴る。 「昼間からそういう話はしないんじゃないのかよ。」 ついでにぐいっと頬肉をひねってからフランスの頬を開放してやる。 「痛いってば、もー。 別にいいじゃんこれぐらいの話はさぁ。 それに普段はお前がにゃんにゃんだけど、偶には俺がにゃんにゃんだっていいんだぜ。 うぉっ。」 イギリス渾身の右ストレートはギリギリのところで避けられたが、空を切るするどい音にちょっとフランスの顔色が悪くなる。 「馬鹿いってんじゃねぇよ、このクソ髭!」 今度は蹴りが繰り出されたが、ある程度予想していたフランスは慣れたステップで後ろに下がって避ける。 「イギリスは何時でもにゃんこなのがよかったのかなっ、と。」 反撃とばかりに軽く蹴りをいれようとしたら、その足の脛を狙ってきたので慌てて避ける。脛とか酷いだろういくらなんでも。 「んな事言ってねぇんだよ。 そういう話をすんなって言ってるだけだ腐れワイン。」 料理を作る前にボコボコにされてはたまらないとフランスは間合いをたっぷりとって両手をあげた。 「ごめん、俺が悪かったから。その手と足を出すのやめてください。」 「ちっ、判ればいいんだよ。判れば。」 とりあえず喧嘩する気まんまんのかまえをとかれたのを確認して、フランスはため息を一つ。 「リボンありがとね。じゃあ、昼食作ってくるから。」 「おー。」 喧嘩も、仲直りも、昼食を一緒に食べるのも、全部日常の事だから切り替えは簡単だ。 全部イギリスとフランスにとっては互いといて当たり前のことだから。 「あ、フランス。」 「なに?」 「お前が望むなら、別にいいんだぞ。」 「なにが?」 「・・・そのリボンが似合ってるってことだよ。」 顔を赤くして、そっぽを向くイギリスが可愛かったけど、そんな事口にしたらまた喧嘩になって昼食が遅れてしまうので。 「わかった。」 とだけフランスは答えた。 |