夫妻。僕がボンゴレファミリーに入ったときから、彼らはもう夫婦だった。夫婦してマフィアをしているなんてめずらしい話だけど別におかしいというわけではなかったし、むしろうちのファミリーからしてみればありがたい話だった。なぜなら夫婦二人して、有能なマフィアだったからだ。仕事熱心でしかも確実で、ファミリーでは慕われていたらしい。僕は別に興味がなかったし、群れているやつらを見ているといらいらするから気にしないようにした。(ボンゴレに入ってから僕はいくらか丸くなったようだ)そんなマフィアの鏡のような彼ら、夫妻がしたことは、僕らの世界では大罪。絶対にしてはならない事柄のうちのトップに躍り出るだろうほどのものだ。彼らは恐ろしいことに、うちのファミリーの情報を別のファミリーに流し続けていた。これはボンゴレ側にしてみれば大きすぎる打撃だ。だからこそ早急に叩く必要があった。どちらか一人ずつではいけない、一度に、二人同時に。


そのために与えられた休日。この休日中にしとめろというのが、ボンゴレ十代目である沢田綱吉から直々にくだされた僕への任務だった。必要な戦力を率いて、僕がすべてを指揮した。夫妻は確かに腕の立つマフィアだったけれど、突然の襲撃という作戦だったし、綱吉はそれ相応の戦力を集めてくれた。イコール、僕が手を下さなくてもことは順調に運んだし、意外に夫妻はあっさり襲撃にあってくれたしで、僕がやることはなくて欠伸をかいたりしていたものだ。そして激しい銃声が止み、部下が確実にしとめましたと僕に報告して、それからやっと足を動かした。一台の穴だらけの普通車。マフィアは稼ぎが悪い仕事じゃない。それを夫婦二人でやっていて、金なら有り余るくらいあるだろうに。それなのに、彼らはあえて贅沢をするような素振りは見せなかった。質素に質素に生きているように感じていた。同じく質素な車の後部座席の扉を開けている部下の姿が見えた。そして手に持つ銃をあげる。なんだ、まだ生きていたんじゃないか。車内が見えて、小さな少女が見えて、気付けば部下に銃を向けていた。どれくらい会っていなかっただろう。それなのに、そのくせ、わかった。外見だって、まだ幼くみえるというのに、どうして僕は見間違うことなく男に銃を向けたのだ。


綱吉が下したへの対処は、様子見。ボンゴレのことをわずかでも知っているのなら、すぐに消されるだろう。が何も知っていなくたってきっと、今後一生ボンゴレから縁は切れない。監視された生活がはじまるのであろうから。ボンゴレに関わってしまった今、逃げ出すことはもうできないんだから。その間は面倒を見させることも兼ねて、誰か人をつけるといっていたから、それだけは断固として譲らなかった。少しでも長く君のそばにいたかったから。ベッドの横に立って、少しだけかがんだらの顔に影がさして、白い肌が薄くなったようにみえた。あのときよりも、まだ幼く見える。立っている姿はまだ見ていないけど、身長だって低いように感じる。前髪をすいてやったらまぶたが震えて、すぐにゆっくりと開いた。


「悪い夢を見ました」
「夢は夢だ」
「両親が死ぬ夢です」


あなたも出てきました。真っ直ぐな瞳は揺るぎなく僕を捕らえ、どこか僕を責めているようにみえた。君はとても小さい。他人行儀に僕のことをあなたと呼ぶ君を僕は知らない。遠い昔に忘れてしまったよ。僕だけに見せるあの笑顔はどこへいってしまったんだろうか。君はまだ小さい。僕は大きくなりすぎた。僕が知る君を、君は知らない。僕の記憶に残る君はいない。どこへ行ってしまったのか。きっとどこへも行っていない。目の前にいるが君なんだ。わかっている、それなのに。なんだろう、どうして、僕だけがこんなにも、置いてきぼりをくらったみたいな気持ちになっているんだろう。一人悲しくなっている僕は誰だ。君の中にいない僕は、誰なんだ。


「何か、悲しいことでも」


そんなふうに、少し怯えた仕草を見せる君を、僕は知らないんだ。初めて出会ったときから君は僕に堂々とした態度で、一歩も譲らない頑固さを見せ付けてくれていたのに。ぐっと口元を引き締めて背筋を伸ばして椅子に腰掛けた。


「僕は雲雀恭弥」
「雲雀、さん。私は」
「知ってる、だろう」


寝ぼけていた顔が驚いたみたいに、少し目を大きく見開いて僕を見上げた。と呼ぶのは不思議な気分だった。 そういえば、の苗字を知ったのも今日がはじめてだ。口に出してみるとなんだかのことを表していないようで、本当はあんまり気に食わないんだけどそうも言っていられない。これは僕が僕自身に課した決まりだ。のことを名前で呼ぶと、想いがこもりすぎてしまう。君のことを想う気持ちがあふれ出して、やまないんだ。のこととなるとすべてが狂ってしまうみたいに僕が僕でなくなってしまう。僕の体内時計は、あの日から狂ってしまったまま、再び動き出すことはなかった。君に出会って、また動き出すかもしれないと期待したのは間違いだったんだろうか。君はあまりに幼すぎる。


「なに?」
「あ、いえ、苗字で呼ばれることに慣れていなくて」
「君の名前だろう」
「どうして知っているんですか」
「書面で見た」
「私の両親を知っているからでは、ないんですか」


ぎくりとした。なぜだかわからないけど、僕は内心びくりとして、さりげなくのほうを盗み見ると少し残念そうに頭を垂れているのが見えた。一瞬迷って、それから知っていると答えるとわずかに嬉しそうな顔を見せた。


「じゃあ、あの、両親は何の仕事をしているのか、知っていますか?」
「仕事…?」
「仕事の話なんて聞いたこともなかったんです。興味もなくて」


頭に電撃が走るみたいだった。立ち上がりたい衝動をぐっと抑えて、僕は平静を装った。は何も知らない。自分で言った、何も知らないと。これが謀られたものかはわからない。だけどこれが信用されれば、もしかしたらは殺されずに済むかもしれない。今までどおりの生活は無理でも、死なずにすむかもしれないんだ。


「君の両親は、とても立派な人たちだったよ」


これが僕にできる、精一杯の優しさだ。











20070402