晩秋の昼下がり、
今日は風もさほど冷たくなく、
日向にいるとぽかぽかとするくらいだった。
地面には落ち葉が温かそうな絨毯を敷いていた。
夕日町応援団のリーダー、一本木龍太は夕日町公園のベンチに
一人で座っていた。
何をしているわけでもなく、
両腕を背もたれに回し、右足を左足の上に乗せ、
雲がゆったりと流れているのをみていた。

しばらく上を向いて目をあけたり瞑ったりしていたが、
ふと遊歩道の向うを凝視した。
しだいに一本木の顔が緩やかになった。
視線の先には、右手を上げて微笑んで歩いてくる金髪の青年、
朝日町のリーダー、西園寺隼人がいた。
「すまない、一本木、思ったより遅くなってしまった。」
と一本木の隣に座った。
「いや、日向ぼっこしてたから。」
そう言うと、恋人の金髪を指に絡ませた。

今日は団長会議があり、練習がお昼で終了ということで、
夕日町公園で待ち合わせてデートの予定だったのだ。
2人が付き合い始めてから、もう、半年くらい経つ。
大体は一本木の部屋デートなのだが、
時々は西園寺邸や公園、映画などにも出掛ける。
他愛もない話をしたり、お互いに触れ合ったり、
男女のそれとは全く変わりのない、
愛し合った2人がいるのだった。

「そん時に鈴木がさー。」
一本木は膝を叩きながら盛り上がっていたが、
隣りで頷きながら話を聞いていたはずの西園寺は
どうやら頷いていたのではなく、
眠くて勝手に頭が揺れていたようだった。
「疲れてるのか、少し寝るか?肩、貸すぞ。」
そう言うと、西園寺の頭を自分の肩に押し付けた。
されるがままに一本木の肩に頭を乗せると
「悪いな、少し、借りる。」
目を瞑ったまま、体重を預けた。
温かいとはいえ、冬が近付いている。
愛しい男に風邪でもひかれたら大変だ。
一本木は西園寺を起こさないようにそっと長ランを脱ぐと
西園寺にかけてやった。
そういう自分は半袖のTシャツ1枚であるが、
寝ている男の体温に触れている為、
そう、寒さは感じないようだった。
そして、斜め上から金髪越しの顔を覗いてみた。
端正な顔立ち、いい家柄、
真面目で誠実な男が、どうして自分に全てを預け、
こんな公衆の面前で無防備に眠っているのか。
傍から見たら、
男同士の厚い友情で結ばれた二人にしか映らないだろう。
しかし、この2人は恋人同士なのである。
自分が西園寺を好きになったことなんて棚上げで、
どうして男である自分を選んだのか。
恋人の寝顔を見つめても、よく分からなかった。
「・・・わかんねぇ。」
そう呟くと、深い眠りについている恋人の頭を優しく撫でた。
そしてまた、先程のように上方を見上げ、
緩やかに移動している雲の中に目当ての雲がいたのか、
ジッと目で追っていた。

どのくらいの間、雲を見つめていたのだろうか。
時折吹く優しい風が落ち葉をカラカラと転がしていた。
そんな風と落ち葉の戯れている音に混じって、
落ち葉を踏みしめる音が混じっていた。
遠くを歩く音、前を通り過ぎる音、
子供らの声と混じって走り回っている音。
それらの音達をかき分けて、
その音は段々とこの恋人達の方に近づいてきた。
雲を見ていた一本木にも聞こえていた。
誰かが自分達の方に真っ直ぐに向かっている。
2人の関係を知っている人は数少ない。
そのうちの誰かなのか、はたまた何も知らない知人か。
それによって、応対が違ってくる。
果たして、その音は2人の少し後方で止まった。
誰が立っているのか、振り向こうにも、
ぐっすりと寝入っている恋人を起こすわけにはいかない。
ゆっくりと首を動かそうとすると、
後ろにいた人物は一本木の横に回ってきた。
「今日は暖かい日でございますね、一本木様。」
声を掛けてきたのは、西園寺家の執事、原田であった。
「あ、爺やさんか。そうだな、いい日和ですね。」
ホッとした。
時々行く西園寺邸で必ず応対する執事が、
この“爺やさん”なのだ。
西園寺が生まれてからずっと、原田が世話をしてきたらしい。
両親の次に頭が上がらないのが原田であり、
しかし、一番の相談相手なのだ。
一本木との関係は、相談する前に気が付いていたらしい。
先日、西園寺が何気なく言っていた。
「爺やは、俺のことは何でも知っているんだ。」
ふーんと相槌を打ったものの、
嫉妬に似た感情が少し湧いたのも確かだった。
「迎えに来たんですか。でも、お宅の坊ちゃん、寝てますけど。」
一本木はぶっきら棒に言った。
原田は主人の顔を見ながら
「左様でございますね。」
と言うと、右手を一本木の横に差し出し、
「こちらに座ってもよろしいでしょうか。」
と笑顔を向けた。
思いがけない申し出に驚いたが、断る理由もなく、
「どうぞ。」
と答えるほかなかった。

