杉田謙信はいつもより遅れて練習場に来た。
夕日町で、応援団の会合があったからだ。
「予定より少し遅くなってしまったが、
まだ練習は終わっていないはずなのに、どうして誰も練習場にいないのだ・・・?」
いつもだったら演舞の掛け声や
チアガールズの甲高い声が聞こえているはずなのだが、
今日は誰一人そこにはいない。
誰か来るのを待っていようかともしたが、
一先ず、団室に行ってみることにした。

「(ガチャ)今日の練習はどう・・・」
杉田は誰かいるだろうと、声をかけながらドアを開け、
思わず言い留まってしまった。
いつもとは違う団室。
バラの香りが充満している。
「・・・バラの香りか」
少し固まっていると、
あっ、と言いながら菊地が慌てて杉田の元にやってきた。
「あ、あのですね、これはですね」
菊地は顔を真っ赤にしている。
「先程、作家の鴨川クリスティーヌ先生がいらっしゃって、
先日の応援のお礼だと言って、こーんなバラの花束をいただいたんです。」
菊地は両手を広げると、杉田に説明をした。
「なるほどな」
と言いながら視線を菊地から奥に移した。
すると、杉田の視界に異様な物が映った。
異様な物・・・、朝日町応援団団長、鬼龍院薫だった。
団室の大きな姿見の前で両腕を組み、仁王立ちしている。
それだけならいつものことなのだが、その鬼龍院の背中からバラが生えていた。
いや、背中にショッキングピンクのバラが
白いカスミソウと共に綺麗に背中に貼り付けてあった。
まるで少し前の少女マンガのように。
「・・・・・・。団長、恐れ入りますが、背中の花はどうされたのでしょうか?」
杉田は静かに訊ねてみた。
「うむ、よく映えてなかなかいいものだと思うのだが。
謙信、どうだ?」
姿見の前で微動だにしない鬼龍院に、杉田は逆に質問された。
どうだと聞かれても、どう答えていいものか。
顎に手をあて、少し考えながら、杉田は視線を鬼龍院から少し右に移した。
すると、押し殺したような声がした。
「謙信、こちらを見るな・・・!」
見るなと言われると見たくなるもので、
杉田の視線の先には西園寺が震えながら立っていた。
恥ずかしいようで、頬を赤く染め、両の拳を握り締めていた。
「隼人まで・・・。
新太、団長と隼人はどうしてバラを背中に貼り付けているのだ?」
両手を広げたまま突っ立っていた菊地は、慌てて手を下ろした。
「チアガールズの白咲さんたちが、団長にバラを背負ってみたらかわいいかも、と言って
団長の背中にいただいたバラを貼り付けてしまったんです。」
そして、チラチラと西園寺の方を見ながら言った。
「さ、西園寺さんのは、僕が付けました。
白咲さん達が何かを取ってくるからと出て行った後、団長に言われて・・・。」
さらに、小さな声で何か言ったが、誰にも聞こえなかった。

ちょうどその時、賑やかな話し声と共にドアが勢いよく開いた。
「団長、これこれ!」
白咲が自分達が普段の応援で使っているポンポンを持って来た。
「あら、杉田さん、今日の会合は少し長かったようね。」
水無月がいつもの優雅な口調で言った。
二人の後ろから「こんにちはぁ、杉田さぁん」と、のんびりと河合が笑顔を見せた。
「やぁ、こんにちは、しかし、これはどう・・・。」
と言うのと同時に森山が花束を抱えて帰ってきた。
厳つい容姿に似合わず、色とりどりのガーベラの束を持って。
「謙信、これは団長の花だ。まぁ、この部屋の中にいるのならわかっているのだろうが。」
森山がチラリと杉田の顔を見ていった。
「あぁ、もちろんわかっている。
しかし、剛、これほどお前に花が似合わないとはな。」
森山は「何おっ」と言おうとしたが、花を傷つけてはいけないのでグッと我慢した。
部屋の奥ではチアガールズ達に囲まれ、ポンポンを持った鬼龍院が異様なオーラを放っていた。
西園寺は座り込み、菊地が必死に宥めていた。
「今日の練習はいったいいつになったら始まるのだろうな。」
ため息交じりに森山が言った。
「その花を付けるまでは無理だろう。」
杉田は森山から花束を取り上げると、団長の方へ向かった。
「団長、こちらの花もお似合いになると思いますが、いかがされますか?」

チアガールズ達が黄色い声を上げて鬼龍院の背中の花を取り替えている。
「もう少し、時間がかかりそうだな。」
杉田は森山の入れてきた緑茶をすすりながら、事が収まるのを待っているのだった。

”花のO−ENステップ”という、昔読んだ漫画で、学ランの背中に生花を貼り付けてポンポンを持って応援をするO−EN団がいまして、
薫ちゃんだったら花を背負ってもあまり違和感がなく、しかも本人も喜んでやってくれるんじゃないかと。
ブログのほうで花を背負った薫ちゃんの落書きをしたところ、やっぱり似合う、と感心しちゃいました。
杉様メインで書いてますが、冷静にこの状況を語ってくれるのは、杉様しかいないかな。