いじめたいわけじゃない



誰もいなくなった放課後の教室で、にキスをしたら恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑って俺の胸を軽く押して抵抗するから、なんだかそん な姿まで可愛く見えて背中に腕を回して強く抱き寄せたら、やっと大人しくなってくれた。は学校でこういうことをするのを嫌がるくせ に、いざ俺が手を出しだすと結局最後は乗せられてくれる。本気でいやなら殴ってでも抵抗するだ。まんざらでもないんだろう。そう 思うとなんだか楽しくなってきて、目を細めると同時にの口の中に舌をもぐりこませたら、さっきまで大人しかったが突然俺の胸を 強く押してそのまま離れてしまった。いったん始まったキスを途中で止められるのはこれが初めてで、俺は動揺を隠せずにただ呆然と空を 切る腕さえしまえないまま立ち尽くしていた。

舌を入れるキスがはじめてというわけではない。そりゃもう数え切れないほどの回数をこなして、俺だってそれなりにテクを会得したりも している。だが、こんな経験は初めてだ。拒まれた?はといえば、赤い顔してあっという間に教室の隅までかけていってしまった。その 態度になんだかむかっとして、俺はすぐにのあとを追いかけた。誰もいない教室は嫌に広くて、を捕まえるのに手間取った。腕をつか んだらそのまましゃがみこまれて、しょうがないから俺も一緒に汚い床に座ってやることにした。の顔は、今日も赤い。

「なんでィ、邪魔すんな」
「じ、邪魔ってなに!」

やっと顔を上げてこっちを向いたのあごをつかまえてすぐにまたキスしようとしたら必死に顔をそむけられて、なかなかぶさいくなこと になっている。この顔はこの顔でなかなかおもしろいけど、やっぱりおもしろくねェ。なんだって、二度もキスを拒まれなきゃならねぇん だ。いけないことをしているつもりはない。手だってまだ出してないし、誰かがこの教室に近付いてきている様子もない。じゃあ、どうし て。

「や、やあ!」
「なんで」
「こ、口内炎が、痛い、から」

赤くして何を言い出すかと思えば、口内炎?あきれて思わずあごと腕をつかんでいる力を弱めたら、またすぐに腕の中から逃げ出してしま う。教室から出て行かないのは助かるが、そう何度も逃げられてちゃそろそろ怒るぜィ。縛り付けてやろうか。ため息をついて立ち上がる と、は自分の鞄をあさって何かを探しているようだった。口内炎が痛いからキスを拒む恋人。なんだか口内炎に負けた気分だ。そんなく だらないことを考える自分を鼻で笑ったら、それがにも聞こえていたようで、驚いたように顔を上げた。キスがだめなら手ぇ出すぜィ? それがいやなら痛みくらい堪えて、大人しくさせやがれ。

「本当に痛いんだから!薬だってこまめに塗って、早く治そうと」
「へぇ、薬を塗ってるとこなんて今日は一度も見なかったけど。いつ塗ってたってんでィ」
「あ」

どうやら忘れていたらしい。また鞄の中を探り出し、ひとつのチューブを取り出した。どうやらそれが薬のようだ。くるくるとキャップを ひねっている横顔は、なんだかきれいに見える。欲求不満だろうか、たまらなくキスがしたい。いやだといわれるとよけいしたくなるのは なんでだろうなァ。誰かわかりやすく俺に説明してくれよ。うだうだとくだらないうんちくを並べて、どうか俺のふつふつと浮き上がるよ うな欲情を抑えてくれねぇかィ。気付けば手が伸びていて、の手のチューブをふんだくっていた。

「なに?だ、だめだよ。キスはしないよ」
「俺が塗ってやりまさァ」
「あ、本当?これ自分でやるの難しいんだよ」

薬を塗るのに難しい難しくないがあるのか、聞きてぇもんだ。チューブの腹を軽く押すと、半透明のジェルが出てくる。それを見て、口を 開けるの顔はひどくマヌケだ。何やってんだろうなァ、そう思いながら赤く腫れた口内炎に薬を塗ると、痛いというようにが震えた。 口内炎くらいで、大げさな。だいたい俺は口内炎で薬を塗ったことなんざありやせんぜィ。なんだかまたむかっとしてきて、ためしに 口内炎をぎゅうっと押してみるとが思わず歯を食いしばろうとした。当然それもできるはずない。何せの歯の間には俺の指があったん だから。一瞬の痛みで指を引っ込めると、すぐにが気付いて俺の腕をわっしとつかんでくる。

「ご、ごめん!」
「痛ぇなァ」
「いや、今のは総悟が!」

気に食わない。口内炎のせいでとキスもできずに、親切心で薬を塗ってやれば指を噛まれて(まあちょっといたずらはしたけど)。なん だか口内炎にを独占されているような気分だ。すばやくの腰とあごをつかんで今度は抵抗を許さないくらいの力で引き寄せて、何を 気にするでもなく口付けるとやっぱりが抵抗してくる。負けるもんか。対する相手が口内炎というのは、あまりに幼稚ではないだろう か。構うもんか。の前じゃ、どんな感情だって正当化される気がするんだから、しょうがない。わざと口内炎が痛むくらい激しく口付け てやろうと思っていたのに、実際にはできるだけ優しくキスをする自分を、少しだけ恥ずかしく思った。そんな自分も嫌いじゃないから、 困ったもんでィ。

「ばか、総悟…。痛い」

それ以上の褒め言葉はない。






愛が足りないだけ



20070922