あー、やだねやだねェ。こんなじめじめした雨の日になんで俺が外へ出なきゃいけねえんだよ。さっき水溜り踏んだせいで着物の裾がびしょびしょだよ。あーやだやだ。じゃんけんで買いだしに行くやつを決めようなんて誰が言い出したんだよ。あ、俺か。ついてねェ、ついてねェよ。雨のせいかは知らねェが、いつもは賑わう通りに人が少ない。こんな大降りの日に外出るバカはいないってことか。早く家に帰りたいね、と思って頭をかくと前に三人くらいの集団をみつけた。雨の中立ち話なんて、俺よりバカがいたもんだ。そう思いながら横を通り過ぎると、集団の会話が聞こえてくる。

「ちょっとだけ、ね!あそこの茶屋でちょっとお話しようよ!」
「彼氏とかいんの?俺、君みたいな子だったら浮気相手でもいい、なんちゃって」

おいおいナンパか?暇だねェ、こんな雨の日に。どんだけ可愛い子だ?と思って女のほうを横目で見たら、傘に隠れてよく見えなかった。まあいいかと横を通り過ぎようとしたとき、腕を広げた一人の男の傘が俺の傘にぶつかった。

「オイおっさん!ふらふら歩いてんじゃねェよ」
「おいおいおっさんって誰に向かっていってんの?この俺にじゃないよね?銀さんまだまだいけるから。暴れん坊将軍にも負けないくらい若いから!」
「暴れん坊将軍て何を比べてんだよ!それ若いのかわかんないから!」
「もういいからあっち行けよ!俺らこの子とこれから甘いひと時を過ごすんだから」

「銀、さん、って…」

か細いくせに、凛とした声が雨音に混じって俺の耳に入ってきた。その声は聞き覚えのある高い声で、俺の好きな、声。

「おま、?!」

俯きっぱなしだった顔をあげた女は髪の長い、儚そうな少女だった。一瞬、誰だかわからなかった。きれいになったもんだ。こりゃ男どもがうるさく騒ぎ立てるわけだ。

「なんだよおっさん、あっち行けよ!」
「だーかーらァ」
「あの、ごめんなさい。私この人と用があるんで」

細い腕が、白い指が俺の腕に絡みついてきて、そっと寄り添われたときに鼻につく良い匂い。やべ、なんか、昔を急に思い出す。男どもは最初不服そうな顔してたけど、雨のせいかあっさり引いてくれて、俺たちは公園の屋根つきベンチに座ることにした。湿気で濡れたベンチが気持ち悪かったけど、それどころじゃない。

「お前、生きてたんだな」
「失礼だな、銀時はもう」
「だって!あれから全然音沙汰なかったじゃねェか」

は、俺がまだ攘夷浪士で天人と戦っているときにやたらちょろちょろしていた女だった。髪が短くて、体も小さくて、男になって自分も戦いたいといつも言っているようなやつだった。男みたいな格好するのがなんだか可愛くて、男どもに妙に人気があって。だけど弟みたいに可愛がられているやつだった。でも戦いの最中、急に姿を消したんで死んだものかと思っていた。そいつが今、俺の前でカラコロ笑ってやがる。髪がずいぶんと伸びて女らしくなったじゃねェか。

「お前だったらあんなナンパ野郎、簡単に追い払えただろうに」
「今日は人通りが少ないとはいえ、目立つのはいやだったから」
「なんで」
「私ね、いま高杉と一緒にいるの。だから幕府に追われてて」

心臓がどきりとした。高杉?確かに高杉にも可愛がられてて、お前もあいつに懐いてたけど、よ。あんなかでと一番仲良いのは俺だって思ってたのは、俺の過信だったのか?心臓をがしりとつかまれたみたいに苦しくなって、湿気を帯びた空気が肌を撫でるのが気持ち悪い。

「お前、まだ天人や幕府が憎いか」
「憎いよ。だからこそ、今戦えるのが嬉しい」
「そいつァ」
「銀時、何にも言わないで」
…」

俺を悲しそうな目でみつめる顔立ちは、やっぱり昔と変わらなくて、変わったのは、なんだ?俺たちはどこが違っちまったんだろうな。昔みたいにお前の隣にいたかったよ。だけど、今お前の隣にいるのは俺じゃない。俺たちはどこで変わっちまったよ、

「銀時、今更な話をしてもいい?」
「なんだよ」
「ずっと好きだった」

さっきとは別の意味で、どきりとした。好きだった?俺はちがうよ、俺はちがう。

「俺は、お前とはちがう」

好きだったんじゃない。今だって好きなんだ。バカみたいにお前が好きだよ。見目がこんなに変わっちまってたって、俺は一番にお前に気付ける自信がある。昔のお前が好きだったんじゃない。昔も今も全部お前が好きなんだよ。

「知ってる。銀時はいつだって、私たちとは別のところを見てたもんね」
、俺は」
「最後に会えてよかった」
「なんで」
「明日ね、京に戻るの。もう江戸にはこない」
「おい、おい!」
「さよなら、銀時」

ふらり、立ち上がって、傘を差して歩き出す。手を伸ばすことも、声をかけることもできなかった。俺はいつだってそうだった。お前を引き止めることができない。俺のとこへ来いよ。たった一言だって出てこない。お前を好きだと思っていたのは、本気だったのに。それさえ伝えることができず、お前を、手放すんだ。

さよなら。その言葉は、遠い昔にも聞いたんだぜ?


見返り美人