突然だった。いつものように事務仕事をこなしていると突然ハルさんが飛び込んできて、血相変えて私を抱きしめだすのだ。そりゃもう 少し苦しくなるほど強く。そして解放されたかと思えば、急いで部屋に戻るように告げられた。その目が潤んでいたのはなぜだろう。その 顔がどこか嬉しそうな、でも悲しげであったのは気のせいだろうか。私はわけもわからずハルさんの言うとおりに仕事を途中にしたまま 部屋に戻ることにした。何か部屋に異変でも起きたのだろうか。何にしてもすぐに仕事に戻れると思っていた私は、中途半端に残したまま の仕事の計算を頭の隅ですることにする。それにしてもどうしたんだろう、ハルさん。あんなに急いで。部屋の扉を開けると、朝出てきた ときと何もかわらない風景がそこには広がっていた。カーテンをすべて開け放たれた部屋は明るくて、電気なんて必要なさそうだ。ソファ に腰掛けて、とりあえず待つ。何をすればいいのかわからない。ただ部屋に戻れと言われただけで、部屋で何をしろと言われたわけでは ない。どのくらい、待てばいいかな。誰か来るのかな。背もたれに体重をすべて押し付けると、ソファはぎいっと小さく呻いた。ハルさん が最後に言った言葉が、ふと頭をよぎった。


「いってらっしゃい!」


どのくらいかして、扉が無遠慮にばたんと開いた。何事かと思わず立ち上がると雲雀さんが荒い息を肩でしながらこっちに歩みよってく る。額にはうっすら汗をかいて、そんな姿はなんだかめずらしい。どうしたんですかと声をかける間もなく肩に腕を置かれた。というより もつかまれた。それはもうがしっと。そして一度時計を見て、すぐに私のほうに向き直ったかと思うと悔しそうに眉をひそめて、それから ぎゅうっと抱きしめられた。ハルさんのときとはちがう、大きな体が私を包み込んでしまう。ハルさんのときよりも強く強く抱かれている ようで、さっきよりも苦しい。いや、強く抱かれているせいだけではないのかもしれない。心臓の音が激しくて、心臓が痛い。な、な、な にするんですか雲雀さん!あなたは私のことどう思っているのか知りませんが、私はあなたのことが好きなんですよ!?こここんなことを されたら嬉しいやら困るやらよくわからないことに。


、いや
「え、あ、はい」
「僕は君のことを何よりも大切に、思ってる。それだけは」


それだけは、なに?何が起こっているんだろう。今日は、突然だらけだ。突然ハルさんが部屋に戻れといったり、突然雲雀さんが帰ってき て私を抱きしめたり、大切、だと言われたり。なに?夢だろうか。こんなに嬉しい言葉を言われているのに、素直に喜べない。嬉しい、 確かにそれは間違いないはずなのに、なぜだか胸がぎゅうっと苦しくなった。切ないというより、もっと幼いこの感情の名前を私は知らな い。雲雀さん、どうしてそんなに悲しそうな、苦しそうな顔をするんですか。


「忘れないで」


雲雀さんの顔が、ぱっと消えた。消えたというよりも、すべてが消えた。すべて真っ白になってしまったのだ。やっぱり夢だったんだろう かと思う暇もなく私はただ呆然とした。真っ白なその光景が煙によるものだと気付いたのは間もなくだ。もくもくと、だんだん晴れてくる 煙。まず最初に見えたものは青々とした吸い込まれそうな空の色と、まぶしいくらい白く光る太陽。私は確かに室内、部屋にいたはずなの にどうして空や太陽が見えるんだろうか。窓を隔てた空じゃない。何よりおかしく思ったのは、私の座り込んでいる場所が砂山の上だった ということだ。


「ひばり、さん」











20070905