「んげっ!」

乙女らしくもない私の声が教室に響き、続いて3人の女友達が一斉に笑い出した。

「はーい!罰ゲーム!」
「明日から実行だからよろしくねーん」
「んぎゃあ!ちょっと待って私が悪かったから勘弁してェエエ!」

事の発端は、私の言葉だった。授業後になんとなく友達との間で始まったトランプ大会で、盛り上げるために何か賭けをしようと私が 言い出し、それに友達のほうが乗ってくれたのだ。罰ゲームの内容はずばり、「明日一日、沖田総悟の口調を真似て会話すること」。これ を言い出したのも私だ。この罰ゲーム案に最初友達はあきれたように何だそれと言っていたものの、ほかの罰ゲームを思いつく人もいな かったのでこれに決定し、間もなくしてゲームが再開された。そして最下位になったのが、この私だ。

「言いだしっぺなんだから、ちゃあんと罰ゲーム果たしなさいよー」
「明日休んだら罰ゲーム延長だからねー!」

悪魔の声が遠ざかっていくのを、私は気が遠くなる思いで聞いていた。

そもそも、なぜ私はあんな罰ゲームを思いついてしまったのだろう。もっとほかの、そう銀ちゃんとかだったらまだ安全だった。しかし どうして沖田総悟であったのか。その理由は見ていておもしろそうだと思ったからだ。総悟が自分の口調を真似してくる女子がいたらそ りゃ驚くだろうと思って。うん、確かに見ている分には面白そうだけど、それが当事者となるなら話は別だ。命の危険すらある。そのこと は友達だって理解しているはずなのに、どうしてこの罰ゲームを免除またはゲームが始まる前に却下してくれなかったんだろう!そこで、 ひとつの考えが浮上した。そういえば、私が罰ゲームを提案して、友達がいいよと言ってくれるまで3人はなぜかアイコンタクトを交わして いたよう、な…。

そう、私ははめられたんだ。ちくしょう、おもしろがってるな。いや、私もおもしろがって提案したんだけどさ。どうしようもう学校休ん じゃおうかなーでも休んだら罰ゲームが延長…。これはもう、無視作戦を実行するほかない。あとから声が枯れたとか適当なことを言って おけばいいだろう。そんなことを考えていたら夜にメールがきて、「無視だの声を出さないだのしても罰ゲーム延長だからね」という最後 の綱まで絶たれるような絶望的な通知がきたので、私はもう明日が命日になる、くらいの気持ちで乗り込むほかなかった。











で、なんで、こんな日にかぎって、朝一番に会うのがこの人なんだろう。

「おはようございやす、

神様がいるとしたら、そりゃもう相当性格の悪くて友達一人いないいじめっ子であったんだろうよ。一人でも平気だというような顔をして 実は夜に布団の中で丸まって悩んで泣いたりしちゃうような寂しい子であったんだろうよ。神様、あんたの友達になってあげるから今日く らい素直になって意地悪なんてしないでほしかった、な。下駄箱で重い気持ちを引きずりながら上靴を取り出していると、背後から声をか けられて、しかもその声、口調が一番聞きたくなかったものでして、私は思わずマッハでかけていきたい気分にかられた。

「お、おは、おは」

私が普段使わない、おはようございやす、なんて言い出したら総悟はどんなふうに受け取るだろうか。こいつなめてんのか、俺のことなめ てんのかとか思うだろうか。いやいや滅相もございません、そんなあなたのことをなめるなんてそんな命知らずじゃございませんよ。私が 変にどもっているのを、気持ち悪いというように顔をゆがめる総悟。言ってしまえ、言ってしまえ!朝の挨拶だけしてさっさと逃げてしま おう。どうか総悟が不思議に思う前に逃げられますように!みんな、オラに力を分けてくれ!

「おはようございやす!」
「聞いたかい?C組の担任、セクハラで解雇されたらしいですぜィ」
「え、嘘!田中先生!?あー確かにエロそうなやつだとは思ってたけど、セクハラとはねぇ」
「口調」
「え」
「戻ってるぜィ?」

にやりと笑ったその顔に、ぞくりとしたのは決してMに目覚めたからではないことをここに記しておく。なんで、なんで知ってるの。総悟に は予知能力でもあったんだろうか。いや、そんなものあろうはずもない。そんなもんが総悟に備わっているのなら、この前の定期テストで お互いの点数をバカにしあうというまったくもってくだらないことをしなかったはずだ。なんと言ったらいいのかわからず、ポカンと口を 開けて立ち尽くす私に構うことなく総悟はさっさと靴を履き替えている。

「なんで知ってるかって?俺の情報網をなめちゃいけねェや」

どんな、情報網ですか。4人ばかしの女子が集まって突発に開催されたトランプ大会の罰ゲームの内容まで筒抜けなその情報網って、どんだ け。しかも、怒らないんだ。バカにされてるとか思わないんだ。総悟がこんなにも心の広い人だとは思わなかったよ。色んな意味でいまだ 立ち尽くしている私を楽しそうに笑って、鞄を背負いなおしている。

「日頃から俺の言葉をどんだけ聞いているか、俺への愛が試されるチャンスだぜィ」
「ああああい!?」

わしわし、私の頭をくしゃくしゃにするくらいに撫でて、楽しそうにひょいひょいっと段差を上っていく。そして何かを思い出したように 振り返って、満面の笑顔でこういうのだ。

「せいぜい頑張って、俺のこと観察してな」

観察どころではない。もう、目が離せなくなってしまった。





悪役ロマンス



「あ、俺を罰ゲームの餌にしたお仕置きはまた今度で」
「おおお仕置きィ!?」


20070909