「本当に、馬鹿な子ですね」
「その馬鹿に助けられたのは誰?」
「ええ、おかげでクビにならずに済みましたよ」
「クビのほうがまだ幸せだと思わずに済んだね」


「沢田綱吉くん」
「なに?」
「僕は本気で、彼女を壊してしまおうかと思っていたんですよ」
「知ってる」
「雲雀恭弥の大切なおもちゃを、壊してしまおうと」
「知ってるよ」
「あのいたずらは、確かに僕が引き起こしたこと」
「うん」
「そんなことにも気付かず、僕をかばった」
「おもしろい子だろう?昔から、何一つ変わらないよ。まあ、当たり前だろうけど」
「彼女に興味を持ちました」
「雲雀さんに怒られるよ」
「それも、おもしろそうだ」



■ ■ ■



獄寺さんの歩き方も担ぎ方も、雲雀さんよりもぜんぜん荒々しくて、必死で吐き気を抑えていたはずなのに、雲雀さんの部屋に着く前に は気を失うように眠ってしまった。今度こそちゃんと目が覚めて、元気になったことを見せてみせると雲雀さんは自嘲気味に微笑んでくれた。心配してくだ さるのはうれしいんだけど、そんな顔させてしまうのは、やっぱりつらい。申し訳ないなあと思うんだけど、どうやら私は雲雀さんを心配 させる達人らしい。元気になったというのに、最低一日は絶対に安静だといって譲らない雲雀さんに、私は苦笑して大人しく従った。一日 ベッドで過ごすというのはなかなか退屈なもので、そのくせ雲雀さんは朝から仕事が入って、なるべく早めに帰るからと私の頭を撫でて いった。


ベッドで、しかも一人で、ただ寝て過ごすだなんてひどい話だ。今日は獄寺さんも仕事が入っているらしくて、遊びにきてはくれないよう だ。非常につまらない。寝てろ、という雲雀さんの言いつけをけなげに守っている私も私だけど、また気楽な気持ちで遊び出て、迷子に なったら大変だ。今度こそ、怒られてしまう。そういえば、よく考えると今まで雲雀さんに怒られたことない気がする。あれ、雲雀さんは 怒っているつもりでも私に伝わってないとかだったら、悲しい。雲雀さんはどこか、私に対して甘い感じがあるような気がする。気のせい だろうか。雲雀さんは私のこと、娘か何かかと思っているんだろうか。いや、娘って年じゃないか。妹?これか。妹みたいに思ってくれて いるんだろうか。そこまで考えて、胸がちくんとなった。なんでだろう。妹とか、親しく思ってくれているのなら、光栄じゃないか。それ なのに、私は欲張りだ。それ以上に思ってほしいんだろうか。わ、わ、なんかそれ、失礼というか、なんていうか、恥ずかしい!私こそ、 雲雀さんのことをどう思っているんだ。ここまでしていただいて、なんか、うわあ、本当に迷惑かけているんだなと実感する。どうして 見ず知らずの私にここまでしてくれるんだろう。私は、雲雀さんのこと、好きなの、かなあ。


トントン、ベッドルームに扉を叩く音がした。廊下前の扉じゃない。リビングとベッドルームを隔てる扉を叩く、音。誰だろう。獄寺さん がお仕事から戻ってきて、私の様子を見にきてくれたんだろうか。それとも、雲雀さんがもう戻ってきてくれた?期待を抱きつつ、昨日よ りもぜんぜん軽い体を起こして、できるだけ声を落ち着けて返事をした。扉を開けて、ひょっこり顔を出したのは、骸さんだった。


「む、骸さん!」
「こんにちは、。ご機嫌麗しゅう」
「だめですよ骸さん!わたし骸さんに会っちゃいけないって約束を雲雀さんとしてて!」
「おや?それは大変ですね。見つからないようにしなくては」
「そういう問題じゃありません!」
「クフフ、そう怒らないでください。体に障りますよ?」


骸さんは出会った中で一番楽しそうな顔をしていた。罰をあたえられなくて、ほっとしているのかな。なんに してもよかった。骸さんがクビになったら、きっとボスも大変になるんだ。なんたって骸さんは雲雀さんと同じ幹部なんだから。幹部とい うのはボスに信頼されていて、力もある人のことでしょう?そんな人がいなくなるというのは、なかなか厳しいことだと思う。昨日した ことはよく考えてみたら結構恥ずかしいことだ。ボスの部屋にふらふらになりながら行って、座り込んで大きな声で骸さんが悪くないと 連呼したのだから。ボスにも、途中で笑われてしまったし。でも笑われてしまった理由を私はいまだにわかっていない。でもきっと私がし たことがそうとうおかしくて、馬鹿みたいで、笑えてしまったんだろうと思う。


「え、と、骸さんは何のご用で?」
「用?残念ながらありませんよ」
「じゃあ、あの、失礼ですけど早めに帰られたほうが」
「なぜです?」
「また雲雀さんに怒られてしまいますよ」
「構いません。の顔が少しでも見られれば、僕はそれだけで満足です」


な、んだろう。今までのどんな会話よりも、骸さんの話し方が、なんていうか、甘く感じる気がする。


「私はもう大丈夫なんですよ?雲雀さんが念のためにって言ってくださって」
「そうですね。幻覚にあてられると当分は余韻がつきまとうものです。本調子、というのはまだ無理かもしれません」
「へ?」
「気にしないでください。独り言です」


正直、話し相手がいてくれるのはうれしいんだ。一人でぼーっと天井を眺めているより、ぜんぜん楽しい。だけど相手が骸さんとなると、 多少の不安もつきまとうわけで。もしここで雲雀さんが帰ってきたら、どうなるんだろう。わたし怒られるかな。この前みたいに、喧嘩に なったらどうしよう。あ、そうだ、そういえばこの前の一件でへこんだ壁も、抜けた床も、私が目を覚ましたときにはもうすっかり直って いた。不思議な話だ。ああいうのを直すのって時間がかかるはずだし、小さくとも工事になるわけだから、音が響くはずなのに。私はそれ らにまったく気付かずに、眠っていたんだろうか。トントン、また扉の叩く音がして、私は蒼白になった。どうしよう。雲雀さんが帰って きたのかもしれない。骸さんをどこかに、隠さなきゃ!声をかける前に、無遠慮に扉を開け放たれた。扉が開いた瞬間、一瞬で思った。あ あ、確実に雲雀さんだ。だって獄寺さんは、ノックの返事がくるまで扉を開けたりしない。終わった。そう思っていたら、なんと扉から 顔を出したのは雲雀さんとはまったくちがう人だった。


「よ!」
「や、まもとさん!」
「おやおやこれは山本武くん。ノックの返事を待つくらいの基本的なマナー、ちゃんと守っていただきたいものですね」
「骸?お前こんなとこで何してんだ」
「見てわかりませんか?のお見舞いです」
に近づくの、禁止になってただろ?」
「忘れました」


私の近づくの、禁止?骸さんも雲雀さんに、会うなって言われてたのかな。


「ツナに言いつけっぞー」
「わかりましたよ、出て行きます」
「聞き分け、妙にいいのな」
「山本武、くれぐれもに手を出さぬよう」
「雲雀みたいなこと言うのな。しないっすよ」
「それでは、また」


骸さんは、すねた子供みたいに出て行った。私があれだけ言っても出て行かなかったのに、山本さんはすごい!というか、山本さんの出し た名前の人が、すごいんだ。


「ツナ、さんって誰ですか?」
「俺らのボス十代目のこと」


山本さんは、ボスととても仲が良いようだ。











20070628