「おう武!女の子が夜道に一人じゃ危ねぇだろ。送ってってやんな」


最初からそうするつもりだったんだが、なんとなく獄寺のことを考えると自分から声をかけるのは憚られてしまってどうにも言い出せずにいた。しまいには獄寺を呼び出して送らせようか、なんて完璧に間違った選択をしそうになったりもした。しなくてよかったよ、親父に声をかけられてほっと胸をなでおろした。異常なくらいに遠慮を示すの姿がどうにも気になって、最初はあまり乗り気でなかったもののなんだか触発されてを引きずるように外へ出ると、もう月が夜空にきらめいていた。いつの間にか、こんなにも暗くなっていたんだな。


獄寺、今なにしてんのかな。うわ、こんなこと考えてると俺が獄寺を好きみたいだ。うわ、気持ち悪い。獄寺にいったらすっげえ怒られそうだ。ふとの姿を見ると、きょろきょろと道に迷った幼い子供のような不安そうな顔をしていて、ふと疑問に思った。


「道、こっちじゃないのか?」
「え!えっと、いや、その、あ、あってます」
「なら、いいんだけど」


どうにも腑に落ちない言い方をする。家はどっちかと聞くと困ったようにきょろきょろあたりに目をさまよわせてから、まるで適当な方向を指すように道を示す。もしかして家知られたくないとか?だから、あんだけ送るってのを拒絶したんだろうか。だからといっていまさら一人で帰れなんて言えないし。どうすっかなーと、沈黙を気にするでもなくの示すままに歩を進めていると目の端に見慣れた公園が写った。あ、公園。思っていたことは同じようで、くるりと振り返ったが可愛い笑顔を浮かべていった言葉は俺の予想したとおりの言葉だった。


「寄っていきませんか!」


意味深だよな。若い男女が二人きりで夜の公園。俺の考えすぎ?でもこれって、結構いい雰囲気ってことになるんじゃないのかな。首をかしげたら座っているブランコがギィと返事をするように鳴った。隣をみると、楽しそうにブランコを立ち漕ぎしているの姿が目に入った。ブランコなんて久しぶりに乗ったな。隣からの振動でガタガタ揺れるのもなかなか懐かしい。俺も立ってみようかな、恥ずかしいだろうか。顔色を伺うようにを見上げると目が合って、すごく楽しそうににこって笑われて、俺は思わず噴出してしまった。そうかい、そんなに楽しいかい。悪くねーかも。


「山本さんって、お父さんと二人暮しなんですか?」
「ああ、そうだな」
「山本さんとお父さん、とっても仲良しみたいですごくうらやましい」


遠くを見るような目で、心からうらやましいと思うような声だった。それでなんとなく、ああこいつの両親はもう会えないようなところにいるのかなって考えて、なんとなくお袋のことを思い出した。思い出すっていっても、そんなにたくさん思い出せるような記憶があるわけでもなく、まずお袋の顔を思い出すことからはじめなくてはいけなかった。俺がまだ幼いときに死んでしまった、あの人の顔を。お袋のことを思い出すと自然と、あの人をどうしようもなく愛していた親父のことを思い出して、結局は親父のことばかりを考えてしまった。親父は、俺に母親がいないことに気を遣えるような器用な部類の人間なんかじゃねぇから、その分必死でいい親父をやってくれた。そんな親父のことを俺は本気で好きで本気で尊敬して、俺もいつかこんな親父になりたいって思ったんだ。


ふと気付くと、二人とも黙ってブランコに揺られていることがわかった。どのくらいお互い言葉を交わさなかったのだろう。俺はお袋と親父のことを、はなんのことを考えていたのかはわかんねぇけど、とにかくお互いが別のことを考えていたらしく俺たちは二人でいるのに別々でいるみたいだった。なぜ俺が我に返ることができたのかといえば、俺のポケットの中に入っていた携帯がブルブルと震えだしたからだ。もその音に気付いたらしく、何の音だろうと首を傾げて周りをきょろきょろと見回している。携帯を取り出してみると画面には「親父」という二文字。ボタンを押して耳に当てると静かな夜には不釣合いの親父のでかい声が耳をひっかきまわす。


「どうした、親父?」
「テーブルに算数のプリントが置いてあっけど、これってツナくんのじゃねぇのか?」


数学を相変わらず算数という親父に思わず笑ってしまってから、数学のプリントのことを思い出した。あ、そういや明日までの提出で赤点のやつ全員に数学のプリントの宿題が出てたんだっけ。ツナと一緒にやろうって言ってて、すっかり忘れていた。届けてやんねーと、ツナのやつ困るよな。どうしようか悩んでちらりとのほうをみると、なぜだかホッとしたような顔で大きくうなずきだす。これは決して電話の内容が聞こえたとかいう超人的な理由ではなくて、たぶん山勘だったのだろうけどその反応があまりにおかしくて、親父と電話中だったこともすっかり忘れて大口開けて笑ってしまった。理由なんてよくわかんねぇ。でもなんだかおかしくて、声を出して笑ったらよけいわからなくなった。


「ツナがうちに、明日までの宿題忘れたらしいんだ」
「じゃあぜひお届けに行かなきゃですね!」
「ああ、でもを」
「私のことは気にしないでください!もう家もすぐそこなんで、大丈夫です」


それが本当なんだか嘘なんだか、俺にはよくわかんなかったけどとにかくの笑顔が必死で、そうしてくれなくては本当に困るという様子だったので俺は苦笑いを浮かべながらうなずくほかなかった。どうしてそんなに必死になるのかが気になったけど、まあの家を獄寺よりも先に知るのがなんとなく申し訳ない気がしてそこは大人しく引くことにした。の頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃ撫でるとくすぐったそうに笑うのが可愛くて、わかんないことが全部どうでもよくなった。











20080406