今日は一日晴れだって言ってたのに、突然降り出した雨はなかなか止むことはなく俺の制服を散々濡らしてくれた。明日からあの天気予報 は見ないことにしよう。市中見回り中に降り出した雨は俺が屯所に戻っても止まなくて、次々帰る隊士も俺と同じようにずぶ濡れになって いた。それは近藤さんと総悟も同じで、頭からバケツをかぶったような姿だった。バスタオルで頭を拭くと、柔らかい匂いが俺の鼻をくす ぐった。風呂に入りてぇな。しかしもうそろそろミーティングが始まる時間だ。制服を着替えるくらいで、風呂はやっぱり仕事のあとに するか。肌寒く感じる温い空気に目を細めて、テレビのリモコンを手にしたときだった。がらりと襖を開けて入ってきたのは近藤さんと 総悟だった。

「天気予報もあてにならんな!おかげでびしょ濡れだ」
「いいじゃないですかィ。水も滴る良い男で」
「そ、そうか?このままお妙さんのとこ行ってこようかな!」
「やめたほうがいいと思う」

テレビをつけるとドラマの再放送がやっていた。あ、やっべこれ録画忘れてた。早くこのびしょびしょな制服を着替えてぇな。早く女中が 持ってこないだろうかと考えているとき、襖が開いてひとりの女中が制服を持ってきた。待ってましたとばかりに近藤さんが食いついて、 すぐにばさばさと制服を脱ぎだした。ここで着替えんのかよ。そう思いながらカラカラに乾いた制服を受け取ると、総悟まで上着を脱ぎ 出すから驚いた。あれ、俺だけ?ここで着替えるのかよとか思ってるの俺だけ?まあ、別に見せて困るもんなんてねぇけどよ。ため息を 小さくついて上着を脱ぐと、ぐっしょり濡れた制服が重たそうな音を立てて落ちた。

「その背中、どうした総悟!」

近藤さんの驚いた声が部屋に響いて振り返ると、総悟の男にしてはやけに白い背中が目に入った。その白い背中に数本引かれた赤が妙に 目立つ。赤い線?近寄ってよく見るとそれは引っかき傷で、まだ新しくてなかなか深い。こりゃ治るのに時間がかかりそうだ。

「あァ、ちょいといじめたら猫に引っかかれちまって」
「猫に?動物は大切にしなきゃいかんぞ!」

猫に?背中のこんな、首よりも少し下のこの位置に?どんだけでかい猫がこんなとこ引っかくんだよ。総悟の顔を見るとにやりと楽しそう に笑うので、なんだか俺は背筋が冷たくなるような感覚を味わった。とりあえずは気にしないよう着替えを再開すると、近藤さんだけは いまだ心配そうにその傷をながめつづけている。あんまり突っ込まないほうがいい気がするのは、俺だけだろうか。確かに痛そうな傷だ が、本人がそうも痛そうにしてないから大丈夫なんだろ。制服のポケットに入っていた煙草の箱もだいぶ濡れていたが、中身は無事のよう だ。一本取り出してくわえると、また襖が開いて女中のが顔を出した。

「失礼します。熱いお茶をお持ちしました」
「おーちゃんちょうどよかった!総悟に救急箱を持ってきてくれるかい?」

は礼儀正しく頭をさげて、机にひとつひとつ湯飲みを置いていく。こんな人間のできたやつが総悟の女だなんて、未だに信じられねぇ な。まだまだ男なんて知りませんというような顔をしているくせに、実際はどうなのだろう。なんてはしたないことを考えようとしてや め、湯飲みの茶をすすった。体がじーんとあったまる感じだ。気の利く女だ。横目にをながめると、近藤さんが声をかけた。

「沖田隊長、どこかお怪我でもされたんですか」
「いや、ただの引っかき傷だがなかなか深くてな。猫にやられたらしい」
「ねこ?」

心配げなが総悟にかけよってその背中を見ると、一瞬で真っ赤になった。…突っ込んではいけない気がするのは、俺だけか。そんなを みて総悟がさっきよりも楽しそうに笑ってと視線を交わした。

「す、すぐに救急箱をお持ちします!」
「総悟、背中なら自分じゃできねぇだろ。手当ては自室でやってもらえ」

俺がため息混じりにそういうと、はさっきよりも真っ赤になって俺のほうを見た。その瞳は潤んでいて、俺の導き出した答えさえ間違 っているかのような錯覚に陥るものの、やはり間違ってはいないんだろうに。さっきまで少女のようだと思っていた女が、急に大人の女に 見えてくるのは何でだろう。そしてどうして俺は総悟なんぞに気を使っているんだ。いや、これは総悟のためでなくのためだ。そういう ことにしよう。ため息をつくと、まったく状況を理解していない近藤さんが首をかしげた。





ねこのしわざ













「痛ぇなァ」
「(傷の手当て中)」
「行儀の悪い猫もいたもんでィ」
「(ただ黙々と傷の手当て中)」
「こりゃなかなか治りそうにねぇなァ」
「(ただ黙々と一心に傷の手当て中)」
「だって、今夜もできそうだし」
「う、うううるさい!」
「うるさいとはなんでィ。自分がやったくせによォ」
「あ、あれは、沖田隊長が」
「沖田隊長?」
「…総悟が、意地悪するから」
「気持ちよかっただろィ?」
「!…ばッ、ばかあ!」



20070923