雨がさらさら降っている。なぜさらさらなんて表現をしたかというと、雨が指の隙間からこぼれる砂のようだと思ったからだ。そんなに強くない雨。この程度なら傘がなくても走って帰ればいいのかもしれない。あえてそれをせずに教室で外をながめているのは濡れるのがいやだとかそういう女の子的発想のためではなく、ただ、なんとなく。冷房なんて気のきいたもの入っていないこの教室の環境は最悪だ。夏のむっとした熱気とこの雨の湿気、セーラー服が肌に張り付いて気持ち悪いったらない。首に張り付く髪も鬱陶しくて結ってみるも、それを支えるゴムやリボンがない。ただ手で結わえているのも疲れて髪の束から手を放すとまた首に張り付いた。ああ、いやだ。早く帰ればいいくせに。でもまだ、無理かも。

「あ、

沖田、だ。声が聞こえて教室の入り口に目をやると沖田がこっちをのぞいていて、私はあからさまに嫌そうな顔をしてしまう。もっと、取り繕うとかしようよ、わたし。いや、でも正直今は会いたくなかった、かも。そんな私の心のうちなんて知らない沖田は私の意思とは反対に教室に入ってくるもんだから、沖田が憎くてたまらなくなった。

「何してるんでィ」
「あー、と、雨を見てた、かな。沖田は?」
「部活が面倒なんで抜けてきやした」

部活が面倒だからといって、こんなにもすんなり抜け出す人はあんたのほかにはいないだろうに。そう考えると少し笑えてきて、一緒に涙もこぼれそうだった。気を抜いたら、全部があふれ出してしまいそうでこわい。それがなんとなくわかっていたからこそ、今は沖田に会いたくなかったっていうのにな。沖田は私の前の席の椅子を引いて座ると、こっちを振り返ってくる。可愛い顔してるよね、本当に。女の子に負けないくらいのきれいな顔は、罪だぞ少年。一人私がそんなことを考えている間、沖田は私の顔をじーっとみつめていて、顔というか目をみつめてきて、その大きな瞳にみつめられているとそのまま吸い込まれそうだと思った。

「泣きやした?」
「泣いてないよ」

あ、いけない。反応が早すぎた、かも。沖田の言葉が終わる前に口を飛び出してしまった言葉はあまりに強く発されて、沖田はさっきよりも少しだけ大きく瞳を見開いていた。わ、おっきい目がよけいに大きくなった。本当に、泣いてない。泣いてないからこそ意地になってしまった。泣きそうだという気持ちはあっても泣くもんかという決意のほうが大きくて、今まで我慢していたというのに。それを疑われたのが少し悔しかったんだ。

「乗りかかった船だ。全部吐いちまいなせェ」
「意味がわからないよ」

沖田が私の顔をのぞきこむように顔を傾けると、さらりときれいな髪が揺れた。糸みたいにきれいな髪は、雨のような。なだらかなラインは雨を連想させる。ふう、落ち着こう。沖田くんは適当にあしらって、私はもう帰ることにしよう。このまま教室にいるとまた別の人につかまってしまうかもしれない。その前に家に帰って、大人しく布団にでもくるまっていよう。窓の外に目をやると、雨はさっきとかわらぬ強さで上から下へ落ちていた。この雨の中、濡れて帰るのも悪くないかもしれない。頭が冷やせるかも。

「言っときますが、俺ァなかなかしぶといですぜィ」
「え」

私が沖田に視線を戻すと同時に、自分の前を何かが横切った。それはさっきまで私の机の横にかかっていた私のカバンで、それをなぜか沖田が持っているではないか。返してもらおうと手を伸ばしてもすぐに手の届かない場所にやられて、なかなかしぶとそうだ。これは本当に、話すまで返してくれなさそうな勢いだな。でも私も負けないぞ。

