いまさらだが、並中の女子の制服のスカートの長さはどうなんだと思うわけだ。今まで女子の制服なんてよく見たこともなかったが、この長さはいいのか!いいのかよ!…いや、俺的にはとてもいいがこれはよくないだろう。ほかの男どももこんなふうに思っているのかと思うと背筋がぞわぞわする。このスカートの長さは犯罪だろう、猥褻物陳列罪だろう。後姿を眺めながら思ったことは、こんな変態的なことで俺は自分で自分に失望した。自分に飯を作ってくれている女が台所に立って料理をして、その後姿を見て思うことがスカートの長さだ?いっぺん死ね。いやでも、こんな自分をかばいたくもなるだろう。だってあいつが動くたびにスカートのひだがきれいに揺れて、それがなんだかきれいで可愛くて。うわああ!だめだ何を考えてるんだ!ていうか俺がこんなこと考えちまうのもあいつが悪いんだよ!台所に立つときはエプロンくらいしやがれ!…エプロン、買ってこればよかったかな。あ、でもさすがのコンビニでもエプロンは売ってねぇか。じゃなくて、エプロンって…。


変なことばっか頭をよぎって、なんだかこのままじゃおかしくなっちまいそうだと判断し、テレビをつけて気を紛らわすことにした。チャンネルを回していると、親子のドキュメントとかいう特集がやっていて、ちょうど親父が娘を殴っているところだった。うお、まじで殴ってるよ。ありゃ痛ぇだろ。ここでふと、さっきの帰り道のことが頭によぎっていらっとした。コンビニから出てまた手をつないで、俺がなんだか気恥ずかしいような嬉しいようなおかしな感情を抱えながら歩いていると、あいつがきゅうにくすくすと笑い出して俺が不審そうな顔をすると、あいつはなんて言ったと思う。


「獄寺さんって、お父さんみたい」


転ばしたろかと思った。


「はーい、できましたよー!」


いらいらした気持ちが吹っ飛んでいくようだった。短いスカートをひらひらさせながらこっちを振り返って、可愛い笑顔を向けてくるんだから。あれ、俺ってこんなこと思うキャラだったか。テレビを消して寝転んでいた体を起こすと、テーブルの上に並べられていく料理を見て真剣に感心した。中学生がつくる料理なんて高が知れてんだろうと思っていたが、こりゃすごい。別に高級料理レストランに出てきそうなくらい!というほどではないが、一目で美味そうだと思うくらいうまそうな家庭料理の数々だ。いい奥さんになるんだろうな。小皿にあったひとつの煮物を口にほうると、ちょうどいい味が口の中に広がった。見た目だけじゃなくてちゃんと味もうまいし。こんな飯、毎日食えたら幸せなんだろうなと思う。こいつの笑った顔見ながらこんな飯食って、幸せに。頭に浮かんだのは俺とこいつが恋人みたいにじゃれあっている映像で、あわてて頭を振ってその考えを振り払った。そして俺がため息をついたとき、そのため息に重なるようにがしゃーんという何かが落ちる音がした。驚いて台所のほうを見ると座り込んでいる女の姿を見つけた。


「おい、どうした!」
「ご、ごめんなさい獄寺さん。お味噌汁、全部シンクにこぼしちゃって」
「そんなこと言ってる場合か!熱上がってんじゃねーか…!」


額に手をやると、さっきよりも熱くて、俺の胸はなんでかぎゅうと苦しくなった。ああ、なんでさっきこいつに熱があるって気付いたくせに料理なんてさせたんだよ。っていうかこいつもこいつだよ。調子が悪いならそう言えよ!わかんねぇだろ、お前いつもにこにこしてるし。ぼんやりした顔はずっとうつむいていて見えない。とりあえずこいつを寝かせねぇと。急いで女を引きずってソファへ寝かせ、濡らしたタオルをその額に乗せようとしたら額の傷やその周りに血が固まってひどいことになっていたからとりあえず先にそれをぬぐうことにした。傷はそこまで深くねぇみたいだが、こいつが動き回るせいでなかなか塞がってくれてねぇようだ。とりあえず今日はもう寝かせて熱を下がらせないと。体温計がどこにあったかを探しに行こうとすると、俺の服のすそをやんわりとつかむ小さな手があった。


「獄寺さん、ご飯冷めちゃう!」


赤い顔してそんな怒ったような顔したって、怖くもなんともねぇんだぞ。そのくせに俺はしっかりと言うことを聞いて全部の飯を食い終えてから体温計を探し出すんだから馬鹿としか言いようがねぇ気がする。なんでかしんねぇけど、俺こいつに弱いみたいだ。体温計をみつけてきたころには女はつらそうに息をしながら眠っていて、とりあえず額のタオルを濡らし直してから頭に乗せてやった。さて、どうすっかな。ソファじゃゆっくり眠れねぇだろうし、布団敷くか。…でも布団ひとつしかねぇんだよな。悩んだのは3秒だけ。そんなことを考える暇があったら、こいつを早く楽にしてやらなきゃいけねぇだろうが。急いで布団を敷いて、起こさないようにソファから体をおろしてやると薄目を開けて、また俺の服をつかんでくる。うつろなその目に、俺なんか映っちゃいねぇように感じた。


「お、おい、ちょ、はな…!」
「ひとりじゃ、ねむれません。ねむれません」


誰かに囁くように、訴えるように告げられた一言はいやに甘く響いて、気付けば俺は女を強く抱きしめていた。やわらかい体の感触や、少し熱い体温のぬくもり、首元からかおる甘い香り。実感した、俺はこいつが好きだ。こいつを手に入れたい。馬鹿みたいに胸が苦しい。頭がぼーっとして、何やってんだろうなと思う。病人ひっ捕まえて抱きしめて、おまけにキスまでしようとしている。体を寄せて、顔を近づけて。ほら、唇がもうこんなにも近い。あとちょっと、というところで俺がわれにかえることができたのは女の腹がぐううと鳴ったからだ。色気も何もあったもんじゃねぇ。俺はあわてて体を引き剥がして女を寝かせてその顔を見ると、さっきよりも落ち着いた顔して可愛い寝息を立てている。顔はあいかわらず赤くて熱も下がっていないようだけど、それでも食欲があるってことは大丈夫なんだろ。盛大なため息をついたあと、俺は台所へと立った。


そっから生まれて初めておかゆを作って、それを女に食わして、俺がソファに横になったのは12時を回ったくらいだ。まあ寝転んだってなかなか寝付けないで、女のほうをちらちら見ていたんだけど。それでも、俺の意識がやっとまどろんできたころだった。女の気配が動いて、声をかけようかなーとぼんやりしていたときだった。女がのっそりと起き上がって、窓の外を見て小さく小さくつぶやいた。


「ひばり、さん」


小さな小さなその声を、一字一句取りこぼさずに拾ってしまった自分の耳を呪った。











20080210