私が退屈だろうと察してくださったのか、ボスは私に仕事をくださいました。仕事といっても本当に簡単な書類整理やら事務の仕事やら で、ぜんぜんお役に立っている気がしないと思うもなかなか楽しくて、ボスには感謝するばかりです。しかもその仕事というのがハルさん の部下のようなもので、そのせいかはわからないけど女の人しかいなくてなんだか新鮮だった。これだけの人がハルさんの下についてる ってことは、ハルさんもそうとう偉い人なんだろうか。ハルさんのお仕事は書類整理やら事務の仕事やらではなく、別にあるようなんだけ ど、私たちの仕事をしっかりとチェックして管理するのがハルさんのお仕事のひとつのようです。だからたまにふらっと現れて簡単な世間 話をし、たまに手伝ってくださったりするくらいで、いつもいつもいるというわけではない。それでも私が仕事に就いた初日はつきっきり で教えてくださったりした。なんだか、感動だな。そんなハルさんやボスのお手伝いになるならば、とやる気を出して頑張っている今日 この頃です。


お昼いってきてもいいよと言われ、仲良くなった職場の先輩たちと一緒に食堂に移動すると、意外にも今日は混んでいるようだ。前に獄寺 さんや雲雀さんといった高級レストランのような場所ではなく、一般のファミリーさんたちが利用する食堂には結構な人が食事をしたりす る。前に連れて行ってもらった場所は特別なファミリーの人しか入れないレストランのようだ。入ったことがあるといったときの皆さんの 驚いた顔といったら、なかったな。ボンゴレの幹部とあまり仲が良いということを口外することはいけないそうだ。その人の特徴なんかが ほかのマフィアに知れたらそれは欠点になってしまうかもしれないから、らしい。なので私は一応ハルさんの遠い親戚ということになって いるらしいんだけど、たまにぺろっと本当のことを言ってしまいそうになるから、困ったものだ。空いている席をみつけて、みんなで腰を かけるとすぐに一人の先輩が口を開いた。


「ねえ、聞いた?幹部の雲雀恭弥さんが結婚されるかもって」


とたんに私の周りから驚いたような声が飛びかった。私は驚きすぎて、ぐうの音も出ない。幹部の、雲雀恭弥さん?結婚?思わずフォーク を落としそうになるのを必死で堪え、できるだけ落ち着いた声を装ってへえとだけ言うと、先輩はちょっとつまらなさそうに眉をひそめて ため息をついた。


「指輪を買ってるところを私の知り合いが見たって言うのよ。ざーんねん、ちょっと狙ってたのに」
「雲雀さん、顔はいいけどすごく冷たいじゃない?女の人に優しくしてるとこなんて想像できないわ」


なんだか、こんな会話を聞いているとどこかの会社のOLさんたちの世間話のようだ。じゃなくて、指輪?雲雀さんが、好きな人のために 指輪を買っていた。とたんにほかの人たちの声なんて耳に入らなくなって、先輩たちがちがう噂話でくすくす笑いだしたのさえ、わからな くなってしまった。雲雀さんが、結婚。雲雀さんはとてもかっこいいし、優しいし、結婚もたぶん適齢期なんだと思う。するのかな、本当 に。結婚したら、私はどうなるんだろう。三人で暮らすというのもおかしいし、となると私は出て行かなくちゃいけなくなる。そもそも今 私なんかと暮らしていていいのだろうか。こんなのでも一応女だし。雲雀さんは、そうは思ってくれていないんだろうか。女だなんて、 思っていてくれてないのかもしれないな。


部屋に帰ってソファでクッションを抱えていると、遅くなってから雲雀さんが帰ってきた。疲れた顔をして、部屋に入ってきてすぐに ネクタイをゆるめてソファに投げかける。じいっと顔をみつめていると、不思議そうに首を傾げられた。かっこいい。誰が見てもかっこい いと言うくらいかっこいいと思う。結婚してくださいと言ってくる女の人も多いんだろうに。


「なに?」
「あの」
「うん」
「あの」


結婚するって本当ですか。あとちょっとのところで喉を通らなくて、私はクッションに顔をうずめて首を振った。聞けない、聞けないな。 なんでだろう、簡単な一言なのに。どうして聞けないんだろう。どうしようもない不安に追われ、思わず泣いてしまいそうだ。ふう、と息 をつく声が微かに聞こえて、あきれさせただろうかと一瞬身を震わせた。だからって今から言う勇気もない。どうして言えないんだろう か。そっと、頭に手が乗ってゆっくりと撫でられた。固まったまま動けずにいると、シャワールームの扉が閉まる、音がした。顔を上げる ともう雲雀さんの姿はなくて、少しして水の音が部屋に響くくらいだった。なんで、言えないのかな。ついたため息はシャワーの音がかき 消してくれた。


めずらしく、寝坊した。ちょうど仕事がお休みでよかった。昨日はあれから眠れなくて、やっと意識が遠のいたのは真夜中頃だった。起き てみればもう昼前。雲雀さんの姿なんて当然のごとくなくて、私は色々と後悔した。すごく早い出勤の日以外は、できるだけ見送ろうと 決めていたのに。とりあえず朝昼兼用のご飯を食べようと高級レストランのような場所へ行くと、燕尾服を着た男の人に頭を下げて迎えら れた。私もすっかり常連だ。といっても、お金を取るわけじゃないからある意味仲間なんだろうか。今日は良い天気なので、カフェテリア に出てみませんか。食事の説明以外で話しかけられたのははじめてで、最初は驚いてあたふたしてしまったけど、素直にお言葉に甘えるこ とにした。外のカフェテリアには簡単なテーブルと椅子があるだけだったのに、なぜかそれが素敵に見えてしょうがなかった。飲み物を 出してもらって、一人になってからはなんだか気分が落ち込んだ。頬杖ついて空をみれば、まぶしいくらいの太陽が私に攻撃しているよう だ。なんで、言えなかったんだろう。


「退屈そうだな」


くわえたストローから、ぽたりとジュースがこぼれた。











20070904