今日のHRまでに提出の宿題を、もちろんんごとくやらずに登校すると友達にあれやらないとゴールデンウィーク返上で補習だということを 聞いたものだから、私は急いで宿題に取り掛かったのだけど、こんな量をあと十五分で終わらせる自信がない。もう字なんてめちゃくちゃ だ。でもとにかく提出すればこっちのもんだ!ていうか友達も、写させてくれるくらいの優しさはないのか!と苦情を申し立ててみると 冷たい目で一瞥された。…すみません頑張ります。

うわ、びりびりと手が疲れて痛くなってきた!もう諦めてしまおうかこのやろう。でもゴールデンウィークが全部丸つぶれというのは絶対 に避けたい。てか先生も先生だよね!こんな十枚ちょっとのプリントにゴールデンウィークがかかってるだなんて、言ってくれたらもっと やる気になって事前に終わらせた、かもしれないのに!一度シャープペンを置いて手を振って残りの枚数を確認する。あと、4枚か。HRが たぶん10分くらいかかるだろうから、合計するとあと12分くらいあるはずだ!よっしゃなんとか間に合いそうじゃないですかこれ。もう いざとなったら先生を引き止めるだけ引き止めるしかないな。もう一度問題を再開すべくシャープペンを手にすると、後ろから声をかけら れた。

「おはようございやす」
「あ、おはよーそう、ご…?」

その声と口調ですぐに総悟わかって振り返ると、総悟本人とは思えないほど爽やかに微笑む青年が立っていました。いや、総悟なんだけど さ。なんですかその爽やかで男女に人気があってクラスではムードメーカーで部活は野球かサッカーみたいな、その、笑顔は。こんな総悟 の笑顔を私は見たことがなくて呆気に取られていると、総悟は私の返事に満足したようにえへへと笑う。えへへって、えへへってなに!?

「宿題ですかィ?俺の写させてあげやしょうか」
「え、い、いいんです、か」
「もちろん」

誰だ、これ。いつもの総悟なら宿題に追われてひいひい言ってる私に邪魔をして嫌がるのを見て喜ぶような鬼畜ドSなのに、なんで今日はこんなに 優しいの?でもありがたくノートは受け取っておこう。私がノートを受け取ると、ふらふらと自分の席に座って椅子にもたれてぼけーっと してる。なに、何事だ!新種のウィルスかなにかだろうか。ノートを開くと、総悟の流れるような見やすい独特の文字が目に入った。何は ともあれ、宿題だ。あれは総悟の気まぐれか何かだと思って私はとにかく目の前の問題に取り組むことにしよう。でないと私のゴールデン ウィークがなくなってしまう!

無事に宿題も終わって先生へ提出も間に合ったんだけど、無事に済んでいないことがひとつある。言わずと知れた総悟のことだ。ここでの 言わずと知れたというのがどういう意味を成すのか私にはわからないけどかっこよさげだったから使ってみたしだいである。ツッコミはご 遠慮しておこう。総悟のどこかおかしいかと言えば、朝の言動もそうだが、授業態度もである。総悟は先生にも恐れられるほどのSであり、 もはや全校生徒が知っているのではないかというほど有名だ。どれくらいSかと言えば、授業中に先生にあてられたりすると何かといちゃ もんつけたりふざけたりして先生を困らせ、その顔をみて楽しむほどだ。恐いものなしほど恐いものはない。だがしかし!今日の総悟はい つもとちがい、あてられたときに何一つふざけずに簡潔に答えだけを述べたのだ。そのときのクラス全員の顔と先生の顔といったらない。 ポカンと口を開けて総悟の顔を黙ってみてしまっていたのだ。当人の総悟といえば、なんだか素敵な笑顔を浮かべて、先生に笑いかけてい た。誰だ。

