「晋助様!」
「………」
「え、いくらなんでも無視はないと思うよ無視は!」

赤い着物が見えてすぐに駆け寄りながら、また子の真似をして声をかけると、あきれたような顔をして振り返る。そして小さくため息をついたかと思えば、また前に向き直って煙管をふかしだす。何か言ってくれてもいいのに。もっと驚いた顔とか期待したのにな、と不満に思いながら隣に立って講義すると、くだらないというような目で見下される。ひどいな、もう。

「様ァ?」
「また子の真似してみたの!似てたでしょう?」
「気持ち悪ィ…」

晋助は答えるのも面倒なのか、私のことなんて無視して遠くをみつめている。自分でも結構自信あったのにな。はじめてやってみたまた子の声真似は意外に似ていて自分でも驚いたほどだ。これは晋助もだまされてくれるかな?と思えば、最初からあきれた顔で振り返るし。つまんないの、と思って膨れていると、晋助は白い煙を吐き出して空の藍に溶かしている。横顔がまぶしい。相変わらず、きれいな顔してるよ。このきれいな顔が、驚くのも見てみたかったな。

「俺がここにいるときに話しかけてくんのはてめェくらいなんだよ、
「ああ、なるほど。じゃあバレちゃうよね」

確かに、ゆらゆら揺れる甲板で一人煙管を吹かしている男はあやしく写って、人の目には近づきがたく感じるかもしれない。それだけじゃない。男はあの、高杉晋助だ。そういえば晋助がここにいるとき、誰かに話しかけられているところを見たことなんてないな。私だって、いつも声をかけているわけじゃない。そっと晋助の顔を覗き込んでみると、一度こちらをみて、また前を向いてしまう。何を考えているのかわからない顔してる。

「でも、似てたと思うんだけどな」

晋助は、いつだってなに考えてるかわからないけどさ。ほかの人よりはわかるつもりでいた。晋助も、私のことわかっていてくれると思っていたのは、自惚れだったかな。背筋を伸ばしてみたら、風が頬をなぜて心地良い。今の晋助に、私はお邪魔なようだ。何を言ったって返事がないのはさすがに寂しい、し。何か考え事をしているのなら、私が邪魔なのは確実だろうし、そろそろ船内の自室に戻ろうかなと考えていると、晋助がこっちを見ているのに気付いた。私が顔を覗き込んだって無視したくせに、なによ。黙ってみつめかえしていると、ふいと視線をそらす。

「どんな姿で、どんな声でいようがな、わかんだよ。てめェのことは、よォ」

わかった、照れてる。すっごくわかりにくいけど、頬が少し赤い気がする。私があっけにとられて、ぽかんと口を開けたまま晋助を見ていたら、そんな私に一瞬笑いかけて頭をぐしゃぐしゃと撫でた。思わず目を閉じて、頭から手が離れてからゆっくり目を開けると、晋助はもうすでに船内に向かって歩き出していて、私は急いでそのあとを追った。これだけで、どうしようもなく嬉しいんだから、いいや。

「晋助、私がどんな姿でも好きでいてくれる?」
「どうだかなァ」

天邪鬼だなあ。自惚れかもしれないし、自意識過剰なのかもしれない。でもこれが幸せなんだから、いいでしょう!




幸せ症候群

20070718