とあるアパートにて。
綺麗な夕焼けで有名な夕日町の夕焼けもほとんど夜に包まれていた。
「(ガチャ)ただいま」
男がドアを開けると、部屋の奥からパタパタと軽快な足音がやってきた。
「おっかえんなさ〜い」
と言うや否や抱きつく女。

この帰宅した男―夕日町応援団長の百目鬼魁。
そして迎え入れた女―夕日町応援団チアガールズの神田葵。
二人は半年前から付き合っており、お互いの両親にも公認されている。
一人娘の神田の両親は、応援団を信頼している町民なので、
百目鬼なら、と、一人暮らしのアパートにお泊りも許しているのである。

「ん〜チュッ。」
少しかがんだ百目鬼に神田からお帰りのキス。
「少し遅くなった。待ちくたびれたか?チュッ」
今度は百目鬼からのただいまのキス。
どうやら帰宅時の恒例動作らしい。
両親公認の二人の仲は、もちろん応援団員にも周知のことだ。
しかし、他人の目があるときは、神田は百目鬼を立てており、
百目鬼は常に応援団長としての威厳を保っている。
こんなことは、誰にも想像が出来ないことなのだ。

「ねぇ、魁ちゃん。お風呂とご飯、どっちにする?」
もちろん、二人っきりの時だけの呼名である。
「今日は昼飯の時間があまり取れなかったから、腹が減った。先に飯にしよう。」
「うん、わかった。」
百目鬼は帽子を神田に渡し、長ランを脱ぎ始めた。
神田は百目鬼の帽子を靴箱の上に置き、長ランをハンガーに掛けながら言った。
「今日の晩御飯、何かわかる?」
「あぁ、この匂いはカレーだろう。」
居間にどっしりと腰を下ろした百目鬼はハッとした。
前回のカレーの時のことを思い出したのだ。
おそらく、百目鬼が食べてきた中でNo.1の不味さのカレーのことを。
黙り込んでしまった百目鬼の考えを察したのか、神田が慌てて弁解する。
「違うの、違うの。今日のは美味しいんだって。
買ってきたルーにチョコは1欠片しか入ってないもん。味見だってしたし。」
頬をプゥッと膨らませている神田。
蝶よ花よと大切に育てられたので、今まで家事は一切やったことがなかった。
百目鬼と付き合い始めていろんな家事を覚えてきたのだ。
その中で、料理が一番の難問だった。
どうやったらそんな味が出るのか、いったいどんな味覚をしているのか、そんな料理だった。
今では、雨宮やアンナのアドバイス(時々裏目に出ることもあるが)や斉藤の料理ノートのおかげで
割とまともなものが食卓に上がるようになっていた。
「そんな顔するな。俺は葵の作ったものを残したことないだろ?旨いものなら、なおさらだ。」
百目鬼の言葉に、神田は途端に笑顔になり、
「うん、じゃあ持ってくるね。」
と台所にカレーを取りに行った。
百目鬼の名誉の為にいっておくが、百目鬼の舌はまともだ、いや、グルメと言ってもいいくらいである。
神田の作り出す悪魔の料理を残さず食べるなんて事は、愛がなくては成しえない神業なのだ。

テーブルの上にはカレーライスと野菜サラダ、水、お揃いのスプーンとフォークが並べられた。
「なかなか旨そうに出来たじゃないか。」
テーブルの向かい側に神田が座った。
「がんばったもん。じゃ食べよ。」
「(二人同時に)いただきます。」
百目鬼はスプーンを手に取り、カレーをすくって口へ入れた。
「お、旨い。葵、がんばったな。」
そう言うと、大きな手で神田の頭をヨシヨシと撫でた。
「ふぇ〜ん、魁ちゃんに褒められて、葵うれしいよ〜。
ほんとはね、ドキドキしてたの、美味しくなかったらどうしようって。」
嬉し泣きしている葵、百目鬼は側によりギュッと抱きしめた。
「葵がどんなにがんばっているのか、俺はよく知っている。ありがとう、葵。
泣いていると旨いカレーが冷めてしまうぞ、さ、食おう。」
神田の涙を拭ってやると、
「ぐすっ、そうだね、食べよ。」
百目鬼は席に着くと、ニコニコして食べ始めた。
「魁ちゃん、はい、あ〜ん。」
百目鬼は言われるままに口を開け、「あ〜ん。」なんて言いながら神田のスプーンのカレーを食べた。
「ほら、葵もあ〜んは?」
神田は満面の笑みを浮かべて、百目鬼からカレーを食べさせてもらった。
「ん〜、今日のカレーは葵の最高傑作だね。」
「いつも、こういう旨い物を頼むよ。」
「うん、がんばるね!」
その後、百目鬼は2回お替りをし、サラダも完食した。

「ごちそうさまでした。」
また、二人同時に挨拶をすると、
「今日のお当番ちゃんは、魁ちゃんね。」
神田が人差し指を立てて言った。
偶数の日付の日は百目鬼が、奇数の日付の日は神田が、当番だと決まっていた。
当番―洗い物当番。
いつの間にか決まっていた唯一の当番制度。
神田は食器を集めると、流し台にに持っていった。
「魁ちゃん、はい、エプロン。」
白いフリルたっぷりのエプロンを百目鬼に手渡した。
百目鬼にはかなり小さいものだが、それを付けて食器を洗い始めた。
「葵が拭いてあげるね。」
神田は百目鬼の隣に立ち、綺麗に洗われた食器を拭いていった。
「サラダのドレッシングも美味しかったでしょ?」
「あぁ、旨かったなぁ。あれは、斉藤のか?」
「あったりぃ!魁ちゃんよくわかったね、斉藤ちゃんに教わったドレッシングだって。」
「以前、斉藤が作って団室の冷蔵庫に置いてあったんだ。」
「へぇ、団室の冷蔵庫にはいろんなものがはいってんだぁ。
チア室のはね、ジュースとアイスしか入ってないんだよ、フフ。」

百目鬼の大きな手はあっという間に全ての食器を洗い終わっていた。
カレーなべを覗くと、少しカレーが余っていた。
「カレー、余ってるんだな。」
「うん、ちょっと、作りすぎちゃったみたい。」
どうしよう、と神田が悩んでいると、
「よし、明日は俺がこのカレーを使って何か作ってやろう。」
一人暮らしをしていた百目鬼にとっては、簡単なことだった。
「そんなことも出来るの〜?魁ちゃんすごぉい!魁ちゃん、大好き!」
そう言って神田は百目鬼に飛びついた。
飛びつかれて、百目鬼は嬉しそうだった。
なぜなら、百目鬼は神田の笑顔が大好きだったからだ。
神田の喜ぶことは何でもしてやりたいと思っていた。

そうして、二人の夜は更けていくのだった。

なんだかとってもラブらぶな二人です。
もうね、勝手にしてっていうくらい。
会話の間にハートがいっぱい飛び交ってます。
こっちがごちそうさまって感じ。