「先輩、絶対ですよ!」
田中が一本木に念を押しながら帰っていった。
「おう、わーってるって、気を付けろよ。」
走り去っていく田中の後姿に返事をした。

練習が終わる頃、汗を拭いている一本木の元に田中がやってきた。
「先輩、今日、空いてますか?」
全力で練習していた田中の顔も汗だくだった。
「今日か?まあ、空いてるけど、どうした?」
「ええ、ちょっと・・・。」
何だか照れている。
座っている一本木の顔に近づき、そっと耳打ちした。
「えっと、じゃあ、夜、先輩ん家に行きますね。」
顔が真っ赤だ。
「夜?ああ、わかった。」
田中の顔を見ていた一本木の顔も赤くなっていった。
そんな一本木を見て、
「よーし、元気が出てきたぞー。
 急いで片付けて、塾に行こう!」
はつらつとした顔で駆けていった。
「どうしたの?田中?」
モヒカンを揺らしながら鈴木が聞いてきた。
「ん、ああ、よく分かんないけど、張り切ってんな。」
こいつに田中とのことを喋るわけにはいかない。
どこで、何を言って回るか分からないからだ。
ふーん、と言って去っていったが、
何か感づかれているのか?少し気にかかった。
しかし、それよりも、田中のことが気になった。
夜、家に来る。
泊まるのか?
俺、ちゃんと、先輩としての威厳を保たれるか自信がない・・・。
いや、そのくらい、あいつだって覚悟の上、だよな。
ほんとにそうなのか!?

悶々としていたところ、冒頭の田中の声。
とりあえず、差し障りのない返事をしたが、気持ちは夜のことだった。
よし、帰ったらまず部屋を片付けないとな、
そんな時、
「ドラゴンラーメン、寄ってくか?」
なんて、鈴木が誘ってきた。
最近、金欠でコンビニおにぎりにぞっこんだった一本木は
「奢りなら行ってやってもいいぜ。」
なんて返事をすると、
「万年金欠だな、では奢ってやろう、行くぞ。」
と、団長が答えてきた。
「押忍!団長!ご馳走になります!」
上半身を90度傾けて、団長の後を追った。

ドラゴンラーメンに入り、団長、鈴木、一本木、斉藤の順にカウンターに並んで座った。
味噌ラーメンを注文し、ラーメンを待っていると、
「知ってるか?今日は田中の誕生日なんだってな。」
と、斉藤が言ってきた。
知らなかった・・・!
「へぇ、そうなのか、誕生日なのにあいつ、塾に行くって張り切ってたぞ。」
鈴木も田中の誕生日を知らなかったようだ。
「斉藤は何で知ってんだ?誕生日。」
不思議に思った一本木は斉藤に聞いてみた。
「入団申込書に書いてあっただろ、リーダーも見ただろ?」
そう言われてみれば、あいつが入団したときにそういうものを見たような気がする。
でも、いちいち誕生日なんて覚えてないぞ。
「斉藤はみんなの誕生日を覚えてんのか?」
試しに聞いてみると、
「もちろんですよ、・・・・・・。」
と、団員の誕生日を言ってのけた。
さすが斉藤だ、と、一本木と鈴木は顔を見合わせた。
すぐにラーメンがカウンターに並び、空腹だった皆は、あっという間に平らげた。

「団長、ご馳走様でした!お先に失礼します!」
一本木は挨拶もそこそこ、ドラゴンラーメンを飛び出した。
誕生日だなんて、あいつ、一言も俺に言ってないじゃねーか。
言いようもない悔しさと田中への愛おしさが入り混じり、
「ちっきしょー。」
と思わず口から出た。
夕日町商店街を走り回り、アパートに着いた時は、
もう、空はすっかり暗くなっていた。
鍵を開け部屋に入ると、急いで部屋の中を片付け始めた。
雑誌をまとめてテレビの横に積み、テーブルの上のコンビニおにぎりのフィルムをゴミ箱に。
「ペットボトルはちゃんと分別してますか?」
不意に話しかけられ、驚いて声のほうを向くと、
そこにはペットボトルを持った田中がしゃがんでいた。
夢中になって片付けていた一本木は、いつの間にか田中が側にいた事に気が付かなかったのだ。
「あ、ああ、分別、な。してるよ。」
気が動転して、声が裏返ってしまった。
「ふふ、先輩、相変わらず無用心ですよ、鍵もかけないで。」
ニコニコ笑って、はい、とペットボトルを一本木に渡した。

一通り、部屋が片付いた。
「片付けさせて悪かったな。」
小奇麗になった部屋のいつもの場所、ベッドを背にしたテーブルの前に座った。
「いえ、いつでもお手伝いしますよ。」
田中は台所から返事をしていた。
イライラする、一本木はテーブルに置いた手でトントンとリズムを打っていた。
「田中、何してんだよそんなところで。こっちに来い。」
台所を睨み付けている。
「はーい。」
と返事をして部屋に入ってきた田中は、ケーキを持っていた。
「先輩、ケーキ食べましょう。」
やはりニコニコと笑っている。
テキパキとテーブルにフォークや皿、グラスを並べた。
「お前、今日誕生日なんだってな。」
ポツリと呟いた。
「えっ!?知ってたんですか?嬉しいなぁ。」
ニコニコ顔の頬が少し赤くなった。
「自分でケーキ買っちゃいましたよ。先輩と食べたくって。」
二つの皿にケーキが置かれた。

一本木の向かいに田中は座った。
「さ、食べましょ。」
両手を顔の前に合わせると、フォークを持って食べ始めた。
「あ、おいしいー。先輩も食べて下さいよ。」
本当に美味しいらしい。
一段と顔が緩んでいた。
しかし、一本木は田中を見つめていた。
「先輩?」
どうやら一本木の様子が何かおかしいと、やっと気が付いたようだ。
フォークを置き、両手をひざの上に置いた。
「どうして、今日が誕生日だってこと黙ってたんだ?」
「へ?」
「ちゃんと教えといてくれ、そういうことは。」
緊張していた田中は、一気に力が抜けた。
「先輩に気を使わせちゃうかなと思って・・・。ケーキ食べながら言おうかと。」
言いかけたところ、田中の目の前に一本木の手がヌッと出てきた。
その手には小さな包みが握られていた。
「ん、やる。」
ぶっきら棒だが、照れているようだ。
「えっ、先輩・・・。」
両手で包みを受け取ると、
「ありがとうございます!」
と満面の笑みでお礼を言った。
「ハッピーバースデーだ、たいしたもんは用意できなかったけどな。」
田中の笑顔につられて、ようやく一本木にも笑みが出た。
「開けますね」
ガサガサと包みを開けている。
「あっ、新しい手袋だ!ありがとうございます!」
応援用のただの白手袋だった。
だが、田中にとっては今まで使ってきた手袋とは、格が違うようだった。
手袋を抱きしめて喜んでいる。
「来年はもちっといいものを準備しとくよ。」
「そんな、気を使わないでください。
 俺は先輩の傍にいられるだけで嬉しいんですから。」
それは俺のほうだよ、一本木は田中の笑顔を見ていられることを
とても幸せだと感じていた。



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