むきだしの肌を、布団が撫ぜて私は微かに目を開けた。あたりはまだ真っ暗で、朝というわけではなさそうだ。じゃあもう少しゆっくり寝かせてほしいと思って目を閉じると、今度は小さく声をかけられた。静かな夜、静かな部屋に低い声は響いて、私の頭にじーんと響いた。それでも睡魔のほうが圧倒的に強く、返事をする間もなく夢の中へ引き込まれそうだ。気持ち良い。夢なんか見なくてもいいから、ゆっくり眠りたいな。すう、と全身から力が抜けて、また眠りに落ちそうになる。なのに急に後頭部を撫でる手があって、撫でるというより揺するに近い行為は明らかに安眠妨害だ。疲れてるのに。 「おい、おい」 「…ん、もうなに?眠いんだけど」 「俺が眠れねェんだよ」 知らないんですけど。無視して目を閉じるとまた声をかけられる。おい、おいってうるさいな。なんで私がこんなにも疲れてると思ってるの。あなたのせいですよ。ただでさえ昨晩は繕い物があって眠るのが遅くなっていて、今晩は早めに床に着こうと思っていたのに、それを邪魔していつもより回数多く私を抱いたのは誰よ。二日ぶりの再会で嬉しいといえば嬉しいけれど、しょせんは二日だ。三日前には二日会えなくなるからって次の日私が立つのもつらいくらいに強く抱いたくせに。夜遅くに帰ってきたかと思えばただいまも言わずに人の布団の中に入ってきて。安眠妨害もいいところだ。 「おい、。起きろよ」 それでも強く拒むことができないのは、同じ布団の中にある私以外の温もりが嬉しいからか、やっぱり二日でも離れていたことが寂しかったからなのか。どちらかはわからないけど、私はどうしようもなくこの男に惚れているということは、確かだ。しょうがない、と思って起き上がると、晋助は驚いた顔でこちらを見ていた。起きろって言ったのは、そっちのくせに。 「どうしたらいいんだろうね、このわがままなご主人様は」 「言うとおりにしてりゃいいんじゃねェの?」 あやしく笑う男を横目に、何もまとっていない体に浴衣を羽織る。少し、寒いかな。腰のあたりが少し痛むことに嫌悪よりも愛情を感じ、少し微笑んで晋助に向き直ると、不思議そうな顔をされた。頭に手を伸ばして柔らかい髪を撫でると、晋助も手を伸ばして私の頬を撫でた。 「自分が同じことされたら、すごく怒るくせに」 「怒るどころじゃねェな。叩っ切る」 「ほら」 「、お前だったら、殺しはしねェよ」 「ご心配なく。どこかの誰かさんとはちがって、私はそんな非常識なことしません」 「違いねェ」 自分でも、馬鹿みたいだと思う。照れ隠しに可愛くないことを言ってしまった。晋助はたまにこっちが恥ずかしくなってしまうようなことを平気で口にするから、困る。相手は高杉晋助で、この愛は本物だろうか?私のような女がほかに何人もいるのでは?と何度も考えたことがあるけど、そんな影はないしこの間も万斎に、晋助が一人の女にここまで固執するとは驚きだと冷やかされたものだ。あれが冗談なのか本当なのか、私にはわからないけれど、愛を感じることは確かで。本気なんだと信じてみるのも悪くない、と思っているのはやっぱりこの男に惚れているせいか。 「晋助」 「なんだ」 「愛してる」 「ずいぶんと安っぽい言葉だ」 「こういうときくらい、俺もだよとか言ってくれてもいいのに」 「愛の言葉なんざ吐くよりも、もっと手っ取り早くて信用性のあるモンがあんだろ?」 さっきまで私の頬を撫でていた腕が後頭部にまわって、なんだと思っている間に晋助は起き上がって私を抱きしめた。あまりに優しい抱擁に、なんだか我を忘れてしまいそうになる。なに、と声を出そうとすると同じように優しく口付けられ、驚いて目を見開いていればすぐに離されて小さく笑われた。 「なァ?」 「びっくりした」 「目ェくらい閉じろよ」 「しょうがないでしょう」 「信じられるだろう?」 確かに、あんなに優しい抱擁も口付けも、すごく愛を感じられた。あれがもし、もし晋助の女の人を落とす技だとしたらすごいものだ。一発でコロリと落ちそうになってしまう。もっとも、私はもうすでに落ちているのだけれど。 「それでも、言葉は欲しいものよ」 「そんなものは生まれてから一度だって言ったことはねェな」 「へえ、意外ね。色んな女の人に安売りしていそうだけど」 「体を安売りしたことはあっても、言葉まではねェよ」 「体は、あるのね」 小さくつぶやいたら、それはあまりに嫌味な言い方になってしまった。伺うように顔をあげると、驚いたようにこっちを見ている晋助と目があって、私のほうが驚いてしまった。 「お前でも、嫉妬するもんなんだなァ」 薄笑いを浮かべたかと思うと、すぐに世界は反転して、有無を言わされずに深く口付けられた。私の体を弄る晋助の手は、簡単に羽織っただけの浴衣をすぐに落としていく。もう、寝かせてほしいんだけどな。でもまあいいか。目はだいぶ覚めてしまった。明日もし立てなくなったら晋助に文句をいって、一日私の世話をしてもらうことにしよう。それもおもしろそうだ。彼のどんな行為にも、愛を感じてしまうんだから、私も相当のものだ。 「お前が望むなら、いくらでも言ってやるよ」 「何を」 「愛してる」 威力は絶大、だ。 特有の響き 20070719 |