「おい、待てよ獄寺!」


やつにしてはめずらしく、ツナの声にも振り返らずに保健室を飛び出してそのまま廊下を駆け出して行っちまうもんだから、ツナなんてこの世の絶望を見たみたいに心配した顔してあんぐり口を開けちまって、俺はたまらずため息ひとつついてツナの肩を叩き、獄寺の後を追うことにした。肩を叩いて、困ったような笑顔をちょっと見せただけ、それだけ。俺たちには言葉なんか使わなくたってどこか伝わるって信じているとこがあって、実際に伝わるんだからすげえよな。事実ツナは俺のしてほしかったとおり、自分ひとりだけ保健室の扉をくぐっていってくれた。こっちの様子をだいぶ気にしてたけどな。今のあいつをツナが追ったらきっと、あいつはツナに気をつかっちまって自分を責めるばっかになっちまうんだろうなと思ったからだ。俺相手がちょうどいい。


追って、追って、追いつくのはたやすかった。腕を取って思い切り引っ張るとやっと立ち止まってくれて、同時に思い切り腕を振り切られた。だけど俺は動じない。予想の範ちゅうだったし、何より獄寺の顔が思っていた以上にひどく辛そうに見えたからだ。


「ごくで」
「触んじゃねぇ!なんも、何も言うなよ黙ってろ!」


ガツン、獄寺の強く握られた拳が俺の胸にめがけて飛んできて、反射的に手のひらでそれを受けるとじーんと痛んだ。本気で殴ってきやがるんだから、怖いよな。でもそれだけこいつの本気が見えて、俺は怒りを抱くことができなかった。あまりに苦しそうな、困惑したやつの本気がびりびりと伝わってきて、殴られたはずの俺よりも痛そうに顔をゆがめていたからだ。


「なんで、なんでだよ、なんで…っ」
「うん」
「なんであいつなんだ、俺じゃだめなのかよ…!」


めずらしいこともあるもんだなあとぼんやり思った。獄寺が俺に弱音を吐いている。意地っ張りで見栄っ張りなこいつが、他人に弱音を吐いてるんだぜ?そんだけあいつのことが好きで、欲しくて手に入れたくてたまらない存在になっちまっているってことかな。こんな短い時間のうちにそんだけのめりこめるってすごいことだと思う。これだけ獄寺をはめてしまえるがすごいんだろうか。とにかく俺は今日改めて、恋ってのは病なんだと実感するわけだ。


「でも、おれ、いえなかった」
「なんて」
「俺に、しとけ」


こいつのことを本気でかっこいいと思った。たとえばこれが漫画だったら、かっこ悪いヒーローもしくは情けない脇役って程度だったかもしれないが、俺の中じゃこいつほどかっこいい脇役はいねえって思うんだ。かっこいいヒーローにはなれないってところが味噌だ。こいつは結局ヒーローにはなれない。優しすぎるんだ。ぐらり、体が崩れて座り込んでしまった獄寺をぼんやり見下ろしていると、鼻をすするような音とともに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。ひどくかすれた頼りなさそうな声だ。


「山本、もういい、行けよ」
「…あぁ」


小さく返事をして獄寺に背を向けると小さな小さな声で「悪ぃ」と聞こえてきた気がした。かっこ悪い、でも俺にはちゃんとわかるよ。お前がかっこいいってこと。


一人回想にふけっていると、パーンという大きな音が響いて俺を急いで現実に引き戻した。どうやらランボがクラッカーを使ったようで、みんな驚いたように目を丸めるもすぐに笑いが巻き起こって、なんだかおかしな光景だった。そう、おかしい光景だ。だってここに獄寺がいない。いつもツナの隣を陣取ろうとする頭がひとつ足りない。誘わなかったわけじゃなく、ただ誘うタイミングを逃したというかなんというか。でもたぶんこれは誘わないほうがよかったんだろうなと思うわけだ。だってあいつあの様子じゃあ当分引きずりそうだったし、今はちょっと考える時間を与えてやるべきだろうと思ったから。ちらりとの横顔を盗み見たら一点の曇りもなく笑っているようでなんとなく、気に食わなかった。そうなると獄寺が急に不憫に思えて仕方がなかった。











20080327