夕日川沿いの土手の上を、気軽組が走っていた。
いや、一人が走っていたのを、もう一人が追いかけていた。
前を走っていたのは、夕日町応援団員の田中一。
それを追いかけていたのは、朝日町応援団員の菊地新太。
「ねぇ、田中君!どうしたの!?」
菊地が追いかけながら声を掛ける。
「・・・・・・。」
返事は返ってこない。
田中は黙々と走っている。
走っているというよりは、逃げている、という感じだ。
徐々にスピードが上がっていく。
「待ってよ。」
菊地も負けじとスピードを上げる。
もう少しで田中に追いつく。
「・・・田中君ってば!」
伸ばした菊地の右手に、田中の長ランの裾が触れた。
それを掴み取ったとたん、田中のバランスが崩れる。
田中の一部を掴んだ菊地は、そんな田中に覆いかぶさるように前のめりになった。
2人は土手の上から草地を転げ落ちた。
「痛た・・・。」
菊地がよろよろと起き上がる。
右手には田中の長ランの裾がしっかりと握られていた。
「た、田中君!?」
菊地のすぐ傍に田中は転がっていた。
仰向けになり、左腕が顔を覆っている。
帽子と眼鏡は少し離れたところに飛んでいた。
菊地は四つん這いのまま、帽子と眼鏡を取りに行き、田中に渡そうとした。
「はい、田中君。」
しかし、田中は返事もしなければ、手も出さない。
菊地は田中の帽子と眼鏡を持ったまま、田中のそばに座った。
田中の頬につうと滴が伝って落ちた。
どうやら、泣いているようだ。
唇を噛み締め、声を漏らさないように。
しかし、涙は止めることが出来なかった。
「田中君、痛いの?何かあったの?」
田中は答えない。
「僕、わかんないよ、全然。
突然走り出したかと思ったら、何も言わないし、泣いてるし。
痛いのか痛くないのかくらい言ってよ!」
菊地が少し声を荒げると、
「・・・そんなに痛くはないから、心配は要りません。」
と涙声で返事があった。
やっと田中の声が聞けた、と嬉しくなった。
しかし、痛くないのに泣いているのは・・・?
菊地は気になってしょうがない。
そんな菊地の気持ちを察してか、田中がぼそぼそと話し始めた。
「自分が情けなくてしょうがないんです・・・。」
今から15分くらい前、
夕日町、朝日町応援団の合同練習が終わった。
今回の合同練習は朝日町応援団の練習場で行った為、
解散後は、夕日町応援団員は夕日町団室までジョギングの予定だった。
しかし、練習後、団長、参謀同士でミーティングがあった為、現地解散になっていた。
練習終了後、菊地は西園寺に声を掛けられた。
「新太、今日はいい出来だったぞ。」
憧れの西園寺に褒められ、菊地は嬉しくなった。
「そうですか!?ありがとうございます!」
背筋を伸ばしたまま、上半身を傾けた。
「この調子でがんばれよ。」
西園寺は菊地の肩をたたき、引き寄せた。
菊地はよろめき、西園寺にもたれかかった。
少し離れていた所で見ていた田中は、突然走り出した。
それを見た菊地は、慌てて田中を追いかけた。
「西園寺さん、お疲れ様でした。失礼します。」
菊地はもちろん田中とデートするつもりだった。
田中もそのつもりだとばっかり思っていたのに。
「田中くーん!」
訳も分からず、菊池は田中の後を走ることになったのだ。
「君が西園寺さんに憧れているのは知っています。
しかし、あまりにも嬉しそうな顔をしていたから・・・。
そんな顔、俺以外の人にも見せるんだって思ったら、
何だか悔しくなってきてしまったんです。」
田中は顔を覆ったまま言った。
「君の事は信じています、そんなんじゃないって事は。
そんなことを考えてしまう自分が、情けないし、腹立たしいんです。」
そう言うと、少し腕をずらし、菊地の顔を覗いて見た。
菊地はうっすらと涙を浮かべ、微笑んでいた。
「菊地君・・・。」
田中は顔を覆っていた腕を伸ばし、菊地の頬に触れた。
「ゴメン、菊地君。君を傷付けてしまいましたね。」
自分の頬にある田中の手を握り締め、
菊地は首を振った。
「ううん、違うんだよ、僕は全然傷ついてなんかないよ。
嬉しいんだ、田中君。
だって、それって、やきもち焼いてくれたってことでしょ?」
そう言われて、田中は耳まで赤くなった。
「え、いや、それは、・・・・・・そう、ですね。」
フフッと笑い、菊地は言った。
「そんな田中君が大好きだよ。」
そう言い終わらないうちに、田中は握られた手に力を込め、
菊地をぐいと引き寄せた。
そして、右手で菊地の体をぎゅうと抱きしめ、
「俺も、菊地君が好きです。」
と囁いた。
しばらく、2人は抱き合っていた。
静寂を破り、菊地が口を開けた。
「今日はね、かっこいい僕を田中君に見せたくって、がんばったんだ。」
「ええ、とても、かっこよかったです。」
田中の腕に力が入る。
「よかった、田中君に届いてて。」
菊地の手がごそごそと田中の顔を触る。
額に届いたとき、手が止まった。
「あれ、ここ。あ、田中君、血が出てるよ。」
ガバッと体を仰け反らせ、田中の額の傷を凝視した。
自分の額に手をやり、確認すると、
白い手袋に赤い染みが付いた。
「本当だ、さっき転がり落ちた所為ですね、きっと。」
じっと手を見ていると、
「そうだ、今日は僕んちにおいでよ。
看護師をしているお姉ちゃんが今日は家にいるはずだから。
きちんと手当てしてもらおうよ。」
菊地が嬉しそうに叫んだ。
田中の上から飛び降りると、手を引っ張って起こし、
戸惑っている田中に帽子をかぶせ、眼鏡をかけさせた。
「え、ご迷惑じゃ・・・。」
ノロノロとしている田中に
「いいから、いいから。」
と、手を引き、土手を登っていく。
楽しそうな菊地を見ていると、田中も気分がよくなってくる。
菊地の手を握り返し、
「じゃあ、お邪魔しますね。」
といい、ニコリと笑った。
夕日の綺麗な土手を、
2人は手をつないで歩いていった。
ブラウザバックして下さい。