「俺ァ、処女を抱くのは好きじゃねェんだがな」



会話が聞こえて、白い布団の上で足を崩した。横目で男二人が会話をしている様子を見ると、サングラスをかけた男と目が合った。私をここまで連れてきた男だ。もう一人の男は窓辺から面倒くさそうに外をながめている。高そうな赤い着物にくるまれた私は、ひどく滑稽だろうに。薄汚い私にこんなもの、似合うはずもない。端を持ち上げると、椿の花が私を笑っているようだ。大輪の花の刺繍は、高いぞ高いぞと主張しているようで気に食わない。

そうしている間に二人の会話は終わったらしく、サングラスをかけた男は部屋からいなくなっていた。後姿しか見えない男と二人の部屋は、とても窮屈だ。もっとも、静かなこの時間がきっと、私にとってはとても幸せな時間なんだ。

「嫌なら、抱かなきゃいいのに」
「あァ?」
「いえ…」

つぶやいた言葉は静かな部屋に意外に響いて、男の耳に入ったらしい。男はこっちを振り返って、つまらなさそうな顔で口を開いた。私と同じような赤い着物をまとっているくせに、私よりも似合っていて華がある。きれいな男。だけど、好きにはなれない。すぐに目をそらすと煙管を片手に、私の前に座り込んだ。

「処女を抱くのは好きじゃねェ、無駄に痛がるばかりでつまらねェからな。だがまあ、お前のその無表情がどんなふうにゆがむのかを見るのは、楽しそうじゃねェか」
「趣味が、悪いんですね」

くい、と顎を持ち上げられて視線が絡んだ。悪そうに微笑んだその顔は、やっぱりきれいだ。こんなきれいな人に抱かれるというのなら、幸せだと思うべきなんだろうか。幸せ、ね。私が幸せになんてなれるだろうか。

「泣けば、私を抱くのをやめますか」
「いいぜ?できるもんならな」

驚いた、冗談で言ったのに。怖いか怖くないかと言えば、怖くてしょうがないんだ。ここへ連れられる前は泣きそうなのを堪えたし、どちらかというと私は泣き虫なほうであったはずだ。こんなところで知らない男に抱かれるよりは、泣いて解放されるほうがいい。ぐ、と唇を噛み締めて泣く準備をする。のに、涙は一向に姿を見せる気配すらない。俯いてみれば、また椿の花が私を笑っているように思えた。

「ククッ、体が強張っちまって、涙も出ねェってか」

冗談でも優しくなんて言えないくらいの力で肩を押されて、私は白い布団の上に転がった。驚いているとすぐに覆いかぶされて、今度は痛いくらいの力で顎をつかまれた。思わず恐怖が浮かんで、とたんに男は楽しそうに笑んだ。

「どうせ、娼婦くらいしか生き様はねェってか」
「死ぬくらいなら」

事故だったというのに。病の母へ薬を買いに走っていたときに、一人の男にぶつかった。それが幕府のえらいお役人さんだったらしく、私は勝手に危険因子扱いされて丸二日間取調べを受けた。母の様子が急に悪化したために、とても急いでいた私に非があることはわかっている。だけど少しぶつかっただけで、そのお役人さんが転んで腕をすりむいただけで、私は二日間外に出ることを許されなかった。尋問のような二日に疲れて帰ると家は妙に静かで、穏やかな顔をした母が布団の中で冷たくなっていた。

女で一つで育ててくれた母。母は殺されたのだと思った。役人みんな殺してやろうと思っていた矢先、出会ったのがあのサングラスの男だ。あの男が攘夷活動をしている男だとは、最初思わなかった。私が鬼兵隊への入隊を希望すると、戦えず特別な技術もない私では無理だと言われた。だけど男の正体を知ってしまった以上、生きては帰せないと言われ、なんでもするから鬼兵隊へ入れてくれと頼み込んだ。その結果が、これだ。

「お前、本当はこんなところでこんなことをするのは本意じゃねェんだろ」
「自分がわからないんです、もう。ただ憎いばかりで、だけど私になんてできることはなくて」
「わけもわからず入隊を希望したのか」
「自分が攘夷として生きたという証が、ほしかったのかもしれません」

サングラスの男が言っていた。この、目の前の男が鬼兵隊を率いる大将なんだと。この男に気に入られれば、もしかしたら入隊を許可してもらえるかもしれないって。サングラスの男は私に情けをかけてくれているんだろうか。鬼兵隊といえば、過激派だと恐れられる存在のはずだ。だけどあんな、穏やかな人もいるものだと驚いたものだ。だから、この男に抱かれて気に入られればいい、んだと思う。ただそれだけを目的としてここまできたのに。だんだん、わからなくなってきた。

「憎いか?
「はい」
「いいじゃねェか。飼ってやるよ、お前を」

驚いて目を見開いたら、顎をつかむ手からは考えられないくらい優しく口付けられた。

「見てろ、俺を。そんで見つけりゃいい、お前の道をよォ」

薄笑いを浮かべているくせに、真面目な声に涙がこぼれた。