らしくもねぇ。廊下をばたばた走るなんざ、俺らしくねぇ。そんなこたァわかってんだ。それでもこの衝動は抑えられなくて、真偽を確か めたくてしょうがない。疑っている一分一秒が惜しくてかけだした俺に、万斉は驚いた顔をしていた。俺だって、驚いてる。自分がこんな ふうに、誰かのために全力でかけだせるほどの人間だったことに。いや、誰かのためなんかじゃねぇ。あくまで自分の、ためだ。

部屋の前、襖の前まできて俺はやっと冷静さを取り戻せてきた。めずらしく荒くなった呼吸が人間じみていてなんだか気恥ずかしい。すう っと空気を吸い込んで、息を止める。できるかぎり平静を装って襖の開けた。大して広くもない一室の真ん中に、一人の女が横たわってい た。襖が開いた音を聞いて少し肩を震わせて、それからぴくりとも動かなくなった。手足は縄で縛られていて、目隠しに口あてまでされて やがる。ずいぶんいい格好だな。どうせこいつのことだ、暴れたんだろう。そのための拘束がいやに卑猥なものに見えてくる。だめだ、 落ち着け。らしくねぇ。気分が高ぶっていることが手に取るようにわかる。こんなこと、誰かに知られたら末代までの恥だな。そんな自分 を密かに笑って、女の横に腰掛けた。

「よォ、良い格好じゃねぇか」

俺の声にさっきよりも大きく震えた。震えたというよりも、反応したというほうが正しいのかもしれねぇ。その態度にどこか興奮を覚える 自分がいる。らしくねぇ、一人の女にここまで高ぶっている自分を恥ずかしく思う暇もなく気分は上昇するばかりだ。最初に目隠し、次に 口あてを取ってやるとはまぶしそうに目を細めている。ぐっと噛み締められた歯がちらりとのぞいて気分がいい。俺の姿をみつけると 鋭くにらみつけてくる。おいおい、瞳孔開いてるぜ?

「晋助…!」

名前を呼ばれただけで、腰がうずきそうなくらいにぞくぞくした。媚びたような甘え声でもない。俺が憎くて憎くてしょうがないというよ うな、呪いの言葉でも吐くような声音だったくせに、おかしいだろう。自然と頬がゆるむのがわかる。何が嬉しいのか、何が楽しいのか 自分でもよくわからねぇが、とりあえず自分が変態だということは否定しておきたい。別に俺は女を縛り上げて快感を覚えるような変態に 成り下がったつもりはねぇが、どうしてかこの状況に欲情している自分がいる。この状況にじゃない。目の前にいる女に、欲情している。

「どういう、つもりだ」
「あァ?」
「小太郎に、銀時まで。何のつもりだ!」

どうせそんなこったろうと思ったぜ。あれは岡田の野郎が勝手にやりやがったことだが、まあ否定するのも面倒だ。それに、こんなふうに 敵意むき出しで威嚇されんのも、なんだか悪い気がしねぇ。ヅラや銀時がやられたことを聞いて俺を殺そうと探し回っていたわけか。くだ らねぇ。俺はあの頃から友達なんてくだらねぇもんで馴れ合っていた覚えはねぇよ。お前もそうだろ?。ただ憎くて壊していただけだろ う。周りなんて見えずに、ただがむしゃらに。どうして今更そんなもんにこだわるのか、俺にはわからねぇな。わからねぇよ。

「なぁ、。お前は俺を殺しに来たのか?」

ぐっと歯を食いしばって、何も言わない。俺は腰から刀を抜いてみせると、は大して驚きもせずにこちらをただ見据えてくるだけだ。 刀をのほうに突きつけると、自嘲するように目を細めて笑う。

「小太郎、銀時の次は、私か?晋助」

扇情的な言い方だ。誘い文句なんざよりもそそられる殺し文句だ。

「お前を殺す気はねぇよ。俺を殺したきゃ殺せ」

刀でを縛る手足の縄を斬って、刀を床に転がすとはここへきて初めて驚いたように目を見開いた。わざとの手の届く位置に転がした 刀はあやしく光って、笑っているようだ。俺の愛刀だ、斬れ味は抜群だぜ。そんなこと、は言わずともわかっているだろうに。だからこ そ戸惑っているんだろう。俺が殺せなんて、自分でも驚きの発言だ。頭がどうにかなったとしか思えねぇな。思わず笑みがこぼれて、まだ 不思議そうに目を見開いているを見下ろすとまた腰がうずいた。横たわるは起き上がる気配すら見えない。上にまたがると、の手首 に触れてみた。縄のあとがくっきりついて、痛々しいのになんだか扇情的に見えてしょうがない。口角のあがったままの口に手首を寄せて 口付けてみると、びくりと震えた。

「どうした?殺さねぇのか」

俺がなぜ簡単に殺せなどという戯言を言えるのかといえば、が俺を殺さねぇ自信があるからだとか、死ぬのが怖くねぇからだとか、そんなことじゃねぇ。死ぬの はごめんだが、になら殺されてもいいかという思いがあったからと、なんとなくわかっていたからだ。たぶんこいつが俺を殺したら、こ いつも一緒に死んでくれんだろうなってことが。てめぇはここに、俺を殺しにきたんじゃねぇだろ?殺されにきたんだろ、。残念だが なァ、俺はお前を殺してなんてやらねぇよ。こんなに美味しそうな餌を、俺はみすみす逃したりはしねぇ。

噛み付くように口付けると、は静かに涙をこぼした。









貪欲


セレモニー