エコーする。さっきまで聞いていた、男にしては少し高めの声を思い出しては顔の筋肉に力が入る。ぐっと、カップをつかんでいる手にも力が入って、小さな音を立ててひびができた。ああ、またやってしまったとひとつ息をついた。カップをテーブルに置いてソファに深く沈みこんだ。僕はの部屋を出てから早足に綱吉のもとをたずねた。僕がの世話役をはずされたことと、僕のかわりでついた世話役があいつだったことがひどく不愉快だったからだ。僕がはずされたのは仕方がないことかもしれない。カメラを壊してしまったのは僕だ。勝手な行動ばかりの僕に、話が進まないことを予測した判断だとはわかった。だが、よりにもよってあいつとは、何を考えているんだ。もっとほかに、暇そうな部下をいくらでもつまんでこればいいものを。いや、誰だっていやだったけれど。僕以外がの側にいることなんて考えたくもないけれど。自分の非は認める。を守りたいがためにしたことだ。だけど、どうしてやつなんだ。 「俺なりの配慮ですよ」 「どんな、配慮だい?」 「ちゃんをまったく知らない人よりか、知っている人のほうがいいかと思ったんです」 「からしてみればみんな一緒だよ。誰も知らない」 「一緒、でしょうか」 「知らないやつらに囲まれる不安というものが君にわかるのか」 僕にしてはめずらしく、声が荒立った。これがボスに向けるべき言葉なのか、責められたら僕はおしまいだろう。ほかのファミリーでこんなことがあれば即クビになるかもしれない。いや、反逆行為として殺されるか。マフィアは楽な仕事じゃない。ファミリーに入ったら一生出られないことを覚悟しなくてはならないものだろうと僕は思う。だけど僕は殺されない自信がある。なぜなら相手はうちのボスだから。綱吉はひとつため息をついて、真っ直ぐな瞳をこちらに向けてこう言った。 「雲雀さんにも、わかるとは思えないけれど」 まったくだ。 結局は押し負けて、僕は自室で自分の荒立つ心を落ち着けるためにもコーヒーを飲んでいるわけだけど、まだ納得いかないというように僕の体に力が入る。いつでもそばにいて、何があっても守ってやれるようにしてやりたいのに。どうしてわからないんだ。綱吉の気持ちがわからないというわけではない。彼は彼なりにを守っているつもりなんだろう。綱吉が、の無罪を信じて、期待しているのがわからないでもない。彼だってと関係があった者だ。できることならば殺したくないと思っていることだってわかっている。だが、彼はボンゴレというマフィアのボスだ。が何か知っていれば、殺すことを命じるだろう。それがボスとしての役目だ。のことを何も知らぬまま生かすということは、無理だ。マフィアのボスが一般市民を差別するなんてことは絶対にあってはならない。彼は沢田綱吉という人物の前に、ボンゴレファミリーの十代目ボスなのだから。 ドンドンドン、失礼なノック音だ。まったくもってタイミングが悪い。殺してやろうかと思って扉を開けてみれば、見たくない顔トップ3に確実に入る男の顔があって、本気で殺してやろうかと思った。眉間に皺を寄せて不機嫌そうに僕を見上げるその顔、ワオ、大嫌いだ。殺してしまってもよかったけど、ここで殺したらまた綱吉に説教を受けそうだし、今はできることなら綱吉の顔なんてみたくない。まあ、ここで本当にこいつを殺したら、説教なんてレベルじゃなくて僕が綱吉に殺されそうなところだけど。 「何か用?僕は今すごく機嫌が悪いんだ」 「が」 不機嫌が全部吹っ飛んで、僕は大嫌いな声に耳を傾けた。?がどうかしたっていうのか。ああ、こいつがの名前を口にすることさえ憎たらしくて殺してしまいたいほどだけれど、今回はそれを我慢してあげるよ。目を細めたら、てめえ、と言って僕の胸倉をつかんでくるから、ああこいつ死にたいんだなぁとぼんやり思う。でも僕がすぐに手を出さなかったのは、こいつが切羽詰まったような、寂しそうな顔をしていたからで、気持ち悪いと思って顔をしかめてしまったからだ。 「お前言ったよな!十代目に報告したよな!は自分の両親が殺されるとこを自分の目で見て、自分も殺されそうになってたって!」 「ああ」 「じゃあどうして、は自分の両親がまだ生きてるみたいな言い方すんだよ!」 少し、気になっていたことだ。が僕に両親の職業を聞いたとき、「何の仕事をしているのか」と言った。「何の仕事をしていたのか」ではなくて。過去形でなく現在形。すごく些細なことだけど、僕には引っかかった。だけどあえてスルーしたんだ。が未だ自分の両親が死んだことを自覚できていない、またはショック症状で忘れてしまっているかもしれないという可能性があることを信じたくはなくて。の両親を殺したのは、僕だ。直接的ではないものの、間接的に僕が殺したんだ。あの場で、止めなければよかったのか。を殺してやればあの子は救われたんだろうか。僕の勝手で生かした。命令を無視してまで生かして、それがを苦しめる結果となったのであれば、僕は。あのときどうすればよかったんだ。何も考える暇なんてなかった。気付けば体が動いていて、すべてが一瞬のできごとだった。ないことになんてしたくなかった。僕と君は確かに関わりを持っていたから。僕の頭に残る君の顔、声、仕草。それらすべてを投げ出すことなんて、できなかった。どうしよう、がいつか両親の死を知って、自分もあとを追って死にたいなんて言い出したら。それこそ僕は、生きていけない。僕こそが死ぬべきだ。 「おい、雲雀」 「が覚えていないのなら、忘れているのなら、それでいいじゃないか」 「お前、それ本気で言ってんのかよ」 「わざわざ知らせてやることもない」 「いつまでも隠し通せることじゃねえぞ。いつかばれたとき、はどうなる」 「ばれないように努めればいいことだ」 「お前、本気で」 「君はこんなところへきていていいのかい?世話役失格だな」 あざ笑うように言って、獄寺隼人の横をすり抜けて廊下へ出た。後ろから舌打ちの音と、ダーンという大きな音が聞こえたけどあえて聞こえなかったふりをした。僕の部屋の扉が無事じゃないことは確かだ。僕は逃げたんだ。僕はずるい。を生かすためならば、なんでもしてしまえそうだと思った。たとえ僕自身を殺してでも。 20070407 |