私が落ち着くまではここにいてもいいと沢田さん、いえボスは言ってくださって、すっかり甘えて自分専用の部屋まで借りてしまっている。 あの家で、両親と過ごしたあの家に一人でいるというのは、きっと耐えられないと思った。お父さんとお母さんとの思い出は、あまり 残っていない。特別すごいことなんてしたことはなかったし、きっと普通の家族がすることの三分の一くらいしかしていない気がする。 旅行なんて行ったことないし、お母さんと一緒に買い物にいったこともないし、お父さんに殴られたこともない。だけど、それでも、 あの家で一緒にすごした事実は、私をきっと苦しめる。一つ一つの、当たり前な生活用品たちが、両親を思い出させて、戻ってこない 毎日を悔いてしまいそうで、こわかった。今はまだ、帰れない。心が落ち着くまで、ここにいていいよとボスは言ってくださった。 きっと、私の気持ちをくんでくれたんだと思う。そして私がこのボンゴレの医療機関で暮らしはじめて、一ヶ月も経たないころ、 雲雀さんが私の部屋をたずねてきた。


「移転、ですか」
「少し言い方はおかしいかもしれないが、そういうことだ」


ボンゴレの本部は実はここではないらしい。ここはあんまりいい場所じゃなくて、敵にすぐみつかってしまうからここを早めに壊して 本部に戻るらしい。雲雀さんの説明はいつも私にわかりやすく、端的だ。ボンゴレの重要人物はもうほとんど本部へ戻ってしまったらし い。ボスも、獄寺さんも。雲雀さんだけはここを離れず、一緒に暮らしている。私のお世話役をボスに命じられたから らしい。なんだか、嬉しいような申し訳ないような。


「それで、のことなんだけれど」
「はい」
「君は学校もあるだろう。本部はここよりだいぶ遠い」
「うちへ、帰れということ、ですか」
「綱吉がそうすることをすすめている」


頭がぼんやりしていくようだった。ここでの生活はやっと慣れてきたと思ったのに。ボンゴレの色んな人の名前だって覚えられるように なった。何より雲雀さんがいて、それが私をとても安心させた。それなのに、家へ戻れだなんて。今はまだ、私は両親のことを引きずった ままでいる。どうして、どうして。私がわずらわしくなったんだろうか。一般人の、何にもとりえのない私を置いておくのは確かに無駄で、 しかもまだ子供で、ここにいるのはひどく場違いで、だけど、仲間になれたと思ったのに。まだ、帰りたくなんてないのに。


「帰りたくない」
「え?」
「私は、仲間じゃなかったんですか」


雲雀さんがびっくりした顔をした。思わずそのまま口に出てしまったことをひどく後悔して、私がすぐにしたことといえばまず謝罪だっ た。ああ、どうしてこんなこと、言ってしまったんだ。だけど、これは本音だった。私の勝手なわがままだけど、それでも、一緒にこない かって言ってほしかった。私は確かに学生で、学校へ通わなくてはいけないけど、それでも、方法はいくらでもあったんじゃないだろう か。ボスは私に選ばせてくれました。死ぬか仲間になるかを。私は喜んで仲間になったけど、ボスは、雲雀さんは、みなさんはちがったん だろうか。私一人が仲間面して、こんなの、恥ずかしすぎる。私、馬鹿だ。


「わかりました!私は家に戻りますから!」

「今日中にでも出て行きます。お世話になりました」

よかった、笑顔で言えた。雲雀さんが私のことをと呼ぶ。だけど、ごめんなさい今は余裕がなくて、気を抜いたら涙が出てきそうで こわかった。恥ずかしくて消えてしまいそうだ。消えてしまえたらいいのに、雲雀さん、雲雀さん。私のことを、軽蔑したかな。 私みたいな子供のお世話係を文句一つ言わずしてくれた雲雀さんには本当に感謝していて、私は、雲雀さんのことを尊敬していて、あと は、えっと、とにかく雲雀さんを慕っているんです。だからこそ、嫌われたくなかった。軽蔑なんてされたくなかった。消せるなら、 記憶を消してしまいたい。時間を戻してしまいたい。私は雲雀さんが私の名前を呼ぶのも無視して自分の荷物をまとめだした。持ち出す ものなんてほとんどない。ここには色んなものがそろっていて、生活には不自由しなかったから。小さなかばんにつめたわずかな私物を 持ち、私は頭を下げた。


「今までお世話になりました。本部のボスにもよろしくお伝えください」
「待ちなよ、
「雲雀さん、お世話役ありがとうございました。雲雀さんで、よかった」
、僕らは」


はじめてだ。雲雀さんの話の途中でその場を離れたのは。なんて失礼なことだろう。雲雀さん、これでお別れだろうか。マフィアという のは秘密が多いものだから、きっとこれ以降雲雀さんが、一般市民の私なんかとかかわることはもうない。ボンゴレには、もうかかわる ことはないんだろうか。ボス、獄寺さん、雲雀、さん。さようなら。ボンゴレの秘密はきっと守りますから。











20070417