正直、悔しかった。俺が何もできずに呆気に取られている間に十代目が雲雀に殴られそうになって、それを助けたのは俺でなく俺がスパイ と疑った小さい女だったんだから。すげえと思ったよ。俺でさえあの殺気にあてられて動くに動けない状態で、あいつは自分の身を犠牲に してまで十代目をお守りしたんだ。尊敬に値する行為だし、感謝したいことでもある。しかし同時に悔しかったし、申し訳がなかった。 自分が十代目を守れなかったことや疑っていたとはいえ女のあいつに怪我をさせたこと、そしてなによりあいつをスパイだと思って疑って しまったこと。相手は雲雀だぞ。下手すりゃまじで殺される。あの女はそれをわかっていたのかどうなのかはわからねぇが、あの剥き出し の敵意と殺意にあてられて、それに怯えもせずに飛び込んでいくってのはなかなかできることじゃねぇ。


そもそも俺があいつを疑って屋上なんかに呼び出さなけりゃこんなことにはならなかったんじゃねぇのか。そう思うと、どうしようもなく やるせなくなる。十代目がご無事で本当によかった。だけど、仲間を疑って仲間の、しかも女に怪我をさせるってのはどうなんだ。よくね ぇだろう。俺、本当になにしてんだろう。正直へこんでいた俺を気遣ってか、十代目は俺にあの女の看病をしろと俺にいってくださった。 ちょうど6限目は自習だったし、俺は教室を抜け出して保健室へとかけてった。


保健室へ行くと真っ青な女が変な体勢でベッドにしがみついていて、俺は柄にもなく慌てちまった。だって本当にひでぇ顔してたんだから 仕方ねぇだろ!とりあえず寝かせて女の体を見てみると、ひょろひょろで筋肉なんてどこにもついてねぇような、明らかな素人の体が目に 入った。こいつがスパイなわけは、ねぇよな。雲雀からの打撃、しかもぜんぜん力入ってねぇ感じだったものを一発食らっただけでこれだ し、ありえねぇだろ。さっきまでの俺はちょっと過敏になりすぎてたんだろうな。ひとつため息をついたら、すーすーと小さな吐息が 聞こえてきて、俺は思わず苦笑いしちまった。


「…悪かったよ、疑って」


つぶやいた一言に応えるように、あいつが嬉しそうに表情を変えた。意識的にか無意識的にかなんて俺にはわからねぇけど、とにかくその ときの顔がやけにきれいに見えて、どくりと心臓が跳ねた気が、した。おかしい、だろう。


授業が終わると、俺と女の鞄を持って十代目と山本が保健室をのぞいてきた。それになぜかほっとしながら鞄を受け取ると、十代目が女の 肩を揺すって起こしていた。さっきよりも顔色はよくなっただろうか。眠そうに目をこすって体を起こす姿はとても無防備で、なんだかも やっとした感情が湧き出てきた。もや?いや、もやっというか、どう表現したらいいんだかわかんねぇ感情だ。嬉しいんだか悲しいんだか よくわからねぇ感情だ。ため息を飲み込んで黙っていると、山本の野郎のひじが俺の腕をつついてきた。


「んだよ」
「お前顔赤いけど、どした?」
「べ、別に赤くねーよ!」


何で今、とっさに否定したんだ、俺。わかんねぇけど顔が熱いのは確かで、それがなんだか恥ずかしかったのは事実だ。でも、なんで。 山本の野郎は驚いたように目を見開いて、それからいつもよりなんだか含みのあるような顔で笑って短く返事をした。その顔がなんだかま たムカついて、だけどそこに突っ込んだら変なことを言われそうな気がして、俺は素直に黙っていることにした。わ、わかんねぇけど、な んかムカつく。顔がまだ熱いのがわかって意味なんかないってわかってるのに顔をごしごし袖でぬぐってみたら十代目におかしな顔をされ ちまった。ちくしょう山本の野郎!


「だめだよちゃん!何か異常があったらどうすんだよ!」


十代目が大きな声を出されている。どうしたんだ?


「本当に大丈夫です!血も止まってるみたいですし、病院なんて」
「でも…」
「いいんです!たくさん寝て元気になりましたから」


どうやら女は病院へ行くことをいやがっているようだ。十代目のご好意を何だと思っていやがる。いや、たぶんその好意をわかっているか らこその遠慮だろうか。あいつ、本当に十代目のことを尊敬してんだな。信頼っていうのか?目に見えて十代目に従おうとするのがわか る。それにしたってどうしてこいつはこんなに十代目に忠実なんだ。まだ若いってのに、もうマフィアの世界に足を突っ込んでんのか?そ うだとしてもおかしな点が多い気がするのは気のせいだろうか。こいつまさか、十代目のことをお慕いして…!胸がずきりと痛んだのは 十代目になんて無礼な女だろうと思う前で、俺はその痛みの意味がわからなかった。十代目にはこんな女つりあわねぇよ!まあ、どんなや つでも認めたくはねぇが。ベッドを降りて腕を伸ばしている姿は本当に元気そうだ。顔色も戻っているようだし、本当によかった。


「それじゃ、帰ろうか」
「あ、そのことなんですが、私ツナさんのお宅のお世話になるのはやめようと思って!」
「は?」
「今日から獄寺さんにお世話になります!」
「はぁ!?」


こいつ、何を言い出すんだ。なりますって、そんな決定事項みたいに。俺はそんな話聞いたのは今がはじめてだし、承諾なんてできるはず もねぇだろ!だってこいつは女で、俺は男で。山本の野郎がひゅーと口笛を吹いたのがわかって、思わずつかみかかろうかと思ったが辛う じてそれを抑えられたのは不審そうな目で十代目がこちらをうかがっていたからだ。え、十代目はどうして、そんな目で俺を見られて。 あ!ま、まさか俺がそれを提案したとでも思われているのか!?お、俺に下心があって、うちに泊まれよみたいなことをこの女に俺が 言ったと思われている、のか?十代目はそんな俺に失望していらっしゃるのか!?な、ばっかやろう何考えてるんだよこのイカれ女!俺が 十代目からの信頼と信用を失ったらどうしてくれる!


「ち、ちがいます十代目ぇ!」
「これ以上ボスの、いえツナさんのお世話になることなんてできません」
「だからってそんな…!それに、獄寺くんがいやがるんじゃ」


ちくしょうあいつのせいで十代目に無視されちまったじゃねぇか!それに、こいつよく考えてみれば失礼じゃねぇのか!?十代目のご迷惑 にはなれない。ここまではわかるが、だからってどうして俺の世話になるってんだよ。俺なら迷惑じゃねぇとでも思ってんのかこいつ。そ れに、俺は男でしかも一人暮らしだぞ!いや、そこまではわかってねぇのかもしれねぇが、それにしたって無用心だ。こいつ本当に、女 か。不満を募らせていると止めを刺されるかのように、あいつの声が俺に耳に飛び込んできた。


「大丈夫ですよ!獄寺さんに拒否権なんてありませんから!」
「てめ、いいかげんに…!」
「獄寺さん、私を疑ったことを後悔されてますよね」
「は」
「許してあげます。だから、何日か置いてくださいね」


殺意が芽生えた。











20080106