「あの、ハルさん」 「はーいなんですか?シートベルトちゃんと締めてくださいね!」 「は、はい!あの、聞きたいことが」 「なんでもどうぞ!ウェルカムですよ!」 ハルさんにつれられて、いつか見たくエレベーターに乗せられたかと思えば、今度は下にくだりだして、これ以上下にもぐってどこへ行く んだろうかと思っていたら、扉を開いたそこはまったく知らない白い大理石のエントランスだった。前に雲雀さんに連れられたときの エントランスとはまたちがう。前は静かなお屋敷だったけどここはなんというか、お屋敷よりも多くの人が行き交うホテルのエントランス だった。どういうこと?私がわけのわからず挙動不審にきょろきょろしていたらまた腕を引かれて、外へ出たかと思うと、ボーイさんが 私たちに頭を下げて、目の前にとめてあった赤い車のドアを開けた。頭が、ぐるぐるだ。空を見たらやっぱり青くて、地下のもっと深くに もぐってきたはずなのに空が青くて、私は眩暈がした。 「ここは、地上ですか」 「はいもちろんですよ!」 「あの、でも!」 「ちゃんが混乱する理由はわかってます。えーと、ハルにも詳しいことはよくわからないんですが」 「は、はあ」 「簡単に言うならば!ワープなのです!」 「わ、ワープ?」 「本部はまったく別の、遠い遠い場所にあるんですが、その場所を察知されないためにたくさんの入り口があるんです」 「入り口、ですか?」 「ちゃんが前に雲雀さんと本部に入ったとき、エレベーターは下降しましたよね?」 「はい」 「だけど今回本部を出るとき、また下降してきた」 「そうです。おかしいです!」 「確かにエレベーターは下降したんですけど、下降していないんです!」 「え、え?」 「つまりワープなのです!」 私の貧相な頭がいけないのか、それともハルさんの説明の仕方がわかりづらいのか。どちらにせよ、私の頭はさっき以上にぐるぐるしてい る。とにかく、ワープなんだ。ワープってなに?瞬間移動でもするんですか。うーん、いまだ理解はできてないけど、ここは地上で、本部 も地上で、エレベーターが下ろうが本部は地上で、エレベーターが上ろうが本部は地上なんだ!あれ、またよくわからなくなってきた。も う考えるのをやめてしまおうと、ふうと息をついてみた。外を見たら大きなビルが立ち並んで、道路も広い都会に出ていた。ここは、どこ だろうか。思わず窓の外に釘付けになってしまっていたら、ハルさんが楽しそうに笑っていた。 「こうやってちゃんとお買い物できるなんて、夢みたいです」 「私のこと、知ってるんですか?」 「もちろんです!忘れるわけないじゃないですか」 「以前、お会いしたことありましたっけ」 「いいんです!そのうちわかるんですから」 みんなみんな、私にわからないことを言って私を困らせるので、もう考えないことにする。 「あの」 「はい!なんですか?」 「あ、あの、ハルさんは、す、好きな人とか、いますか」 「はひ!どうしたんですかちゃん、好きな人でもできましたか!?」 「え、あの、えっと、その、わ、私今まで人を好きになったことが、なくて、恋ってどんなものなのかな、って」 「うーん恋ですか、難しいですね」 「この気持ちを、恋と呼ぶのか、どうか」 「なんで、とか、どうして、とか、全部考えないで、無意識に自分がその人を求めだしたら、それは恋だとハルは思います」 「もとめ、る…?」 「そばにいてほしい、話がしたい、好きだと思う気持ちです」 「なる、ほど」 「無理に、恋かそうでないのかを追求する必要はないと思います。いつか必ずはっきりしますから!」 「は、はい」 お母さん、とはちょっとちがうな。お姉さんがいたら、こんな感じなんだろうかと思った。お母さんに恋愛の話なんてしたことないけど、 お母さんは私が、もし好きな人ができたといったら喜んでくれただろうか。反対したかな。私には想像もつかないけれど、一緒に思い 悩んでくれたのは確かだと思う。男の人ばかりにかこまれて、久しぶりに女の人と話した感想といえば、少し、お母さんが恋しくなった。 次に雲雀さんのことが頭をよぎった。私は、あなたが好きなんでしょうか。好きというのは確実だけど、これは、恋?