女子の間でのイメージが「いつもは意地悪で近づきがたい沖田くん」が「かっこよくて優しげな沖田くん」に変わるのにそう時間を要さな かった。とりあえずはクラスの女子が騒ぎ出すくらいの威力を秘めていたのだ、あの爽やかな笑顔には。気持ち悪い。いや、普通に見てか っこいいとは思うよ。総悟はもともと土台はきれいだから。でもあの笑顔の裏には何か罠が仕掛けられている気がしてならないのは私だけ だろうか。とりあえず、かかわらないのが一番だ。そう思っていたのに、休み時間に私がトイレから帰ってきて教室へ入るとすぐに私のほ うに倒れこんでくる総悟の姿があった。思わず受け止めると、総悟はなんだか変なうめき声をあげている。

「どどどうした!?」
「…つまずいちまった」

つまずいた!?人をつまずかせて楽しむような総悟が、つまずく!?もう総悟とは長い付き合いになるけど、そんな姿を見たのは今日がは じめてだ。総悟はだるそうに体を起こすと、私の頭をぽんぽんと叩いて教室から出て行ってしまった。なんだろ、やっぱり今日の総悟は 少し変だ。普通に、かっこいいや。総悟が叩いたせいでくしゃくしゃになった頭を直しながら、ふとひとつの考えがよぎった。…熱い?

授業がはじまっても総悟は戻ってこなくて、先生もクラスメイトもまたあいつサボる気かとあきれていたけど、私だけはそんなふうに思え なかった。熱かった。さっき抱きとめたときの体も、頭を触ったときの手も。試しに隣の席に山崎の手をがしっとつかんでみると、山崎が 驚いて少し赤くなっていた。冷たい。いや、人の手の温度ってこんなもんでしょう。ちょっと手が温かい人だって、あんなに熱くなるもの だろうか。今の時期にカイロをずっと握り締めていた、なんて馬鹿もいないだろうし。嫌な予感というにはあまりに幼稚な感覚が頭を走り 抜けた。

「先生!大変です私もう漏らしそうです!トイレ行ってもいいですか!」
「おーいー、仮にも女の子がそんなことを公で言うもんじゃありませーん。先生のところにこっそりきて恥らいながら言いなさーい」
「先生それはセクハラです!私は仮にもでなくれっきとした女の子だと信じています!」

信じてるのかよ!新八くんのツッコミが聞こえたような聞こえてないようなところで教室を飛び出した。うわ、何やってんだろ、私。まあ 今の授業が銀ちゃんだったからまだよかったものの、ほかの先生だったらあとから指導室に呼び出されてたかもしれないぞ。私にこんなこ とまでさせるんだから、総悟にはあとから何かおごってもらうくらいしなきゃ気がすまない。デラックスチョコレートパフェくらいおごら せてやるから、私の勘がはずれていますように!

総悟が授業をサボるときはいつもここ、屋上だ。重い屋上の扉を開けると、風がびゅうっと私の横をすり抜けていく。いつもなら貯水 タンクのところで昼寝しているはず、と思って上のほうを見上げながら足を進めると、足が何かにぶつかった。なんだ?見下ろすとそれは 誰かの足で、足をたどってみると総悟が日陰でぐったりと座り込んでいた。腕も足もだらりとたらされて、まったく力が入っていない。 昼寝をしているわけでもなさそうだ。なぜなら彼の愛用するアイマスクが目につけられているのではなく、その手に握られているからだ。 その総悟は、まるで殺人現場に横たわる、死体のよう、で。私は一瞬にして頭から血の気が引いた。

「総悟!?」

肩につかみかかって、ぶらぶら揺さぶると総悟はまぶたをぎゅうっとつむってから細く目を開く。微かに頬が上気しているように見える。 額に手をやれば、異常なくらいに熱い。熱が高いよ。ぼけーっとしたように開かれた目は潤んでいて、明らかに調子が悪そうだ。こんなに なるまで我慢してたのか、バカ。私もどうして気付けなかったんだろう。だって、総悟が調子悪いようになってまったく見えなかった。ま ず何からすればいいのかわからず、ただおどおどしていると総悟の熱い手が私の手をつかんで、自分の頬に当てだす。その動作に不覚にも どきっとしていると、総悟はこっちも見ずにうつむいたままふっと笑う。

の手、冷たくて気持ち良い、や」
「ば、バカ!そんなこと言ってる場合じゃなくて、すごい熱だよ!?なんでこんなになるまで黙ってたの!」
「だって、かっこ悪ィじゃねぇかィ」

