ボスのお部屋から出てきた雲雀さんはどこか不機嫌そうで、どこか疲れているような顔をしていた。この数分の間に何があったんだ。 それから雲雀さんの部屋への道を案内されたんだけど、はっきりいって、ぜんぜんわけがわからない。道は入り組んでいて、右に曲がったかと 思えば左に曲がり、同じところをぐるぐる回っているんじゃないかと錯覚した。どれだけ広いんだろう、この本部は。やっと雲雀さんが 足を止めた場所は、やっぱり大きな扉の前だった。 その隣には同じようなたくさんの扉が連なっている。でも扉と扉の間隔が広いのはきっと一部屋 がとても広いからだ。背の高い扉を開けると、そこは、家だった。なんと言い表したらいいのかわからない。高級マンションの一室みたい な、とても広い空間だった。とにかく感激で、突っ走ってしまいたい気持ちをなんとか抑えて雲雀さんの顔を見上げたら、あきれたように 笑われた。


「あいにくベッドはひとつしかないから、が使っていいよ」
「いえ、そんな!私ソファでじゅうぶんです!というかむしろ床でも」
「馬鹿」


ばかっていわれた!雲雀さんが広い部屋をなれた感じで歩き出す。すごいなあ、なんていうか、本当にすごい。こんなに広い部屋を一人で 使っているなんて、やっぱり雲雀さんはえらい人なんだろうな。ああ、そんなえらい人にお世話になっていいものだろうか。私、本当に 5人部屋のほうへお邪魔させていただければそれで結構なんだけど。なんていうか、雲雀さんには一番迷惑をかけたくないというか。いや、 でも、本心は雲雀さんと一緒の部屋でうれしいというか。うわ、なんか、失礼だな!ご迷惑かけておいてうれしいとかなんだ!ああ、でも 私がこんなに誰かを慕うのってはじめてかもしれない。雲雀さんにはとってもお世話になっているからだろうか。とてもいい友達ができた っていうのはこんな感じだろうか。それは年上の雲雀さんに対して、失礼?ああ、でも雲雀さんってどのくらいなんだろう。20代?かっこ いいし、まだまだ若いし。あ、もしかして結婚とかされているのかな。していてもおかしくないような年齢、容姿。雲雀さんはかっこいい し優しいし、きっと女の人にもてるんだろう、な。胸のあたりがきゅうってなった。


、こっち」


雲雀さんがこっちを振り返って手招きをする。急いでかけよったら床がかつかつなって、なんだか耳障りよくて落ち込んでいた気分が少し 浮上した。ひとつひとつ部屋を案内されて、それだけでも目が回りそうだった。広い、広いすごく。 だけど何より驚いたのは、いくつかある部屋のほとんどが使われていなかったことだ。部屋の中の物が少ないとは思っていたけど、 本当に必要なものしか置かない主義らしい。こんな部屋がいくつも並んでいるなん て、ボンゴレってとってもお金持ちなのかな。お金持ちで、しかもえらくて、かっこよくて、優しくて、面倒見がよくて、非の打ち所のな い雲雀さん。結婚、しているのかな。それとも、彼女が、いるのかな。


「ここまでで何か質問は?」


彼女いるんですか。結婚しているんですか。そういう質問は雲雀さん、嫌いそうだな。浮かんだ考えに打ち消されて、私は首を横に振った。


雲雀さんは本部に戻ってきた手続きと、私の手続きやらをするために、出て行ってしまった。私もついていこうとしたら、朝食の時間まで 寝ているように言われた。この部屋に時計がないからはっきりしたことはわからないけど、まだまだ朝早い時間だ。きっと、5時とか6時と か、そのあたり。はっきりとした時間が知りたかったけれど、この部屋には時計がない。時計がないというのはある意味助かる。時間に 追われない日々というのは、とても、ありがたい。だからといってすることもなくて、ソファに腰掛けて部屋をぐるりと見回した。部屋の 探検でもはじめたいところだけど、さっき雲雀さんに案内してもらってしまった。隅々まで。隠すものなどないような様子で。こんなこと なら一室一室の説明なんてしてもらうんじゃなかったかな。ああ、でも、ひとりでいたからってきっと探検なんてできない。雲雀さんに ご迷惑になるようなことはできるだけ、しないようにしなきゃ。でなきゃ、追い出されてしまう。かも、しれない。


