私の前で泣く男の人は、男性と呼べるだけあって歳もそれ相応にとっていそうな大人の人に見えるのに、実はまだ小さな子供だったのだろう思うくらい、小さく儚げに見えた。 再放送でやっていたアニメになんだかこういうのがあった気がする。高校生が薬か何かを飲まされて体が小学生に戻ってしまうっていう。 見た目は子供、だけど頭脳は大人の小学生探偵が主人公のアニメ。タイトルが出てこない。シチュエーションは逆かもしれない けど、同じような現象じゃないだろうか。わからない。そんなことが現実にあるのかな。ありえるはずがない。いや、ありえるのかもしれ ないけど、この人はちがうでしょう。だってついこの前まで年上のしっかりした大人の人だった。それなのに、今はそんなふうには 見えない。小さな子供がめそめそと泣いているようだ。先ほどから顔を布団にうずめて肩を震わせながら、嗚咽を漏らしながら泣く姿は、この間までの凛とした印象を全部 壊すような、だけど心があったかくなるような姿で。


さっきまで泣いていたのは私なのに、雲雀さんが泣いているのに驚いていたらいつの間にか涙は止まってしまっていた。私のほうが年下な はずなのに、なんだか立場が逆転してしまったみたいでちょっと笑えた。そろそろと手を伸ばして、丸っこい真っ黒な頭に手を置いてみ た。さらさらしていて、冷たい髪が手に触れると、びっくりしたのか肩が大きく跳ねた。でもお咎めの声はなく、だから構わず頭を撫で続けているとちょっとずつ嗚咽が 引いていって、今度は私が泣きたくなった。雲雀さん、落ち着きましたか。何で泣いてるんですか。私も、泣いていいですか。だんだん 涙がこみ上げてきて私の瞳を濡らす。気を失う前は、死んでもいいと思った。でも、あれから夢を見て、お父さんとお母さんが出てきて お別れして、生きなさいって言われた。それが、私が勝手につくりあげた夢なんだろうか。それとも、お父さんとお母さんが天国から 私を心配してかけつけてきてくれたんだろうか。馬鹿なことをしないように。早まったまねをしないように。死んだらだめだよって、 言いにきてくれたんだろうか。夢で交わした会話なんてほとんど覚えていない。二人の顔だってよく覚えていない。それでも、目が覚めて から、私はまだ生きたいって思えて、生きていることがとても幸せに思えて、涙が出た。


…っ」
「は、い」
「僕は、泣いてない」


まだ完全に止まっていない嗚咽に肩を震わせながら顔を上げて、少しだけ赤くなった目でこっちを見つめてきて、何を言い出すかと思えば 「泣いていない」だなんて。私が、雲雀さん泣いているんですかって質問したわけじゃない。聞いてもいないことをいきなり答えて、 言ったそばから、右目からぽろって涙がこぼれた。それをぬぐおうともしないで、真っ直ぐにこっちを見つめてくる。なんだかその姿が、 意地を張っている小さな子供みたいで、思わず笑った。だからといってさっきまでの涙が引っ込んでくれるはずもなく、私は声を出して 笑いながら泣いていた。どちらかといえば私のほうが小さい子供といえるはずなのに、私よりもずっと大人なはずの雲雀さんを、 そんなふうに思うなんて、私はなんて失礼なやつなんだろう。でも、雲雀さんが急に親しみやすく思えたのは本当なわけで。雲雀さんは いつまで経っても涙をぬぐわず、私は笑いながら泣いた。なんておかしな光景だっただろう。


