獄寺さんは、雲雀さんよりも口数少なくて、雲雀さんより笑わなくて、どちらかといえば一緒にいるのが気まずい人だった。寝ようにも目は冴えてしまっているし、獄寺さんは煙草をふかして遠くを見ているようだったから声もかけられないし、暇だなぁとぼんやり思った。窓もないのに獄寺さんはどこを見ているんだろうか。あの白い壁だろうか。そういえば、窓のないこの部屋で煙草の煙が籠もらないのはいったいどういうわけだろう。今頃火事かってくらい白い煙でもくもくになってもおかしくないのに。換気扇でもあるんだろうかときょろきょろしていると、ひとつの疑問が生まれた。ここは、どこだろう。いつになったらここから出られるんだろう。一見病院に見えなくもないが、私は別に体調が悪いというわけでもないし。それに病室で堂々と煙草を吸う人を見たことがない。まあ、病院自体あまり行ったことがないからわからないんだけど。ここを一番最初に見たときは箱のようだと思ったけれど、よく見ると病室に見えないこともない。というか、病院と考えないと不安になってくる。監禁されているんだろうかと不安になるじゃないか。



「はい」
「お前いくつだ」
「何がですか」
「歳に決まってんだろばーか」


何ゆえ私は今ばかと罵られたんでしょうか。目線は私でなく、やっぱり白い壁に向けられたまま声をかけられて、何を言われるかと思えば歳はいくつだ?あなたこそいくつなんですか。大人っぽい顔していてもまだどこかあどけなさが残る顔をしてらっしゃるんですが、未成年が煙草を吸っていたらだめなんですよ。あ、でも、獄寺さんの吸っている煙草ってなつかしいな。今はあんな煙草吸っている人少ないから。全世界で喫煙が厳しく規制される中で、喫煙する人が本当に少なくなったといつかお父さんが言っていた。人間の体に確かに悪いもので規制されるというのに納得しないわけじゃないけど、なくなってしまうのは寂しいことだと言っていた。お父さんは煙草を吸う人じゃなかったのに、そう話してくれたときに涙目だったのはきっと、死んだおじいちゃんのことを思い出したからだろう。おじいちゃんはヘビースモーカーってやつだったらしいから。


「おーい、トリップすんな。質問に答えやがれ」
「トリップ?」
「お前の得意技だろうがよ」
「は」
「いいから質問に答えろ」
「13です」


歳を聞き返すよりも、不思議なことを言われた。私とあなたは初対面ですよね?それなのに得意技って、なんだろう。ああ、確かに私は人よなにかをぼんやり考えて何も聞こえなくなったり何も見えなくなったりすることは多いかもしれない。でもそれを指摘されたのも、トリップいう名前をつけられたこともはじめてだ。それなのに得意技?誰かと勘違いしていませんか、獄寺さん。そう、言ってしまおうかなと思ったのに、獄寺さんは私の歳を聞いて難しい顔をしてしまった。仕方なく言葉をおさめて、考えなくてはいけないことを探した。あ、そういえば学校ってどうなっているんだろうか。今日はいつの何時くらいなんだろう。窓もないから時間も何もわからない。休んでいるのなら、誰か連絡をいれてくれただろうか。無断欠席はいやだな。体調だって悪くないみたいだし、いけるなら今からだって行きたいのに。連絡、今からでも入れたほうがいいのかな。


「獄寺さん」
「あ?」
「学校に連絡を入れたいんですが」
「は?なんで」
「無断欠席にはしたくありません。学校へ連絡して、入院していることを伝えないと」
「なに言って」
「両親には期待できないんです、いつも仕事仕事って。だから今回も自分で欠席の電話しないと」


獄寺さんが目を見開いて、今にも煙草が口からこぼれてしまいそうで、とても驚いた様子だったのはよくわかった。私が首を傾げたら、頭の血管が一本ぷちんと切れるみたいな感覚がして、目の前が一瞬ぶれた。貧血だろうか。やっぱり私は体の調子が悪いのかな。元気なのに入院しているなんて、そんなのずる休みじゃないか。私は学校が特別嫌いというわけでもないし、実は皆勤賞目指していたりするんです。だから、できることなら、入院なんてしたくなかった。あれ、そういえば、ひとつの疑問が浮かんできた。獄寺さんは私を呼ぶときに、、と呼んだ。雲雀さんと同じく、私の両親を知っているんだろうか。


「もし私の両親をご存知であれば、よければ学校へ連絡するよう言っていただけませんか」
「ちょっと待て、お前自分の親がいまどこにいんのか、わかって言ってんのか…?」
「どこに?どこにって、それはもちろん」


仕事でしょう。頭の血管がぶつんと切れたような感触。いやだなこれ嫌いだなぁ。一瞬で目の前がぶれて暗くなって、瞬きしたら治った。本当に頭の血管が切れていたらきっと大事だろうに。どのくらい大事なのかはわからないけど、きっとすごそうだ。獄寺さんはさっきまでまん丸だった目を細めてぐっと歯を食いしばった。あ、煙草が変なふうに曲がってしまっている。がたんと立ち上がったと思ったら、そのまま扉を出て行ってしまった。どうしたんだろうと考えるよりも、やはりあれは自動扉だったのかとこの病室のハイテクさに感激していた。 私はいつもどこかずれている。











20070407