地上より愛をこめて!




「う、ぎゃあ!腰が痛い!」
「おいおい朝っぱらからどんな惚気でィ」

下駄箱から上靴を出して地面に落とすときに少しかがんだら、それだけで数年油を差していない機械のごとく腰がギギギというように軋ん だのだから、思わず声をあげてしまった。昇降口に声が響いて通り行く生徒たちに少し変な目で見られてしまった。うう、ちょっと今のは 恥ずかしい。と思っているとすかさず背後から声が聞こえてきた。振り返らずともわかる、聞き覚えのあるその声。

「お、おはよう総悟」
「おはようございやす」

にやり、笑んだその顔が憎い。急いで上靴に履き替えて脱いだ靴をしまおうともう一度かがんだところでまた腰が痛んで息を呑んだ。いて て、ゆっくり、今日はあんまり動かさないようにしよう。今日が体育ある日とかじゃなくてよかったよー、こんな日に運動とかもう無理だ から。もう運動とか当分は遠慮したいね。靴を手にしたところで上体を起こそうとしたとき、悪魔の手が伸びてきやがった。「えい」とか そんな可愛い声出してむごいことをする。なんと私の後ろにいた総悟は私の痛む腰を、腰をバチンと叩いてきやがったのだ。

「ッたいって!ちょ、ちょ、痛いじゃん!」
「どうしたんでさァ?腰が痛いだなんてそんなベタな」
「いやいやどういう発想の転換ですか意味わかんないですやめてくださいマジで痛いから」

私が必死でにらんだらそんなの気にしないがごとくきょとんとこっちを見られた。ちくしょうこのドSめ。ああ、こいつにだけはバレちゃ いけなかったんだ。どこか痛いだなんて言い出したらこいつは目を輝かせて突っついてくるんだ。なぜならこいつ、いやこのお方は サディスティック星の第一王子であらせられる。とまあふざけたことを考えていたら痛みもゆっくり引いてきたので靴を下駄箱にいれて 廊下を歩き出した。そしてなぜか隣にくっついてこっちを見つめてくる王子、いやいや総悟。

「なんですかーどうしたんですかーあんま見ないでくださいー」
「首のとこ、赤くなってますぜィ?」
「あーマジですか昨日蚊にでも食われたかなー」
「そんなベタな隠し方、今時小学生でもしやせんぜ?」
「小学生が蚊をつかって何を隠すというんだ」

今日はなにやらすっごく暑いですね。お天気お姉さんが今夏一番の暑さですとか言ってたっけ。ただでさえ暑いのに腰が痛いのもプラスす るともうだるくてしょうがないですね。あー授業とか受けたくないな。冷房とかあったら教室までルンルンで歩けるのに、そんな望みすら ない私たちは日々だるだるだ。あ、だからか。おーい先生、みんながだらだらなのはクーラーがないせいですよ。シャキッとしろ!とか 言うならまずクーラーつけてからにしてください。そしたら私もちょっとは背筋伸ばして生き…、あ、本当だ首かゆいと思ったら蚊に食わ れてる。あいかわらず総悟がじーっとこっちを見ながらついてくるけど、もうなんだかツッコムのも疲れたよ。








「あ、。悪いんだけどそこの消しゴムとってくれない?」

一時間目の授業が終わって、だらーんと机に突っ伏していたら斜め前の席の山崎が振り返って、私の椅子のあたりを指差した。消しゴム? 床に視線を送ると私の座っている椅子のそばに横たわっていらっしゃいました。できるだけ腰が痛くないように、ゆっくりゆっくりかがん で腕を伸ばしたとき、またもや腰のときのようなギギギという感覚が這い上がってきた。

「いたたたた、うわだめだ右腕がァ!」
「右腕が上がらなくなるほどって、どんな激しいプレイをされたんですかィ。今後の参考にちょっと教えてくだせェよ」

何の参考だ、何の。総悟の言っていることなんて無視して右手をグーパーしていると、微妙に痛みを感じる。さっきの授業はだるくてシャーペンすら持たなく て気付かなかったけど、これはなかなか、右腕全体がつらいぞ。左腕で消しゴムをとって、総悟と私の顔を見比べている山崎に手渡し た。ちくしょう、すさまじい。こんなに痛いものだとは、侮りがたし…!