普段、西園寺邸に行った時でも、
原田がいるのは最初と最後だけ、
恋人同士の甘い時間は2人っきりなのである。
言葉を交わしたことはあるが挨拶程度。
反対側に西園寺がいるのだが、
こうして隣り合って座ることなんて、
今までにないことだった。
「今日はこの後、旦那様の代理で
 隼人様にはパーティに出席して頂く訳だったのです。」
あぁ、そう言えばそんなことを言ってたな、
公園に来てすぐの西園寺の言葉を思い出した。
早めに帰してやらなくては、と思っていたのに、
こんな愛おしい寝顔を見せられては、
いつまでも眺めていたく、
そんなことは忘れてしまっていた。
「西園寺からは聞いていたのに、すみません。
 眠ってしまう前に帰すべきでしたね。」
西園寺を起こさぬように、頭だけ下げた。
「謝らないでください、一本木様。
 隼人様のお顔をご覧ください、いいお顔をなさってらっしゃいます。
 自室でも、このようなお顔でお休みになられることはございませんよ。」
身を乗り出して西園寺の顔を見ている。
目尻が下がり、自分の子や孫を見ているようである。
「もう少ししたら、お目覚めになることでしょう。
 そのまま、そっとしていただけますか。」
「わかりました。」
そう返事をし、西園寺の頭を撫でようとし、
しかし、原田の手前、何となくそれは止めた方がいいのではと
右手を宙に浮かせ、居場所を探しウロウロした挙句、
ベンチの背もたれに落ちついた。

一本木は原田のことはよく知らない。
西園寺のことを何でも知っている、ちょっと鼻にかかる爺さんなんだけど、
愛する男が信頼を置いている爺さんだ、尊敬に値する人物なのだろう。
この男が敬語を使う人物は団長と呼ぶ男とこの原田である。
西園寺の両親に会うことがあれば、きっと敬語を使うのであろうが、
幸か不幸か、まだ会ったことはない。
眠っている恋人と爺やさんに挟まれ、どうすればいいのだろう。
会話のテーマも浮かばず、沈黙していた。
何となく空を見上げ、雲が流れていくのを見ていた。
「一本木様、こんなことを言うと隼人様に叱られそうなのですが。」
突然原田が話しだした。
「あなたと出会って、隼人様は変わられました。」
変わった、どう変わったんだ、
気になり、原田の顔を見た。
「応援活動の話は時々聞いておりました。
 しかし、太陽の一件の後からは一本木様のことばかりでして・・・。」
にこやかな表情は変わらない。
「俺のことですか・・・?」
「はい、一本木様がどのような方で、どんなことに喜び、笑い、
 応援に注いでおられる情熱が如何ほどか、
 隼人様の次に私が理解しております。」
体温が上昇していくのが分かった。
自分の知らないところで評価を受けているとは、
想像したこともなかった。
「そ、そうなんですか。」
自然と、西園寺に目をやる。
気持ちよさそうに眠っている。
「隼人様のお気持ちに気が付いたときには、
 流石の私も多少面食らいましたが、隼人様は正直な方でございます。
 そして、一本木様のことをとても大切な方だと仰っています。」
そんな風に爺やさんに話してたのか、
照れ臭い反面、熟睡中の恋人を抱きしめたくなった。
「一本木様、もっと早いうちにご挨拶しておきたかったのですが。」
原田は、一本木のほうに向き直った。
「これからも隼人様をよろしくお願いします。」
そう言うと、深々と頭を下げた。
「い、いや、頭を上げてください、爺やさん。」
思わず両手を原田の方にやると、西園寺の体がズルズルと傾いてきた。
「ん、ん・・・。」
西園寺の口から声が漏れた。
今の衝撃で目が覚めたようだった。
「悪い、西園寺。目、覚めちまったな。」
一本木は傾いた恋人の体を起こしてやった。
「・・・一本木、すまない、眠ってしまって。」
目を擦りながら言う。
焦点が定まると、一本木を見て驚いた。
「どうしてそんな格好を!あ、俺に上着を掛けてくれてたのか。
 ありがとう、一本木。
 そんなことをされると、また、惚れ直すではないか。」
耳まで赤くしながら長ランを一本木に返した。
と、その向うにいる人物に気が付いた。
「爺や!どうして・・・!」
思わず立ち上がった。
「あっ、時間か・・・。」
原田もベンチから立ち上がった。
「はい、坊ちゃま、そろそろお時間でございます。」
丁寧に頭を下げる。
西園寺はぺたりとベンチに座った。
「今日は予定が入ってしまったから、
 時間まで一本木と有意義に過ごしたかったのに。」
「坊ちゃま、あと5分、お時間がございます。
 爺は公園の入り口で御待ちしておりますので。」
と、原田は主人に頭を下げた。
「そうか、では待っていてくれ。」
「かしこまりました。
 坊ちゃま、一本木様、失礼いたします。」
今度は二人に向かって頭を下げると、
公園の入り口に向かって歩き出した。