コンコン。木の扉を叩くような音がした。普通の木の扉より、もっと厚いような印象の音だったけど、そんな音が響いて、私の耳に届く。 なんだ、だれだ良い気持ちで眠っていたというのに。そこで、やっと気付いた。ここは雲雀さんのお部屋じゃないか。本当に眠ってしま っていた。驚いて起き上がったら、私の体にかかっていた毛布が床にひらりと落ちた。あれ、誰か毛布かけていってくれたんだろう。もう 一度コンコンという音が部屋中に響いた。きっと雲雀さんにちがいない。でも、自分の部屋なのにどうして扉を叩くんだろう?不思議に思いつつ、急い で扉にかけよって開けたら、そこには雲雀さんじゃない人が立っていた。


「獄寺さん」
「よお」
「あの、すみません、残念ながら雲雀さんは今いなくて」
「知ってる。その雲雀に頼まれたんだよ」
「何を」
「お前の世話を」
「は」
「とにかく飯いくぞ。腹減ったろ」


よくわからないまま、獄寺さんの後ろをついて歩いた。またわけのわからない道をいったりきたりしながらたどりついたのが、ホテルの レストランみたいなスペースだった。私がほうけていると獄寺さんは、ここが食堂だと言い出した。食堂が、こんなにきれいで豪華なんて聞いたことありませんよ。 詳しく聞くと、ここは特別なパーティーとか集まりのときに開放する場所らしいけど、普段はある程度上位の階級の人のみが使用を許される食堂なのだという。 やっぱり、特別な場所なんじゃないか!そんなところへ私がきてもいいのだろうかと後込みしていると、今後の食事はここで摂るように言われた。 朝が早いせいなのかそこにはまだ誰もいなくて、長いテーブルがいくつも並んでいるだけだった。テーブルクロスの白が、まぶしい。 獄寺さんが座った前のいすを引いて座ると、ボーイさんがたくさんのお皿をもってきた。こんな豪華な食事、見たことがない。


「あの、今何時ですか」
「8時5分前」
「雲雀さんは、どこへ」
「十代目から緊急で任務が言い渡されたんだよ。夕方までにゃ戻ってくんだろ」
「なるほど」
「一回部屋戻ったみたいだぜ?顔合わせなかったみたいだな」


そうか、じゃああの毛布は雲雀さんがかけてくれたものだったんだ。どうして起こしてくれなかったんだろう。お見送りとか、したかった んだけどな。それに、置いていかれることほど寂しいことはない。獄寺さんにお会いするのは久しぶりだった。ぜんぜんかわってないなあ。 大人の人って、あんまり成長していないんじゃないかといつも思う。大人なのに成長って言葉はどこかおかしい気もするけど、ほかの言い 方を私は知らない。いつ会っても、変化のないように感じてしまう。子供はあっという間に成長する。大人になると、止まってしまう。 このまま進めばいつか、大人に近づけるような錯覚をする。でも、やっぱり大人の人は待っていてなんてくれなくて、一生追いつけない まま、子供の私は後ろをついていくしかない。背中を見ているしかない。一生となりになんて、立てないのだろう。あれ、どうしてかな、変なの。 なに考えてるんだろう。


「獄寺さん、あの」
「あ?」


気付けば口を開いていた。びっくりした、自分で自分が。何を聞こうとしているのか、わからないわけじゃない。だって自分の考えだも の。雲雀さんに彼女はいるんですか。雲雀さんは結婚されているんですか。そんなことを、聞こうとしていた。どうして?なにしているん だろう。何を考えているんだろう。こんなの、こんなの失礼じゃないか。本人に聞く勇気がないから、また周りの人に助けてもらおうとしてる。 こんなのは雲雀さんに対しても、獄寺さんに対しても失礼だ。こそこそかぎまわるようなこと、きっと雲雀さんは好きじゃないのに。


「なんでも、ないです」
「悪い癖だな」
「はい?」
「話を途中でやめんなって、前にも言っただろ」
「言われてません、けど」
「と、とにかく言えよ!」


獄寺さんがびっくりしたような顔をした。びっくりしたのはこっちなのに、なんだか、変なの。まただ。私だけわからない、置いていかれ ているような感覚。みなさんわかることなのに、私にだけわからないこと。誰か。誰だろう。みんなが私と誰かを間違えている。誰だろ う。私に似た人?私の、知らない人。


「雲雀さんって、彼女いるんでしょうか」


獄寺さんがまたびっくりした顔をする。











20070513