「沖田、私もねばるよ」
「一緒に学校泊まりましょうかィ」

一晩学校で過ごすのは、ちょっと…。

「告白、されたんです」
「ほォ」
「はじめて、だったんです、よ」
「そいつァ、ちょっと意外でさァ」
「………」
「で?」
「ごめんなさい、って」

相手は、隣のクラスの野球部の人で、去年同じクラスで少し話したことがあったけど、そこまで仲がよかったというわけじゃない。恋愛対象としてみたことがない、クラスメイトだったんだ。

「それで、なんでが泣きそうになってるんでィ」

しまった、気を抜くとこれだよ。涙腺がゆるゆるなんだな、きっと。目を細めたら視界がぐわんとゆがんで、沖田のきれいな顔がよく見えなくなった。普通はふられたほうが泣きそうになるんじゃないのか。ふった私は泣く理由なんてひとつもないはずなのに。どうしてこんなに苦しくて、切ないんだろう。好きだったわけじゃない。ただ、ごめんなさいといったことに後悔しているんだ。彼氏がほしくてというわけじゃなくて、断って相手を傷つけたということが、悲しいんだ。もっとほかに言い方があったのかもしれない。でもほかの言い方なんて私は知らなくて、ただ私は一言、ごめんなさいしか言えなかった。その直後に見せた、彼の自嘲気味の笑みは男の子なのに泣きそうで、ごめんなさいという申し訳なさが心の中に広がって、私は泣きそうになった。なんで、なんで私なんだろう。傷つけたくなんかなかったのに、な。

「告白なんざ、結局は自己満足なんでさァ。相手に気持ちを知ってもらうってのは、悪く言やァ気持ちの押し付け。そんな思い悩むことはないと思いやすぜ」

彼なりの、慰めなんだろうか。わかりにくい言葉でも、私の心に響くには十分すぎるほど温かくて、私の涙はたがを外したみたいにぼろぼろ頬を伝っていった。泣き顔を見られるのがいやで机に突っ伏して泣いているのを、沖田は何にも言わないで、ただ黙って隣に座っていてくれた。

嗚咽がようやくおさまってきたころ、もう外は薄暗くなっていた。もともと雨雲のせいでどんより重たかった空がよけい重たげで、だけど私の心は妙にすっきり晴れ渡っていた。一通り泣いて、すっきりしたせいだろうか。生温い机に顔をつけていると、なんだか顔と机が同化してしまったような錯覚に陥る。変なの、気持ち悪い。たくさん泣いたらのどが痛くなったな。あとで自動販売機いってジュース買おう。あー沖田にも、付き合ってもらったお礼にジュースでも買おうかな。なんだか迷惑かけちゃったし。いや、無理矢理言わされたのは私のほうなんだからそんなことは気にしなくていいのかな。頭がぼんやりして、気分がふわふわする。泣きつかれたあとの睡魔がゆっくり私に声をかけているようだ。いやいや、帰らなきゃ。机から顔を離して頭をあげると、沖田がこっちを向いて口を開いた。

、俺はあんたが好きでさァ」
「…沖田、さっきの話聞いてた?」
「でも好きなもんはしょうがねェや」

また涙腺がゆるんで、涙がじわじわ湧いてきた。頭ぼんやりしてるのに考え事なんてできないって。話をよけいややこしくしないでください、沖田くん。私の頭はもう混乱を通り越して爆発しそう。頭パーンってなりそう。

「あ、あの、おきた」
「大丈夫でさァ、俺の場合は断った罪悪感に苦しめられることもないですぜィ」
「な、なんで…?」
「断らせてなんか、やらねェよ」

意味が、わからない。理解できないのは私の頭がぼんやりしているからとか私の頭の中身が貧相だからとかそういう理由でなく、沖田の考えていることは一般人には理解しがたいようにできているんだ。あれ、文法までもおかしくなってきた。

「言っただろィ。俺はなかなかしぶといって」

私を励ましたり、悩ませたり、忙しい人だ。




Today is a parallel day!


20070811