西園寺は原田の背を見送っていたが、クルッと一本木に向き直すと言った。
「一本木、寒くはなかったか?そんな格好で。」
長ランを着ながら
「俺はそんなにヤワじゃねぇよ。」
と笑う一本木。
「それよりもさ」
ボタンを留めながら言葉を続けた。
「爺やさん、お前のことが大切なんだな。」
そう笑った一本木の顔は、とても優しい顔だった。
西園寺はドキッとして、耳まで赤くなった。
「こんな若造に、頭下げられちまったよ。参ったよ。」
「爺やが頭を下げたって・・・。そっか。」
赤くなった顔を空に向け、腕組みをしてニヤニヤとしている。
フフフ、と含み笑いまでされると、
訳が分からない一本木は面白くない。
「何、変な笑い方してんだよ。」
軽く、チョークスリーパーを掛けてみた。
「うわっ、ちょ、一本木・・・!」
そのまま自分の膝に押し倒す。
「一人で納得してないで、俺にも教えろ。」
いきなり恋人の顔が真上に来て戸惑ったが、
両手を伸ばし、頬を挟んだ。
「俺の選んだ男は、最高にいい男だってことだ。」
そう言うと、腕に力を入れ、自分のほうに引き寄せた。
「何なん。」
途中で一本木の口は塞がれてしまった。

爺さんが何だってんだ、俺は、こいつが好きなだけなんだ・・・。
最高にいい男なのは、西園寺、お前の方だぜ。

「このまま、抱きしめていたい・・・。」
「あぁ、俺もだ・・・。」
「でも、時間だ、送ってくよ。」
ベンチから起き上がると、
2人並んで歩いて行った。
手は繋いでいない、肩も組んでいない、
傍から見たら親友同士。
しかし、恋人なのである。
公園の入り口まで、今日のデートの最終コースを
他人には見えないハートを散りばめながら、
落ち葉を踏みしめて歩いていくのであった。


どう転んでも、ラブラブなんです、この2人は。
今回は、うちのみのオリジナルの登場人物、爺やの原田さんを出してみました。
西園寺さんはあまり自分の気持ちをストレートに語ってくれそうもないので、
反則技で、爺やさん登場。
原田姓は、“西園寺家”と何か関わりのあった人の姓を使いたかったってだけで。
ホントの西園寺家の執事ってどんな人だったんだろ?
勉強不足ですみません。
新たに分かったとしても、私の中では、原田爺やですがね。