「それでは、ごきげんよう。」
ある昼下がり、朝日町応援団の団室から、およそ似つかわしくない服装の女性が出てきた。
広いつばのピンクの帽子に、フリルの沢山付いたピンクのロングワンピース。
団室の中では新人団員の菊地新太が一人で興奮していた。
「うわー、すごいですね!あの、鴨川クリスティーヌ先生が直接お礼にいらっしゃるなんて!
ねえ、西園寺さん。」
「あぁ、そうだな。」
西園寺はにこやかに答えた。
自分が応援した町の住人に感謝されるというのは気持ちのいいものらしい。
恋愛小説家、鴨川クリスティーヌに応援を依頼されて、
朝日町応援団リーダー、西園寺隼人が応援し大成功を収めたのは、一ヶ月前。
その時書いていた『愛に撃たれて』が大ヒットしたのだ。
「僕も買ったんですよ、『愛に撃たれて』。
こんなことなら持ち歩いておくべきだったなぁ。サイン貰いたかったなぁ。」
残念そうに菊地がつぶやく。
そこへ、甲高い声が団室に入ってきた。
「ちょっと、今出てったのって、あの鴨川クリスティーヌじゃないの?!」
声の主は朝日町応援団チアガールの白咲凛だった。
白咲の後ろから河合ほのかと水無月麗華もやって来た。
「ほのかもぉ、会いたかったなぁ。」
「えぇ、ぜひ私達にも声をかけてほしかったわね、森山君。」
水無月が森山の顔をチラリと睨み付けた。
「あ、あぁ、そうだったな、すまない。」
バツが悪そうに森山は3人に謝った。
「いえ、違うんです、僕があんまりにも大騒ぎしたものだから、皆さんを呼びに行きそこなったんです。
すみませんでした!」
菊地はチアガールズに向かって上半身を90度折り曲げた。
「ま、しょうがないわね。」
白咲の言葉に菊地は安堵した。
「ところで、このいい香りは何?バラの香りだわね。」
団室の奥、朝日町応援団長、鬼龍院薫の傍らに、大きなバラの花束が置いてあった。
「綺麗なショッキングピンクね。ふふ、鴨川クリスティーヌが好きそうな色だわ。
薫さん、ちょっといいかしら。」
水無月は鬼龍院の側まで歩み寄り、花束を抱きかかえた。
「二人とも見てごらんなさいよ。」
河合と白咲もやって来た。
「ほのかぁ、こぉんなに綺麗な花束、見たことなぁい。」
「本当、すごいわね、高いんでしょうね、きっと。」
白咲は現実的に答えた。
「僕、花の値段なんてわかんないなぁ。西園寺さんはご存知ですか?」
菊地の問いかけに答えたのは白咲だった。
「あら、隼人君はそんなの知るわけないわよ。女の子に花なんて贈ったことないみたいだから。
貰ったことは沢山あるんだろうけど?ね。」
意地悪そうな目で微笑む白咲に西園寺は少しムッとした。
「そんなことはどうでもいい。新太、練習を始めるぞ。」
西園寺は手袋を持ち立ち上がった。
「押忍!」」
菊地は西園寺と共に準備を始めた。
もしも菊地が犬だったら、きっと尻尾がちぎれるほど振っているに違いない。
その位、西園寺と行動を共にすることは、菊地にとっては幸せなことだったのだ。
「手袋OK!はちまきOK!襷OK!」
指差し確認をしていると、なにやらチアガールズが楽しそうに喋っている声が聞こえてきた。
「うん、これ、団長に付けたらかわいいかも。」
あれよ、という間に鬼龍院の背中にバラが貼り付けられてしまった。
大きな姿見の前に立った鬼龍院は満更でもなさそうだ。
「さ、西園寺さん、あれ・・・。」
「あ、あぁ・・・。」
鬼龍院の肩や頭の上からショッキングピンクのバラが覗いている。
異様な光景なのだが、そこは鬼龍院のオーラ、菊地はその光景に飲まれてしまった。
「団長、すごい、いいです。」
菊地の言葉に鬼龍院は気持ちがさらに高揚し、
「隼人、お前もやってみろ。」
と半分気の抜けた西園寺に声をかけた。
「・・・・・!?お、押忍!?」
鬼龍院の言葉に逆らえるはずもなく、そう、答えるしかなかった。
「いいわね、それも。じゃ、私達はちょっと忘れ物をとってくるわ。新太君、お願いね。
あ、森山君は何かいいものを見繕ってきてね。」
そういうと、チアガールズと森山は団室を出て行ってしまった。
菊地はオロオロしていた。
「(よろしくって、僕が西園寺さんに花を付けるの?でも、西園寺さん、あんな顔してるし、どうしよう・・・)」
渋い顔をしていた西園寺だったが、クルリと背を向け、
「・・・新太、やってくれ。」
覚悟を決めた様だ。
「押忍!」と言うと同時に、菊地はバラを手にしていた。
「失礼します!」
長い金髪をまとめて左肩から前にまわすと、菊地の目の前に西園寺のうなじが現れた。
「!!」菊地の顔がパァーッと赤くなった。
それを悟られまいと、黙々とバラを貼り付けていった。
はたして、鬼龍院のそれよりも美しく飾られていた。
菊地は西園寺の前に回り込み、顔を見つめて言った。
「西園寺さん、出来ました。・・・とても、綺麗です。」
潤んだ目で見つめられ、西園寺まで頬を赤くした。
「なっ、何だ、男に綺麗だなんて言うな。」
そういいながらも嬉しそうだったのだが、自分の姿を鏡で見て愕然とした。
「(こ、これは、俺ではない。西園寺隼人はどこへ行ってしまったんだ・・・!)」
自分の中の’男像’と全く違う人間が鏡にはうつっていた。
鏡の中の自分に酔っている男が一人、
鏡の中の自分に愕然としている男が一人、
その男に心引かれている男が一人、
朝日町応援団の団室はしばらく時間が止まっていた。
杉様のいない間に起きた出来事を書いてみました。
ほんとはもっと菊地のことを書くつもりだったのに、チアガールズがね・・・。
あのこ達、喋りすぎちゃって。もっと静かにして欲しかったんだけど、やっぱ、女の子だからね。
3人のおしゃべりだけでも、結構な行になるのよね。
でも、ま、そのうち、別の形で菊地の心の叫びでも書けたらいいなぁ。