心の中で、小さくため息をついた。僕よりも小さな男が、椅子に座って机に肘をついて指を組んでいる。僕を見上げる瞳は強く、昔の面影は残るものの、ある意味まったく重ならないような大きな男になっていた。姿かたちじゃない。見えないものの形こそが、大きく、前とは比べものにならないくらい強くなった。認めたくないけれど、その力量はもう、僕以上のものだろう。その男が、僕に鋭い目を向けている。思わず体が強張ってしまうようなその強い瞳。仲間だと認識している者だからこそこの程度なんだ。これが敵となるとこうはいかない。彼は大人になり、少しだけ大人らしい冷酷さを兼ね備えたようだから。


「雲雀さん、どうして撃ったの」


僕の上司にあたる男。彼はもう、立派な一人前のマフィアのボスになった。ボンゴレ十代目ボス、沢田綱吉。その名を聞けばマフィア界は息を呑むような大物になりあがったのだ。よくここまで成長したものだ。僕も、成長しただろうか。もう子供といえる年齢でもない。僕は大人になった。戦闘能力は確かに上がったけれど、それよりもたくさん、いろんなものが、成長しただろう。身長だって伸びた。顔立ちだって昔よりも大人びてきた。経験だってつんできたし、中学生のときとは比べものにならないくらい危ないことだってした。おかしな話だけれど、今までにたくさんの女を相手にした。女はあまり好きじゃないけど、マフィアにとって女がマフィアの力量をはかるステイタスになると赤ん坊に挑発されたときは、毎日毎日、日に数人の女を抱いたりもした。そんな面でも僕は大人になっただろう。それなのに、それなのに。


「彼が、一般市民を殺そうとしていたからだよ」
「だからといって、仲間を殺していい理由にはなりませんよ」
「結局は彼もスパイだったんだろう?殺しておいて正解じゃないか」
「それは彼が死んだ今わかることであって、あのときはまだ俺たちの仲間でしたよ」


知らぬうちにため息が漏れた。いつまで続くんであろうか、この押し問答は。この空気は責められている側にはとても億劫であろうに。責められている側、つまりは僕だ。大きな大きなガラス張りの壁には同じく大きな暗幕がついていて、それがすべて引かれている今、この部屋に一切の光は差し込まない。まだ日の高い午前中、どうして暗幕を引いているのかは聞くまでもないだろう。尋問のためか。それと、外部のものに見られないための予防策。マフィアのボスとしての知能も格段にあがっている。有能なボスを持つというのは嬉しいことであり、難しいことである、か。僕がぼんやりと視線を外せば、綱吉は小さくため息を漏らした。ボスを困らせるような部下は消えろ。いつか言われた言葉が脳裏をよぎる。確か名前は獄寺隼人。僕がこのマフィアの中で一番きらいな存在だ。間違いないんですか。しっかりとした、だけど温かみの感じられる声がこの広い部屋に響いた。あきれるような物言いが少し気になったけれど、あえて何も言わないでおこう。今しかられているのは僕のほうなのだから。


ちゃんに、間違いないんですか」
「間違いないよ」


、その名の響きに思わず即答してしまった自分を少し恥じてから口を閉じた。少しだけ驚いたような顔をしてから、綱吉はもう一度ため息をついた。わかっていたのか。あの子がだということは。もはや僕しかわかるまいと思っていたのに、人間の脳みそというのは意外に何でも詰め込んでいるものだ。机の上に重なった書類の一番上を手にとってめくりはじめると、書類を見てから僕のほうにもう一度顔をあげる。今度は何を言われるんだろうが。理由がとわかっているのなら、もう解放してくれたっていいんじゃないだろうか。僕にそれ以上の理由やいいわけはほかにない。彼だってそれを十分に理解しているはずだ。わかっているのなら、もういいだろう。早く戻ってのもとへ急ぎたいというのに。


「雲雀さん、さっきあなたは一般市民だと言いましたね」
「ああ」
ちゃんと、夫妻の関係は?」
「無縁、だとは思わないけど」
ちゃんは夫妻の隠し子ですよ」


天下のボンゴレが、一組の夫婦の子供を見逃していただって?たった一人の子供に気付かなかったなんて、ほかのマフィアに知られたらとんだ笑いものだろう。同盟の縁を切りたいと言い出すファミリーもあるかもしれない。それくらいの失態であるのだ。それをわかっているからか、綱吉も少しだけ言うのをためらうような素振りを見せた。声に出して笑いたくなる。だけど、笑ってもいられない事実。と無縁でないにしても、関係性がないことを証明しなくてはならなかったというのに、よりにもよって隠し子だとは。もしが車に乗っていなければ。もしを僕が見つけた時点で連れて逃げ、せめてをまた隠すことができれば状況は変わったかもしれない。いや、あれだけ僕の部下やボンゴレの人間がいる中でその行為は、反逆行為とみなされて即刻殺される。あっさりと殺されてやるつもりはないけれど、一生追われることは間違いないだろう。あの場でそれはできなかった。しかし、この状況から少しでもいい方向へ向けようと思えばそのくらい。今さらどうこう考えるのはもはや無駄だろう。綱吉が口に出した時点で、それはボンゴレの意思となる。今、綱吉がを殺せと命じれば、僕は。


ちゃんが何かつかんでいる可能性があった」
「ないよ」
「ありますよ。夫妻はもう、誰も庇いつくせない。完璧なスパイでした」
「だからといって、とかかわりがあるとも思えない」
「逆ですよ、かかわりがないとは思えないんです。だからこそ監視カメラを設置したのに、壊してしまうし」


口ごもるようにそう言った綱吉の口調と目線に促され、僕は懐からひとつの機械を取り出した。化学班に急きょ作らせた特殊装置。名前を聞いた気がするけど、もはや覚えていない。この機械はスイッチを押すことによって特殊な電磁波が流れて近くにある機械を狂わせてしまうらしい。それを机に置くと、綱吉はさっきよりも大きなため息をついた。もう、何も言えない。僕はが何かを知っているとは思えない。というか、思いたくない。何か知っているとすれば、は即座に殺されることが決定されるだろう。夫妻は、の両親はそれだけのことをした。











20070331