深い眠りから、少しずつ、少しずつ、覚めてきた。
何だか、いい匂いがしている。
光がまぶしい・・・。
目を細めながら、ゆっくりと体を起こした。
「あ、先輩、目が覚めましたか?」
声をかけたのは一本木の後輩の田中一だった。
どうしてお前がここにいるんだ?と言いかけて、ハッとした。
熱を出して寝込んで、練習を休んだのだった。
その一本木を心配して、田中がお見舞いにやって来た。
田中にこんな姿を見せたくなかったのだが、
こんな自分も含めて、好きだと言い、キスしてきた。
思い出していくと、だんだん顔が熱くなっていくのを感じた。
熱が上がったわけではない。
体のだるさも、頭の重い感じもすっかり消えていた。
時計を見ると10時を回っていた。
「お前、ずっとここにいたのか?」
「はい、あの後、先輩眠ってしまったので、帰るに帰れなくて。
鍵を閉めないのは無用心ですし。」
田中は台所からスープを持ってきた。
「それに、先輩の寝顔が見ていたかったので・・・。」
頬を赤らめて、テーブルに並べた。
「あの後ってのは、あの後・・・か?」
照れくさくてまともに顔が上げられなかった。
「はい、そうです・・・。」
二人でテーブルに向かい合い、下を向いて座っている。
「あ、あの、スープ、お腹空いてませんか?食べましょう。」
そういうと、スプーンを手に取り、皿の中をかき回した。
その姿を見て、心が軽くなった。
もしかして、あれは夢だったのか?
熱が自分の想いを作り出していたのか?
そう思っていたからだ。
一本木もスープを口に運んだ。
「旨い!これ、お前が作ったのか?」
目を見開いて田中を見つめる。
「先輩の口にあってよかった。
こういう簡単なものなら、少しは作れるんです、俺。」
照れくさそうに笑う田中。
空腹だったせいか、スープはあっという間になくなった。
「俺が寝てる間、何やってたんだ?」
台所で洗い物をしている田中に声をかけた。
「退屈だったんじゃないか?」
「いえ、そんなことありませんよ。勉強道具を持ってきてましたから。
それに、先輩がいつ目が覚めてもいいようにスープ作ったり、
頭のタオルを取り替えたり、それなりにやることはありましたよ。」
洗い物を終え、一本木のほうに来た。
「悪かったな、いろいろやってもらって。」
「そんな、悪かっただなんて。俺がやりたくてやっただけですから。
先輩の熱が下がった、それだけで俺は満足です。」
にっこりと笑った。
「あっ、俺の熱が下がったのって、お前、あの時何か強力な解熱剤でも飲ませたのか?」
冗談っぽく後輩をからかう。
「そ、そんなぁ。俺は普通にキスしただけです!」
右手を振り上げて抗議した、が、その手は一本木に簡単に押さえられた。
自分の発言にも照れている。
その隙を突いて、一本木は田中に覆い被さった。
「普通のキスって、どんなキスだ?」
「えっ、どんなって・・・。」
耳まで赤くなっている。
「俺の風邪がうつってないか、確かめてやる。」
そう言うと、何か言おうとしていた田中の唇を覆った。
初めは軽く吸っていたが、次第に吸う力が強くなっていく。
舌先で口の中を舐めて回る。
田中の舌が絡みつく。
だんだん二人の息が荒くなってきた。
「先輩、俺・・・。」
目が潤んでいた。
「先輩の風邪がよくなるんだったら、いくらでも貰います。」
可愛い奴だ。
しかし、それを口にせず、思い切り抱きしめた。
田中も背中に手を回し、抱きしめ返す。
突然、一本木が田中から離れた。
「だめだ、帰れ!」
田中は寝転んだまま、事態が把握できていなかった。
「え、先輩・・・?」
「今日は助かったよ。俺はもう大丈夫だ。
家族も心配するだろ、こんなに遅くなっちまって。」
そう言うと、クルリと田中に背中を向けた。
「そうですね、もう、こんな時間だ。」
田中はノロノロと起き上がり、帰る準備を始めた。
「先輩、ほんとにもう大丈夫ですね?
無理してるんだったら、俺、怒りますからね。」
靴を履きながら、頬を膨らませた。
一本木は顔だけ向け、
「無理なんかしてない。
明日はちゃんと練習に行くから。
お前こそ、風邪うつってないだろうな。」
「俺は大丈夫です。先輩、明日、ちゃんと来て下さいね、練習。
じゃ、おやすみなさい。」
「おう、気をつけて帰れよ。」
バタンとドアが閉まった。
無理なんかしてない、それはちょっと嘘になる。
体はぜんぜん無理していない、というか、元気になった。
ある一部分は特に。
そこだけ、元気すぎて、無理をして田中を帰さないと、
どうなっていたことか・・・。
しばらく、一本木は座ったまま動けなかった。
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