思わず、かーっとなって手が出た。握られているほうとは逆の手で総悟の頬を思い切り叩くとパシーンという気持ちのいいくらいの音が響 いて、空に吸い込まれるように消えた。

「バカ!かっこいいとかかっこ悪いとか気にする前に自分を大切にしやがれってのよ!」

言い切ってから、自分で自分に驚いた。総悟を殴ったことも、こんな説教じみたことを言うことにも、自分が泣きそうになっていることに も、だ。急いで涙をぬぐって総悟を見ると、ぐったりと青い顔をして気を失っている。や、やってしまった。病人相手に殴って気絶させる なんてどういうことだ!とととりあえず移動させなきゃ!保健室につれてかなきゃ!だ、誰か、誰か…!














あれからポケットに携帯が入っていることに気付き、急いで山崎に電話するとなぜか銀ちゃんがでて、授業中に電話するんじゃありませ んーというお説教を軽く受けて、でもそんなの耳に入っていなかった私は切羽詰った声で「先生!先生、総悟があ!」と電話先に泣きつい てしまった。先生は急いで屋上にかけつけてくれて、総悟を保健室に運んでくれて、…目まぐるしかったなあ。総悟が眠るベッドの横にあ る椅子に座って、ぼんやりそんなことを考えていると、私の背後のカーテンがシャーっと引かれた。

「まだ寝てる?」
「あ、はい」
「ちょっとこれから会議なのよ。何かあったら会議室まできてくれる?」
「わかりましたー」

保健の先生が出て行くと、静かな部屋がより静かになってしまった。もう、びっくりしたなあ。総悟でも熱出したりするんだね。そりゃ そうか、人間だもんね。きっとプライド高い総悟のことだから、誰にも弱みを見せるのがいやだったのかな。だからできるだけ我慢してた んだけど、それが変なほうに転んであんな爽やかな笑顔が生まれたんだろうか。あんなふうに笑う優しい総悟も好きだけど、私はやっぱり 意地悪そうに笑う総悟のほうが好きだな。そんなことを考えている私はいつからMに目覚めたんだろうか。全部総悟のせいにしてしまえ。 そういえば、アイマスクをしていない寝顔を見るのははじめてかもしれない。案外可愛い顔してるもんだ。その可愛い顔の左頬が微妙に 赤くなっているのに目をそらしつつ、考える。私は後悔してませんよ、殴ったこと。タイミングが悪かったとは思うけど、あれは総悟が 悪いんだ。ふう、と息をつくと、それに返事をするみたいに総悟のまつげがふるふると動いた。

「お、起きた」
「…俺を殴ったからには、それなりの覚悟をしてくだせェよ」

第一声がそれは、どうなんですか。

「やだよ、わたし悪いことしたって思ってないもん」
「宿題見せてやったんだ。のゴールデンウィークは俺に献上しなせェ」
「なんで…」
「いてて、が思い切り殴るから、唇が切れちまってら」
「え、う、うそ、ごめん」
「ほら、見なせィ」

総悟がちょいちょいと手招きするので、私は総悟の口元をのぞきこもうとすると、いきなり後頭部をがしっとつかまれてそのまま乱暴に キスされた。総悟が思い切りキスというよりも口に口をぶつけるものだから、私の唇が総悟の歯に当たって軽く切れた。ぴりっとした痛み と一瞬にして広がる鉄の味。必死で抵抗しようにも、後頭部をつかむ腕はなかなか離れてくれなくて、私が総悟の胸をどんどん叩き出すま で離してもらえなかった。口が離れたと思ったら総悟はにやりと笑って、自分の口についた私の血をぺろりと舐めてやがる。え、えろい。 じゃなくて、なにしやがる。こいつ、本当は仮病だったんじゃないのか!真っ赤になって口を手で覆って言葉を失っていると、総悟はだる そうにのっそり起き上がって、にやにや笑っている。

「ゴールデンウィーク、献上する気になったかィ」
「な、ならんわ!」






拳を握れ!

200709010