ソファにぐったりと横になる一人の男がいた。腕はだらんと床にたらし、気だるそうに目を閉じている。家の中は静かで、物音ひとつしない。なぜなら眼鏡の少年とチャイナ服の少女が銀髪頭に気を利かせて外へ出かけているせいだ。いつもならば喜ぶべき状況を素直に喜べずにいるのはどうしてか。理由は一人の女にある。

「ぎーん」
「………」
「ぎーん!」

さっきまで静かだった家に高い声が響き渡る。声が聞こえたとたん坂田銀時は、さっきまで動かなかった体を動かして、だるそうに起き上がる。ため息をひとつついたところで、もう一度声が響いた。

「ぎーんときー!」
「るっせーな!一日中ぎーんぎーんって呼びやがってェ!なんですか俺はお前の奥さんですか?」

勢いよく襖を開けてそう叫ぶと、一人の少女がむくりと布団から体を起こした。するりと頭からシーツが滑り落ち、まん丸な瞳が銀時をみつめた。今日は彼女、の誕生日で、今日一日は彼女の言うことを何でも聞くというのが二人の約束だったのだ。それによって今日は一日銀時を好きなように扱い、彼女が彼を呼んだのは今日になって十三回目のことだった。

「今度は何ですか。アイスですか?パフェですか?ちょっとは休ませやがれってんだァ!」

銀時が怒りを噛み締めた笑顔を浮かべていると、は一度瞬きをして銀時を見つめ直す。

「ぎーん…」
「ンだよ、どーした」
「最後のお願いにするからさ」

そっと目を伏せたはしおらしく、愛らしい。銀時はその姿に思わずドキリと胸を高鳴らせ、半ば心配そうにの前に座って顔を覗き込んだ。何にせよ、最後のお願いというのは嬉しいことだ。もう一度、どうしたとたずねると虚ろな目でみつめられる。夕日が沈みかけているこの時間帯、そんな顔をされるのは正直困る。好きな女が布団の上で寝巻きのまま大人しく可愛い顔をしているんだから、変な気分になりかねない。

「ぎん、抱っこ」

十三回呼び出された中で、こんなに小さく儚い声で告げられたお願いは初めてだ。普段、からこんなふうにお願いをされることもめずらしい。よくよく考えてみれば、いつもはあまり銀時に物をねだったりわがままを言ったりするような娘ではない。今日だけ何でも言うことを聞いてというのは、彼女なりの甘えだったんではないだろうか。

「いま、新八くんも神楽ちゃんもいないんでしょう?だから」
「そんなン、今日でなくたっていつでも叶えてやるよ」

遠慮がちに伸ばされた腕を取り、銀時はできるだけ優しく彼女を腕に抱いた。

「ぎん、今日が終わるまで、抱っこだよ」
「言われなくたって、離さねェよ」




Sweet Holiday


(070718)