「今思えば、すべて仕組まれたことだったのかもしれない」


ぽつり、綱吉がつぶやいた。


「どういう意味?」
「今から14年前、夫婦の結婚が決まった頃です。主婦になるといって、夫人のほうはマフィアを辞めることを公言したんです。旦那だけ でも十分すぎるほどの稼ぎはあったし、妥当な考えだろうと誰もが頷きました。だけどその1年後、彼女はまたボンゴレで勤めたいと言い 出したんです。こちらとしては願ってもないこと、彼女の実力は一般人としておくにはもったいなかったから」
「その話は知っている。夫人は1年間家庭で過ごし、自分が向いていないことを悟ってマフィアに戻ったという話だろう」
「彼女は本当にマフィアを辞めるつもりなんてあったんでしょうか」
「なに?」
「14年前には何があったでしょうか」
「! の妊娠か」
「そう、ちゃんを妊娠したことがわかった夫妻は、ちゃんをボンゴレと関わらせないことを決意した。そして誰にも知られないため に夫人だけ一時的にボンゴレを辞職し、出産。そのあとボンゴレに復帰し、見事に隠し子の完成です」
「しかし、それだけでボンゴレがかわせるとも思えない」
「そう、そして10年ほど前から夫妻の素行調査が囁かれはじめ、二人は焦りました。自分の娘をここで公にするわけにはいかない、と。 だから仕組んだんです。十年バズーカで自分の娘を未来へ送り込んでしまえば、捜索の目も誤魔化せると」
「…ずいぶんと簡単に言う」
「事実、十年前に5分間以上の効果を示し、故障したと思われる十年バズーカを整備した研究員が言っているんです。これは事故でなく、 故意に誰かにいじられたのではないか、と」
「戯言だ」
「しかしそれによって、ボンゴレはちゃんの存在を確認することはなかった」
「そんな危険な賭けに自分の娘を巻き込むだろうか」
「そうまでしてでも、ちゃんを守りたかったんじゃないですか。と、まあ、確かめようのないことを並べても答えはわからないんですが ね」


ふいと視線をそらすと、綱吉は困ったように苦笑した。そうだとすれば、すべてが夫妻の計算通りということになる。まったく恐ろしい 二人だ。同じファミリーとして動いていたときにはへらへらして気弱そうな二人に見えたというのに。これが親の、愛というやつだろう か。自分の愛しい娘のためにどこまでも考えを模索し、命まで賭ける。僕には一生できそうのないことだ。しかしになら、相手ならで きるだろうか。事実僕は似たようなことをしでかした。、今頃どうしているだろうか。ふう、と無意識にため息がこぼれた。それに 気付いた綱吉は一度笑って、それから口を開いた。


ちゃん、どうしてます?」
「今頃、君と出会って混乱しているんじゃないか。何の説明もなしに送り込んだ」
「未来のことを教えるのはタブーですよ。そうじゃなくて、十年前のちゃん、ですよ」


悪戯っぽく笑う綱吉に頭がじーんと痛んで、僕はまたため息をつきながらこめかみを押さえた。


が十年前に消えると同時に、小さな女の子が僕の腕に残っていた。まるでが縮んでしまったようだと呆然としていると、小さな女の子 が瞳をいっぱいに広げてこっちを見上げてくる。実際、が小さくなったようなものかと考えて、とりあえず頭を落ち着かせる。が十年 前に行ってしまうということばかりに気を取られたけど、そうだよ十年前のと入れ替わるんだから、ここに小さな女の子がいるのは 不思議じゃない。歳は、3、4歳くらいだろうか。どう声をかけていいのかわからず、そのまま黙って見ていると女の子はゆっくりと首を かしげた。


「だあれ?」
「僕は、雲雀、恭弥…」
「ひばり?しってるよ!とりさんだ!」
「その雲雀とは、少しちがうけど…」
「とりさん!とりさん!」


楽しそうに、きゃっきゃと笑う女の子は可愛い、可愛いけど、はっきり言って困ってる。こんな小さな子供の相手なんてしたことない。 だけどこれがだと思うとよけい可愛く見えてくる。でも、でも子供はやっぱり、苦手だ。きょろきょろとあたりを見回したかと思ったら もう一度僕のほうを見上げて不思議そうな顔をする。


「とりさん、ここどこ?ランボくんは?ね、すなのおやまつくってたの。こうえんは?」


の中で、僕の名前は「とりさん」で確定されたようだ。ここはどこか?どう答えたらいいんだ。僕が答えに困っていると、は首を傾 げ、僕の服の裾を引っ張ってくる。ここは未来だよ、なんて言えるわけがないし、へんな答え方をして泣かれてしまうのが一番困る。でも 今でも十分に困っているのに、これ以上どうなるっていうんだ。僕がずっと黙ったままでいると、はすねたように頬を膨らませた。や っぱり、子供は苦手だ。そんなときに聞こえてきたのがノック音。僕はため息まじりに返事をすると、開かれた扉の向こうには見たくない 顔がふたつ。


が今日戻るって!」
「ツナに聞いてきたんだけど。って、お?」


獄寺隼人と山本武、こんなときに。いや、むしろこれは好都合なのでは?さっと立ち上がって二人に駆け寄り、どちらかといえば頼れそう な山本武の肩をつかんで、ぎょっとさせる間もなくこう言った。


「君たち暇?暇だろう。僕はこれから綱吉に報告へ行かなきゃならないから、の面倒みていてくれるよね?」
の面倒?」


二人の声がそろって、部屋の中のソファにちょこんと座っている小さなが注目された。なんだろうという顔で不思議そうにこっちを見て いると、不思議そうな獄寺隼人と山本武の視線が絡む。僕はこの機を逃さず二人の返事も聞かずに廊下へ出てそのまま綱吉の元へ歩き 去った。


「つまりはちゃんを獄寺くんと山本に押し付けて逃げてきた、と?」


噴き出して笑いながらそういう綱吉に、本気で殺意が芽生えた。僕がどれだけ苦労したと思ってるの。僕なんて明らかに子供苦手そうだろ わかってるだろ。心の中で舌打ちをして、綱吉をにらみつけた。そんな僕に気付かないような素振りをみせてから、綱吉は腕を組み直し た。おもしろがってる、こいつ。なんだか綱吉の手のひらで踊らされているような気がしてならないのがとても癪だ。ぼんやり、が恋し くなった。今そばにいる小さなじゃない、僕の大切な


「雲雀さん、何か勘違いしているようですね」
「何が」
「うん、それじゃあ小さいちゃんの面倒はすべて、雲雀さんに任せることにします」
「ちょっと待って、それはなに?新手の嫌がらせかい?」
「小さいちゃんがいる間は、できるだけ仕事は回さないようにします」
「無視か」


顎を組んだ指の上に乗せ、上目遣いで悪戯っぽく笑うくせに、どこか真剣で大人の空気をかもちだす彼は、本当に十年前とは別人だ。


「雲雀さん、十年前だろうと今だろうと、ちゃんにかわりはありませんよ」


わかりきったことを言う。ふんと鼻で笑うと、綱吉はあからさまにため息をついてみせた。ああ、どうしてこんなふうに悩んでいるんだろ う、僕らしくもない。早く戻ってこればいいのに、。僕も十年前に飛んでしまいたい。そうすれば、逃げられるから。











20070907