それからというもの、ほかにも痛い箇所はいくつかあって、痛むたびに私は奇声をあげてクラスメイトに変な目で見られたものだ。そして そのたびに総悟はおちょくるように変なことを言ってきて、だけどあえては無視していた。なぜなら私はこの痛みとの格闘プラス暑さで なかなかまいっていたからである。暑い。せめて窓際の席とかだったら風通し良いだろうに。私の隣の窓際である総悟のほうをみたら、す でにこっちを見ていた総悟と目があった。あァ、総悟くん。そこは涼しいです、か。

いつの間にか眠ってしまっていたようで、ふわりと私の髪を風が浮かして、それが何となく気持ちよくて目を開けた。顔を上げるとそこに もうクラスメイトたちはいなくて、驚いて立ち上がると隣の席の総悟がこっちを見上げていた。

「移動教室でさァ」
「起こ、してよ…」
「散々俺を無視した罰でさァ」

時計を見ると、授業の半分はもう終わってしまっている。今から駆けつけるのもなんだしな。しょうがない、さぼるとしよう。もう一度席 に座って頬杖ついたら右腕が痛んだ。

「移動教室どこ?」
「視聴覚室」
「うそ!クーラーあんじゃん!」

しまった、クーラーのある部屋なら喜んで行ったのに。あーもう、でもやっぱり今から行く勇気もないし、この教室もなかなか風通しが よくて涼しい。総悟は相変わらずこっちを見たままで、今日はどうしてこんなに私を見てくるのかが不思議になった。なんですか、私に気 があるんですか。なんちゃって。

「で?総悟くんはどうしてクーラーのきいた視聴覚室行かないの」
「さァ」

なんだそりゃ。総悟がふいと視線を流して、そのまま窓の外に持っていかれた。風がさわさわ流れて、汗にすーっと触れるのはなかなか 気持ち良い。クーラーのような人工的な涼しさも必要だけど、やっぱり自然な涼のほうが健康的だよね。明日はうちわでも持ってくるとし よう。総悟がまたこっちを向いた。総悟は何を考えているのか、いつもよくわからない。

「腰、右腕、太ももの付け根にふくらはぎ」
「なに?」
「どんなことをしたら、こんなに痛むところができるんでさァ」
「サディスティック王子ってば、興味がお有り?」

茶化したつもりでそういったのに、総悟はむっと顔をしかめたと思えば立ち上がって、私の机をバーン!と、そりゃもうバーン!と思い 切り叩くものだから、私は飛び上がりそうだった。静かな部屋にバーン!という音がエコーする。私の鼓膜が震えて、耳がキーンとする。

「どこの誰に何をされたのかって聞いてんだよ!」

おこっ、た?総悟が、怒った。びっくりした。いつもふざけててみんなをはぐらかす総悟が、怒った。いつも何を考えているのかわからな い顔が、今日はその表情が読める。これは、怒ってるんだ。

「き、昨日、久しぶりにボーリングへ、行ったら、きき筋肉痛に」
「ボーリング」

総悟の顔が、ゆがんだ顔が、どんどんいつもの飄々とした顔に戻っていく。いつものというには語弊がある。なんだか抜け殻みたいに、 しゅるしゅると生気を失っていくみたいだ。総悟が小さく、なんだとつぶやいたのがわかった。何か言おうとするのに言葉が出てこなく て、総悟はそのまま倒れこむように椅子に座り込んだ。うつむいていると前髪で顔が隠れてよく見えない。総悟、どうしちゃったんだよ。 私がずっと無視してたから?怒ったの、かな。私がおどおどして反応に困っていると、総悟は小さくため息をついて、右手をぶらぶら 振っている。あ、きっとさっき思い切り机叩いたから、痺れて痛いんだな。なんだかとてつもなく申し訳なくなってきて、ごめんとつぶや いたら予想以上に小さな声で恥ずかしくなった。

「ご、ごめんね、総悟。あの、わたし」
「ちょっと、黙っててくだせェ」

低い声音に私はびくりと震えそうだった。どうしよう、どうしよう。総悟こんなに怒るなんて。無視ってそんなにひどいことか、いやひど いことだけども。エスは逆に攻められると弱いってどこかで聞いたことがあるぞ。きっと私の無視が放置プレイか何かと思って怒ったんだ ろうか。テメェが俺を攻めるんじゃねェみたいな。うわ、ちがうんだよ総悟。さっきのあれは疲れていてだね、うん君を攻めたいとか一回 も思ったことないか「うっわ、恥ずかしいじゃねぇかィ」ら。え?

顔をあげた総悟は目を合わせてくれなくて、左手で顔を覆い隠していた。頬が微かに赤いのは私の眼の錯覚ではないだろうよ。前言撤回。 君を攻めたいとか思ったことなかったけど、はじめてちょっといじめてみたいとか、思ったかも。可愛い顔して。私が思わずふきだすと、 総悟も少し微笑んでこっちを見てくれた。いつもよりも優しく見えるその笑顔が、嬉しかった。私たちが笑っているとチャイムの音が スピーカーから流れ出して、教室中に響き渡る。音が止むのを待たずに話し出したのは私のほうだった。

「あれは総悟なりの心配、だよね?」
「うるせェやい」
「総悟も優しいとこあるんだね!自分の腕を犠牲にしてまで問いただすって」
「あれはだからしたんでィ」
「え?」

のことが好きだから、したんでィ」

サディスティック星の王子様、それをさっきの赤い顔で言ってくれませんか。むしろ私の顔が赤くなってしまって困ったのだけれども。




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