彼女が装い続けた『普通』は、高校を卒業すると共にぱったりとやめてしまった。それは俺が、初めて彼女に接触した高校3年生の7月以降、力の限り嫌がらせに嫌がらせを尽くしたためだ。俺の思惑とちがったところは、その嫌がらせが一つとして成功しなかったことだ。彼女は暗躍する俺に、重ねて暗躍し、その嫌がらせをすべて事前に食い止めていたのだ。しかし、俺が力の限りを尽くしただけはあって、彼女の裏の顔を苛立たせるには十分であったらしく、彼女は卒業と同時に『普通』を偽るのをやめたのだ。

想定違いではあったものの、折原臨也の、の『普通』という名の仮面を剥ぐという目論見は成功したのである。

「認めよう、認めてやろう。大変、激しく、とてつもなく不本意で認めたくないが、しかし、私は認めることにした。お前が『普通』でないことを」
「その口調で話すのは初めてだね。どういう心境の変化?ロボットのふりして俺に愛されないようにするのは諦めたの?つまり、俺に愛されたいってことかなあ」

ためらいもなく彼女が腰から取り出したのは銃で、同じくためらいなく彼に向けてそれを放ったのは本物の銃弾だった。サイレンサーをつけていないため、遠慮なく響く銃声は二人の鼓膜を震わせ、硝煙のにおいが部屋に充満する。

「さすがに、驚いた」

弾は彼の髪をかすかに掠り、背後の壁に存在を知らしめた。彼女の動作には一瞬もためらいも感じさせず、彼に避ける余裕を与えなかったのである。は怒っている。それも、尋常でないほど。それこそ、彼を殺してしまいたいほどであろう。しかしあえて弾を外したのは、彼への同情でもなんでもなく、ただ一思いに殺すつもりはないという意思の現れであった。

「確かにこの部屋は防音設備が整ってはいるけれど、さすがに銃声は隠せないんじゃないかな?」

彼女の瞳は揺らがない。彼はわかっていた。彼女が今ここでいくら発砲しようが、たとえば折原臨也を殺そうが、警察はこない。それだけの手をすでに回してここに訪れているのだと。それでも言わずにはいられなかった。彼のプライドが、情報での負けを認めたくなかったのである。

「さらに、同じく不本意ながら、お前の望みどおり、私は『普通』を辞める」

確かに彼の望みどおりの結果であった。しかし、次の言葉を聞いて折原臨也は笑みを浮かべることができなかった。

「これからは、徹底抗戦を築こうじゃないか」

なんて顔をするんだ。折原臨也は彼女を見上げ、思わず息を呑んだ。まるで恋人に愛を囁くように、恍惚の表情を浮かべていたのである。普通の男子ならばその姿をみて、思わず胸を高鳴らせてしまうところかもしれない。しかし彼はちがった。何か大きな猛獣に睨まれているように、背筋が凍るのを感じていた。本気だ。こうなることを予想していなかったわけではない。ある意味、こうなるように仕向けたのは誰でもない、折原臨也本人である。それを楽しみに思っていたのも事実である。いや、未だに悦びは後から後から溢れてくる。しかし彼は疑問に思った。果たして俺はこの女と争って、骨が残るのだろうか。









千戦布告 // 120321