どうして雲雀さんだとわかっていたんだろう。そんな理由なんて、わからないけれど、雲雀さんの顔しか浮かんでいなかったことは確か で。うれしいと思ったとたんに、心もぽっとあったかくなったような気がした。雲雀さんの力は絶大だ。でもまだまぶたは重くて、それ 以上に体が重たくて、それでも体を起こしたらすぐに背中を支えられた。まだ眠たいような気分になって、私の目はすぐに閉じそうになる のがもどかしい。もう、起きてしまいたいのに。だって、雲雀さんがそばにいてくれる。また仕事が入ったらすぐにどこかへ行ってしまう かもしれない。それまで、仕事が入るまではできるだけ、そばにいたいと思う。変なの。こんなこと、お父さんとお母さんに対して思った ことはないのに。


「まだ寝ていたら?」
「いえ、起きます」
「そう」
「わたし、貧血でしょうか」


そこまで言って、雲雀さんが顔をしかめた。私の声がかすれて、むせたことに対してだろうか。それとも、私の言葉に?


「強い幻覚にあてられたせいだろうと言われた」
「幻覚?」
、いいかい、もう一度いう。あいつとは二度と会うな」


もう一度いう、といったくせに、昨日聞いた言葉とは少しちがった。昨日よりも口調の強い言い方は、切羽詰っている様子で少し驚いた。 あいつ、骸さん?骸さんに会っちゃいけないのか。でも、今日も急に倒れて驚かせたかもしれない。私がそんなことを考えていたら、 握られた手に力を入れられて、雲雀さんがじっとこっちを見ていることに気付いた。あ、真剣だ。私がいつまでたっても首を縦に振らない ことにあきれているだろうか。


「どうして、ですか」
「今日みたいなことが起きるからだよ」
「私、また倒れちゃうんですか」
「僕がそばにいたって守りきれる自信はない。今日はあの場に獄寺隼人もいたというのに、それでも守れなかった」
「あの、でも」
「どちらにせよ、当分は出くわさないだろうけどね」
「え」
「綱吉があいつに、罰を言いつける」
「罰って、どうして!」
に危害を加えたんだ、当然のことだよ。たぶん今ごろ綱吉に呼び出されているはず」


体はまだ重いくせに、私は無理やり立ち上がって無理やりに足を動かした。うまく走れなくてたまにこけそうになったけど、そんなの気に してられない。後ろで雲雀さんの声が聞こえて、だけど足を止めない。這うように扉にすがりついて部屋を出て、とにかく走って走って、ぐちゃぐちゃでわからない道を 走る。記憶の糸を手繰り寄せて、必死になってボスのお部屋を探す。どこだ、どこだ。手がかりはあの大きな扉だけ。すぐに雲雀さんに 追いつかれて腕をとられた。とたんに膝が折れてその場に倒れてしまう。


、どこへ行くつもりだ」
「ぼ、ボスの部屋、に」
「行かせない」
「放してください!だって、だって止めなきゃ」
「いいかげんに」
「守ります!さっき、雲雀さんが言ったこと、守りますから!」
「何を」
「む、骸さんともう、会いませんから!これで最後にしますから!」


雲雀さんが顔をゆがめて、私のほうを見る。でもすぐに目をそらして私の腕をつかむ手を解いた。好きにすればいいよ。悲しそうに聞こえ るその声に、私は一瞬戸惑ったものの、急いでまた立ち上がり、走り出した。雲雀さん、雲雀さんごめんなさい。でも、私のせいで骸さん が罰を受けるなんておかしいでしょう?骸さんは何にも悪いことしてないはずなのに。ボスにそれをちゃんと説明しなきゃ。誤解ですって 言ってあげなくちゃ、骸さんがかわいそうだ。誰もかばってあげないなんて、そんな悲しいことは、ない。


足ががくがくしている。睡魔だってまだ振り切れてないせいか、頭がぼんやりしだす。待って、もうちょっと。息をするのがつらくて壁に 手をつけたら、廊下の端にあの大きな大きな扉が見えた。あった!ボスのお部屋だ。もう、走ることはできなくて、できるだけ急いで足を 動かして、重い扉を思い切り押し開けた。ひいひい、ふうふう、息が荒い私をみて、部屋の中の三人はすごく驚いた顔をしていた。中には ボスと骸さんと、あと獄寺さんがいて、私はその三人を確認してすぐに座り込んでしまった。あ、だめだ足が、動かない。


ちゃん!どうしたの」
「ボス!む、骸さんは、わ、わ、悪くないんです!私が勝手に、倒れちゃって、あの、それで、骸さんは悪くないんです」
ちゃん、君、自分がどうして倒れたか、わかってるの?」
「ひば、りさんは、強い幻覚とかよくわからないこと言ってましたけど、あの、私は単なる寝不足かなって思ってて」
「寝不足?」
「あ、あの、昨日雲雀さんと一緒に寝てもらったら、き、緊張して眠れなかったんです!」


ああ、なんだか頭が回転しすぎて熱いかも。顔がすごく熱くて熱くて、うまいこと考えられない。とにかく、とにかく言いたいのは寝不足 の理由とか私が雲雀さんに対して緊張してしまったこととかじゃなくて、骸さんが悪くないってことで。


「骸さんをクビにしないでくださいい!」
「クビ?」


あきれたみたいな、獄寺さんの声と、ボスの笑い声が重なる。


「クビ、クビなんかにしないよ。アハハ!」
「え、でも、罰って」
「でもまあいいや。骸、ちゃんに免じて今回は赦免にしてあげるよ。ほら、これでいい?ちゃん」
「あえ、あ、う、えーと、はい!」
「そういうことだから、獄寺くん、ちゃんを部屋まで運んであげて。歩けないみたい」


獄寺さんは素直にはいって返事をして、私を担ぎ上げた。うわわ、ちょっとあんまり乱暴にされると、気持ち悪くなっちゃうんですけ、 ど。


「お前、本物の馬鹿だな」


獄寺さんの声は優しかった。











20070628