それからだいぶ経って、雲雀さんが出て行って、少ししてから獄寺さんがお皿のたくさんのったトレイを持ってきた。泣きはらした 私の顔をみて、獄寺さんが顔をゆがませて笑った。トレイの上には簡素なご飯が並べられていて、それを見てようやく私は長い間 ご飯を食べていないことに気付いた。口の中に唾液がたまって、口からこぼれないように飲み込んだらごっくんという結構大きな音が して、また獄寺さんに笑われた。人間の生理現象を笑うとはどういうことですか。頬をふくらましたら見てもらえなくて、さっきまで 雲雀さんが座っていた椅子にえらそうに座って、笑ったまま私の食べている姿を見ていた。食べている間、また、泣きそうになった。 知らない味。お母さんの作る味ともお父さんの作る味ともちがう味。もう二度と、食べられないその味を、よく思い出せない。 最後の食事はなんだったかな。夕食、だったかな。並んでいた料理がもう思い出せない。夕食のときに話したことも、二人の顔も、全部。 だけど幸せに思えることもある。また、こうして食べ物を口にいれられること。おいしいって思えること。生きていてよかったって、 思えること。


食べ終わって、獄寺さんが煙草をふかしだしたときに雲雀さんが戻ってきて、扉を開けたとたんに顔をしかめるからびっくりした。 雲雀さんは獄寺くんを一瞥すると私の前まできて、後ろを振り返った。部屋に入ってきたのは、雲雀さんよりも獄寺さんよりも 背も体も小さい男の人だった。優しそうな顔をしているくせに、どこかしっかりとしていて、幼い顔なのに幼く感じさせないような、 結局はよくわからない男の人だった。私のほうをまっすぐと見て、にっこりと笑う。優しげな顔の男の人。


「はじめまして、かな。さん」
「は、はじめまして」


かな、ってなんだろう。疑問形?私はこの人と前に会ったことがあっただろうか。いや、ない。なんだかここで出会う人たちはみんな おかしな物言いをするような気がする。私が覚えていない間にこの人たちに出会っているんだろうか。でも、いったいどこで? きっとこの人も、私よりだいぶ年上だ。


「俺は沢田綱吉と言います。簡単にお話を聞かせてもらいたいのと、説明をさせてもらえるかな」


それはもう、私には願ってもないことです。私はこの状況を未だによく理解できていないでいる。ここがどこなのか。あなたたちが誰 なのか。そして、どうして両親が殺されたのか。沢田、さんは、いくつか私に質問をした。ご両親のご職業は?とか、あの休日の日は どこへ行こうとしていたのか、とか。ほとんどの私の答えは「知らない」だった。両親や家族についての質問ばかりだったけど、 それらはどれも私の知らないことばかりで、自分がどれだけ家族に関して知らないことがあるのかと実感した。少しだけ、恥ずかし かった。


沢田さんが説明してくれた。ここがどこなのか。両親が何の仕事をしていたのか。どうして、殺されたのか。ここはボンゴレファミリー というマフィアのアジトで、両親はこのマフィアのうちの優秀なヒットマンとして働いていて、抗争中の敵のマフィアに殺されたんだ って。いつも仕事ばかりさせていたことへの謝罪と感謝の気持ちをこめて、二人同時に休みを出したとたんに襲われ、すべて自分たちの無防備 さに責任があったこと、両親が死んだことを沢田さんが頭を下げて私に謝った。なぜだか知らないけど涙がこぼれて、マフィアなんて 自分とは別世界の人たちが目の前にいるというのに、不思議と恐怖も不安も生まれなくて、むしろ安心していた。こんなに素敵な人たちに 囲まれて仕事をしていたうちの両親は、とても幸せだっただろうに。だけど、家にいるときはいつも疲れたような、仕事が憂鬱そうな顔をしていた のはなぜだろう。両親はどちらかというと、抗争なんかにはむいていないような人たちだったから、きっとこの環境で苦しんでいた んだろうか。確認しようにも、もう二人はいない。今はただ、二人のことが少しでも理解できたことを喜びたい。


ちゃん、俺たちのことを知ってしまったからには、君には二つの選択をしてもらわなければならない」
「選択?」
「死んで秘密を守るか、俺たちの仲間になるか」


死にたくなければ逃げないこと。そう、言っているようにもとれた。


「一緒にいさせてください」











20070415