あの両親がとても良い親だったかと聞かれれば、私はきっと首を横に振ってしまう。お父さんはめったに休みがなくて、病気がちでよく入院なんかもしていて、前に家に帰ってきたのはいつだっけ?と考えてもよくわからなくなってしまうような人で。だからといって子供をないがしろにする人じゃなかったのが、私の密かな自慢だったように思える。何かと私にかかわってこようとしたし、家に帰ってきた日は必ず私の部屋の扉をノックして私の返事を待つ。温和で頼りなさそうな父だった。お母さんは、病気がちですぐに入院やらで仕事を休んでしまうお父さんを支えるために、仕事をしていたらしい。料理が下手で家事が苦手で。母親らしいことをさせたら何にもできないお母さんだったけど、それでもやっぱり私のお母さんだった。私が悩みを抱えていれば、いやでも気付いてくれて心配そうな顔で近付いてくる。どじで不器用な母だった。二人とも、温かくて、私はとても好きだったはずなのに、私は一度だってそのことを二人に伝えることはなかった。これからもきっと伝えることはできない。伝えたい相手は、もう手の届かない場所へ行ってしまったのだから。


目が覚めると、そこは、真っ白な箱の中だった。箱の中の白いベッドの上に横になっていて、体を起こしてみても、見えるのは白い壁だけだった。窓もない真っ白な壁、天井。この空間を箱と呼んだ自分を密かにうまいとほめてみたりした。頭がまだぼんやりしているんだろうか。なんだか、うまく物事を考えられない。ここは天国なんだろうか。私の中での天国のイメージはとにかく白い感じがするから。そうすると、もうすぐ私を神様か天使様が迎えにきてくれるのだろうか。私を訪ねてくるのが神様でも天使様でも、することは一緒だと思う。最初にまず一度、殴りたい。残酷なあなたを、私は許すことができませんから。


私の頭の中をのぞいているのかと思うくらい、ベストタイミングで、箱の中に唯一ある扉みたいなものが動いた。さっきまで言ったことは本気だったけど、現実味なんてなかったのに。ここが天国なんて一瞬は思ったけど、本気でなんて考えていなかったのに。本当に天国だとしたら、お父さんとお母さんにも会えるだろうか。そしたら、言えるのにな。私はあなたたちの子供でとても幸せでしたって。やっぱり、いえない。恥ずかしいから一生いってなんかやらないよ。子供をほうって仕事ばかりしていたあなたたちは、やっぱりいい親なんかじゃなかったよ。でもきっと、一緒に仕事をしていた人たちからは愛されていたんだろうね。だって、家にいる時間よりも仕事場にいる時間のほうが多かったみたいだから。そんなあなたたちを、私はこれから尊敬していきたいです。真面目で仕事熱心なあなたたちの血が私の中にも流れているかと思うと、少し嬉しい。でも、やっぱり言ってやらないんだ。


ああ、そういえば扉が開いたんだっけ。神様だか天使様だか知りませんがようこそ、殴られにいらっしゃったんでしょうか。顔をあげると、その人はまだ扉の前に立ってこちらをうかがっていた。真っ黒なスーツを着込んだ、同じく真っ黒な髪と瞳を持った、神様や天使様では絶対にない人が立っていた。ああ、でも顔立ちがとてもきれいだから、悪魔様なのかもしれない。真っ黒なその人は、私と目が合うとゆっくりと目を離して部屋を見回した。それからやっとこっちへ歩み寄ってきて、ベッドの横へくると私の目をじっとみてくるから、思わず私は怖気づいてしまった。殴りたいとか言っていたのはどこの誰だったっけ。こんなきれいな人の顔を殴るなんて、きっと無理だ。びくびくしていたら、きれいな黒い人が私のことを上から下までゆっくりと眺めてから、私の額に手を置いた。壊れ物を扱うみたいに、そっと。その動作だけで私はかちんこちんに固まってしまって、そのときにやっと気付いた。この人は、私を殺す人だ。私を殺そうとした人を殺した、あのきれいな人だ。私を殺しにきたのかな。体ばかりが強張るのに、心はなぜか穏やかで私はゆっくり目を伏せた。


「調子はどう?」
「頭がぼんやり」
「そう」


額に当てられていた手にそのまま力が入れられて、またベッドに頭を沈めさせられた。熱はないから、もう大丈夫だね。つぶやかれた言葉。目を薄っすら開けてみると優しげに微笑む顔が見られた。きれいな顔で、笑う人だ。その顔にどこか落ち着きながらほっと胸をなでおろすと、また寝ることを強制するように私の視界をてのひらで覆った。ぎしっとベッドがきしむ音がする。さっきの黒い人がベッドに腰掛けたことがすぐにわかって、私は目を閉じながら不思議な気持ちをたくさん抱えていた。私を殺さないの?そのためにここへ来たのでは、なかったのかな。そして薄れていく意識の中で、たくさん聞きたいことあるのになあと小さく思った。


「おやすみ、


不思議。この人に名前を呼ばれると、私は無性に泣きたくなる。











20070331