もし恋だったら私は どうすればいいんだろう。どうするもこうするもないんだろうか。雲雀さんにとって、私の思いは重荷だろうか。迷惑、だろうか。そう 思ったら胸がつくつく痛んで、恋じゃないと否定しだす自分がいて、結局はもう、わかっているんだなと思った。雲雀さんのことを好きだ と、認めたくないんだ。 「ちゃんに好きな人ができたら、あの人きっと気が狂っちゃいますね」 ハルさんが言った言葉の意味がわからなくて、聞こえてないふりをした。 女の子同士のショッピングなんて久しぶりで、私は胸を躍らせた。洋服や靴やアクセサリーはきらきら輝いて、私を笑顔で迎えてくれてい るように思えた。ハルさんは洋服やら帽子やらを持ってきては私にあわせ、何度も試着をさせられた。例えるなら私は着せ替え人形のよう だ。でもハルさんの楽しげな表情を見ているとそれも悪くないと思い始めた。なにより、可愛い服を着せられるというのは、嫌いじゃな い。やっぱり私も女の子なんだなあ。 「じゃあこれ全部買います!」 「ま、待ってくださいハルさん!こんなに必要ありませんよ!」 「服はどれだけあっても無駄にはなりません!」 「それに、た、高いですよ。わたし払えませんし」 「それなら大丈夫です!雲雀さんに好きなだけ使えって、これを渡されましたから!」 ハルさんが自慢げに取り出したものは、金色に輝く一枚のカードだった。カードを好きなだけ使っていい!?雲雀さんは何を考えているん だ。わたし、私ちゃんと返せる自信がない。呆然としていたらハルさんはいつの間にかお会計を済ませてしまっていて、私は何も言えなく なってしまった。ふ、服をたくさん買うのは楽しいしうれしいけど、でも高いものをこれだけなんて!ハルさんは楽しそうに次!といって 私の手を引いていく。ま、まだ行くのか。今日だけでどれだけのお金を使うつもりだろうか。楽しい、楽しいけど、いいの!? 一日中歩き回ったせいで、足が少しむくんでしまっている。パジャマをまくって、足にぬれたタオルを当てたら冷たくて気持ちよかった。 ソファにもたれて、横に放置してあるたくさんの紙袋を横目に見て、ため息をついた。合計で何軒まわっただろうか。両手の指じゃ 足りないほどまわったと思う。途中から私もハルさんを止めるのをあきらめてしまって、成すがままにされていたらこの様だ。楽しかった よ確かに楽しかった!でも、あんなに使って、大丈夫なんだろうか。ハルさんに「雲雀さんに返しておいてくださいね!」といわれて受け 取ったこのゴールドカードが、心なしが元気なさげに思える。あれだけ使われたら、元気もなくなるよね。雲雀さんに謝るべきかな。当の 本人である雲雀さんはまだお仕事から帰ってきていなくて、私はそれを待っているんだけど、落ち着かない。私は結局、現金なやつです。 こんなに後悔していても、服がたくさんあって、靴が何足もあって、とても、喜んでいる。今からまた試着をはじめてしまいたいくらい。 ああ、喜んでいる場合じゃないのに!きっと、雲雀さんあきれるだろうな。今朝はとても機嫌が悪かったから、これだけ使ったことに きっとあきれてしまう。隠そうかとも思ったけど、隠す場所がない。あきれられるのは、いやだなあ。想像して、胸がちくんと痛んだ。 扉が開いた。遠慮なく開いた扉の先に見えた人はやっぱり雲雀さんで、私はすぐに立ち上がっておかえりなさい!って言ったら予想以上に 声が大きくなってしまった。ひ、雲雀さんが帰ってきたのが相当、うれしいらしい。小さく笑った雲雀さんがただいまというのが私はとて も好きなんだ。少し疲れた様子の雲雀さんが、ふと大量の紙袋に目をやった。しまった、やっぱり隠しておくべきだったかな。 「あ、あのですね、これは」 「楽しかった?」 「え」 「今日の買い物、楽しかった?」 「は、はい!あの、でもこれ全部雲雀さんのカードで買っていただいちゃって、たぶんすごい金額で」 「ああ、構わないよ。僕が三浦ハルに好きなだけに使えと言ってカードを渡したんだから」 「でも、すごい金額ですよ!こんなに買ったんですから!」 「が楽しかったなら、それだけの価値があるんじゃない?」 雲雀さんの言葉に、心臓がどくりと跳ねた。 20070707 |