気がつくと雲雀さんはもう保健室にはいなくて、私はひとり止まらない嗚咽と戦いながら涙をぬぐっていた。わ、悪いことをしちゃったか な。雲雀さんはもしかして私に何か用事があってここにきていたのかもしれないのに、質問にもまともに答えずに泣き出したりして。き っと、困って出ていっちゃったのかな。悪いことを、した。でも内心でほっとしている自分がいる。だって、雲雀さんを前にどうしたらい いのかわからない。あの雲雀さんをみていると10年後の雲雀さんへの恋しさが溢れてしまう。あの人は、雲雀さんだ。何度否定しようとし ても私の心がわかってる。あの人は10年前の、雲雀さん。もしかしたら別人で同姓の人かもしれないと思って、願ってしまった。だけどそ れはちがう。あの人はまぎれもなく、私の好きな雲雀さんだ。雲雀さん、10年後のあなたは本当に優しいんです。この10年であなたを変え る何かがあったのかな。


ふと、思い出したことがある。わたしが気絶する前に雲雀さんに言った言葉を。あなたは雲雀さんじゃない、と言わなかっただろうか。あ れ、言った?言ったよねこれ。自分が顔面蒼白になるのをリアルに感じながらすぐさま頭に浮かんだのは、謝らなきゃという強い衝動に 似た感情。それはいくらなんでも失礼すぎるんじゃないだろうか。雲雀さんからしてみれば、「はあ?こいつ何言ってんの初対面のお前な んかにそんなこと言われる筋合いないし意味わかんないし頭おかしいんじゃないの」とか思うに決まってる!いや、わかんないけどそれく らい失礼だろう!うわこんなこと思われていたら結構ショックだぞ!いつの間にか収まりかけていた嗚咽に気付いてすぐさまベッドを飛び おりて雲雀さんのところへ行こうと思っていると、ズキリとこの世のものとは思えないほどの頭痛と眩暈に襲われてばたりとベッドに逆 戻り。う、うわ、気持ち悪い。頭に手をやると緩んだ包帯がベッドに垂れ下がってしまった。あちゃ、どうしよう。頭ぐるぐるす、る。 誰か助けてーとか思っていたら、神様に私の声が通じたのかガラリと扉の開く音が聞こえてきた。天の助け…!


「うわっ、てめぇ何してんだ!」
「ご、くでらさん」


感動したのもつかの間。獄寺さんに言われた失礼な言葉が頭の中をばびゅんとよぎって、まだ許すものかという意地のようなものが湧き 上がってくる。う、うぐ、神様、人を連れてきてくださったことには本当に感謝しますが、ご、獄寺さんというのはどうなんでしょう。私 の意地がどうとかよりもその前に、獄寺さんって私のことあんまりよく思っていないんじゃ…。そんなの気まずいだけでこの状況は悪化す るばかりですよ、神様。


「おい、大丈夫かよ!顔真っ青だぞ」
「な、情けは無用でござるうう」
「何をわけのわからんことを…。いいからちゃんと寝ろ!」
「ななにをたくらんでいるんですか獄寺さんこわい」
「いいから黙って大人しくしてろ!」


ひいい!何この人!なんでこんな怒るの!布団をかぶってちゃんと横になってもまだぐるぐるする。いいや、もう獄寺さん何考えてるのか わかんないし、気にせずに今は自分の療養に集中しよう。眠ってしまえば怖くないだろう!あ、いや、逆に怖いのかな?なんでもいいや 考えてるのも気持ち悪いし、頭のほうが冷たくなってくるのがわかる。うへ、血が足らないのかな。そんなに血出てないと思うのに、なん でかな。目を瞑ったら、すぐにでも眠れそうな気がした。するりと頬に温かいものが触れてかすかに目を開けると、獄寺さんが眉間にしわ を寄せて真剣そうな顔で私の頬をさわっていた。なんだろう、意地悪かな。でも、あったかいからなんでも、いいや。


「お前、顔色悪すぎ…」
「獄寺さんの手、あったかい」


私の声は聞こえていないのか、獄寺さんは何にも言わずに眉間のしわを深くした。あ、手離しちゃうのか。あったかくて気持ちよかったん だけど、な。また目を瞑るとベッドの脇にある椅子に座る音がした。獄寺さんここにいてくれるんだろうか。あれ、でも獄寺さんって私の こと気に食わないんじゃなかったかな。もう、いいや、わかんないや。それより、眠いかな。


「今日保健医いねぇんだよ。だからお前帰りに病院行けよ」


声音が優しい。本当に心配してくれてるのかな。真剣な声はちょっと低くて、10年後の獄寺さんの声に少し似ている、かも。


「…悪かったよ、疑って」


夢なんだか現実なんだかわからないところで、私はふわふわ浮かんでいるようだ。











20080104