両親が何の仕事をしていたかなんて、別に興味もなかったし、両親が仕事の話をしようともしなかったから聞かなかった。ただ、それだけ。普通の人よりも少しだけ裕福であることに疑問をもったことがあったけど、だからといって今さら二人は何の仕事をしているの?なんて、なんだか聞くのもおかしい気がして。いつかわかるものだと思っていた。そして、それを知ることになったのは、13の春のことだった。
その日は休日で、しかもめずらしく両親がそろって休日をもらってきた日で、家族でピクニックに行こうと提案したのは確かお父さんの方だ。友達との約束があって私は行きたくないといったのに、お母さんがせっかくだからと強くすすめてきて、仕方なく車に乗り込んだ覚えがある。運転席にお父さんが乗って、後部座席には私とお母さんが乗った。助手席に座ればいいのに、わざわざ私の隣へきて、最近の学校はどう?なんて、普段あんまり聞かないことを聞いてきて。そして私はこう答える。どうも何も、いつも通りだよ。注意して二人の行動を見張っていたわけでもないのに、こんなにも鮮明に覚えている。この後のことも何一つ忘れていない、忘れられないよ。簡素な道路だった。通り過ぎていく、等間隔に植えられた木をぼんやりながめていた。まだ朝だったせいかほかに車もなくて、まぶたがふと重たくなる。まだ早朝もいいころで、できることならあと1時間くらいは眠っていたかった。そんなことを考えていた時だった。急に霧が立ち込めてきたと思ったらそれは煙のようで、何だろうと窓を開けようとしたらその間もなくお母さんのハンカチで口をふさがれた。


「あなた、囲まれてるわ」
「休日を狙うとは、無粋なやつらだな」
、できるだけ煙を吸わないように。頭を低くして」


お父さんとお母さんの顔が険しくなった。ような、気がした。はっきりとしたことは言えない。だって、知らないから。二人のこんな顔は知らない。こんなに真面目で、張り詰めたような空気を私は知らない。この二人は、誰なんだろうか。本当に私の知っている、両親?私が混乱している間にも、場面は進んでいく。走行していた車が急にすごく揺れて、そのまますごいスピードで回転して木に衝突した。スタントマンにでもなったような気分だ。いつから映画の撮影が始まったの?「弾がタイヤに当たったか」お父さんの声が聞こえる。目を回している暇はない。お父さんが取り出したものは黒光りする、銃だった。どうしてそんなものを一般市民であるお父さんが持っているのかはわからない。そんなことを聞くのも忘れて頭を押さえているとお母さんまで、お父さんのものよりは小さい銃を取り出したからいよいよわからない。何が起こってるの?どぱーん。簡単な言葉で表すとしたら、そんな音がふさわしい。素人の私にでもわかる銃声がいたるところでしだして、お母さんに頭をぐっと座席のクッションに押し付けられた。顔をぶつけてひどく痛む鼻や頬。私の体を覆うようにお母さんの体が覆いかぶさってきて重たい。そんなことに文句を言う暇はない。高い、ガラスの割れるような音がした。いや、実際にガラスが割れたんだ。銃はもう車の周りをぐるっと囲んでいるようで、止まない銃声にうちの車のフロントガラスはすべて割られてしまった。銃声に思わず私は目をつむって、私の上にかぶさるお母さんの服の裾を思い切りつかんでいた。銃声の雨は止まない。しばらくしてそれも止まって、あたりは本当に静かになった。誰もいなくなってしまったみたいに静かで、今さら私の体はぶるぶると震えだしたんだから、まったくもってあきれてしまう。そして、お母さんが、小さくつぶやくの。


、ごめんね。あなたがあのまま、お友達と遊んでいれば、こんな、ことには、ならなかったかもしれない、のに。私たち、はね、あなたの平和な日常だけは、絶対に守ろうと、誓ってい、たの、よ。あなたを巻き込んでしまった、私たちを、どうか、ゆるし て」


だめなお母さんでごめんなさい、。涙が、涙が、お母さんの涙を見たのは、そのときがはじめてだった。ぶるぶる震えるだけの私は、それがお母さんの最後の言葉だとは知らずに、何一つ理解できないまま、がたがた震えているしかなかった。お母さんの荒い呼吸や、私の体に滴るお母さんの血や、冷たくなっていくお母さんの体温なんて、全部気付かないまま。震えているだけの私は、何も言えなかった。声が出なかった。そして、声を出すのが恐かった。とにかく混乱して、緊張して、体中の神経がどこかへいってしまったみたいに、今にも失神してしまいそうだった。うちの家族は、こんな映画みたいな危ない銃声を聞くような家族だっただろうか。いたって普通の一般市民の両親とその娘。そうじゃなかったの?私はどうして、ここにいるの。ここは、どこ。もう、わけがわからない。


「二名の死亡を確認!」
「おい、乗車していたのは二人だけか」
「引きずり出せ!まだ中に誰かいるかもしれない」


震えが大きくなったような気がした。止まってほしいと思うくせに、こんなとき私の体というのはとても憎い。がたがた震えて、歯がかちかちと鳴り出すんだから。止まれ、止まれ、歯を食いしばっても止まらない。止め方がわからない。私はこれまでの人生の中でこんなにも震えたことなんてないのだから。だめだ、殺されてしまう。死にたくない。死にたくない死にたくない!現実は残酷なものだと思った。がちゃ。音がして、私のすぐ横のドアが開いた。外の少しだけ低い温度の空気が私の足に触れた。全身の毛が逆立つような嫌な感覚が突然一気に私を襲って、震えがどうとかわけがわからなくなってしまった。今ここで失神したいと思った。切実に。そうすれば、恐怖も何も感じずにそのまま天国へいけるかもしれないのに。ああ、神様。こんなときまであなたは、現実は残酷なものですね。ずるり、私の上にかぶさっていた重みが消えた。上に乗っていたまだ温かみのある体温が、消えてしまった。お母さん、お母さん。すがるように、私の上から落ちていくお母さんの体を見送りながら何度でも、心の中で呼んでいた。髪の毛を強く引っ張られてそのまま上半身をあげさせられた。髪がすべて抜けてしまうんじゃないかと思うほどの、強い力で。


「さよなら、不幸なお嬢ちゃん」
「君がね」


低い低い声が、私の額に銃をつきつけた。にやりと笑ったその顔を、私はきっと一生忘れることはできないだろう。目をつむりたかった。だけど、そんな暇もなく銃声はその場にとどろいた。だけど私はまだ、生きている。私の頭に銃をつきつけていた人のすぐ横で、別の人がその人に銃を突きつけて、すぐに発砲した。その、銃声。黒い頭。長い前髪でよく見えないけど、瞳の色も黒。アジアの人?ジャッポーネ?その目が急にこちらを向いて、私をとらえた。素敵な男の人だと思った。きれいな男の人。私を見て苦しそうに目を細めた、その人。殺されるなら、こっちの人のほうがいいな。そう思って、私はすぐに気を失った。次に目を覚ましたときは、お父さんとお母さんに聞いてみることにしよう。  二人は何の仕事をしているの?











20070330